5
「よおー」
年配の女性の1人が声を上げた。
そこから村人たち全員が、拍子を取りながら唱い始める。
大昔に鬼を泣かせた女武者の歌だ。
それと同時に由衣さんが踊りだす。
な…何と言うか…。
正直に、簡潔に言うと、すごく変な踊りだった。
両手を広げて左右に振ったり、両脚を開いて腰を落とし、左右に移動したり。
首を前後に動かして舌を出したり、引っ込めたり。
ところどころで、両眼をカッと見開いたり。
こ、これは…。
あらかじめ「踊り」と聞いてなかったら、とてもそうは思えなかっただろう。
とても奇妙な動き。
綺麗な由衣さんとのミスマッチが、何とも痛々しい。
僕は正視するのが、いたたまれなくなってきて、下を向こうとした。
その瞬間、雅人さんの手が、僕の左腕をギュッと掴む。
「後生だ、高橋さん。下手すぎて、どうしようもないだろが、ここは何とか堪えて最後まで見てやって」
そ、そんな…。
そもそも僕は何が正解なのかも分からないのだ。
由衣さんの珍妙な動きを評価しようがない。
何故、こんな山奥で、とてつもなく好きなタイプの女性の未だかつてないヘンテコリンな踊りを見せられなければならないのか…。
これは新種の拷問と言えなくもない。
とんでもなく、気まずい時間が過ぎた。
永遠に続くのではないかと思われた歌が、やっと終わり、由衣さんが動きを止める。
「高橋さん、ありがとう。本当にありがとうだ」
雅人さんが言った。
僕は心底、ホッとした。
これ以上、由衣さんの妙な姿は見たくない。
そのとき、僕はふと気づいた。
踊りが始まる前に村人たちを包んでいた雰囲気が、その色をいっそう濃くしていることに。
そう「やっぱりな」というような諦めに似た、残念そうな空気。
「雅人さん」
僕は雅人さんに耳打ちした。
「皆さん、どうしたんですか?」
「ああ」
雅人さんは悲しそうな顔をした。
「由衣の踊りが下手すぎて。親父の手前、誰も口にはせんけど。どうしても盛り下がってしまう。だから、親父も気を使って、一番最初に由衣を踊らすだ」
「ええー」
今の踊りに上手いも下手もあるのだろうか?
由衣さんが、とんでもないオリジナリティを発揮して、原型を留めないところまでアレンジしているのか?
「あの踊りじゃ、由衣を好きになる男は居らん。このままだと確実に嫁の貰い手はないだ」
僕は頭をハンマーで殴られたようなショックを受けた。
由衣さんが。
こんなにも美しい由衣さんが、この村では全然、モテないのだ。
何という理不尽だろう。
彼女は、ここに生まれていなければ、間違いなくチヤホヤされる存在なのに。
踊りを終えた由衣さんは、その場で正座して一礼した。
僕を見つめるその瞳は、悲しそうに潤んでいる。
村人たちの評価が芳しくなかったせいだろうか?
由衣さんが女性たちの後列へと戻る。