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僕は「何か手伝います」と雅人さんに申し入れた。
「そんなことさせたら、俺が親父に怒やされる。もうすぐ夕方だで、皆が集まってくるから、それまでゆっくりしてて。お願いしますだ」
雅人さんに頭を下げられ、僕はその言葉に頷くしかなかった。
大広間の隣の部屋で休もうと思った僕が台所の前を通ると、中から出てきた1人の女性とぶつかりそうになった。
「すみません」と言った僕は相手の顔を見て、息を飲んだ。
まるで、時間が止まったように思えた。
身長175㎝の僕より少し背が低い彼女の顔が。
あまりにも綺麗だったからだ。
服装こそ地味な白シャツとグレーのスカートだったけれど、その顔は。
何度も言うが、本当に美しかった。
女優よりはモデル顔か。
ぱっちりとしたアーモンド型の瞳が、僕の眼と合う。
彼女の長い上まつ毛が少し震えるのが分かった。
20代前半だろうか?
ということは、雅人さんの2人の妹のどちらかか?
彼女は視線を落として、右横で束ねた長髪を両手で触った。
きめ細かい白く透き通った肌が、みるみるうちに赤く染まる。
「す、すみません」
彼女が小さな声で言った。
思いの外、低い声で、それが…不謹慎だが、とても艶っぽく感じた。
思ってもいなかった状況に僕は混乱し、あたふたとなった。
優しく善意に溢れた村長の娘さん、しかも年若い女性に、いきなりこんな生々しい気持ちを抱くなんて、とんでもない馬鹿としか言い様がない。
僕の顔が熱くなった。
しどろもどろの言葉を発しつつ、その場を離れる。
隣の部屋で畳に腰を下ろしてからも、僕の心臓はドキドキと激しく高鳴り続けた。
落ち着け。
落ち着くんだ。
今夜、この宴会が終われば、僕は明朝にはこの村を出発して、都会の日常に戻る。
そう、ここに居るのは、あとほんの1日、いや、それより短い時間なのだ。
絶対に、ややこしいトラブルを起こしてはいけない。
彼女のことは置いておこう。
考えるな、考えるな。
ところが、そう思えば思うほど、さっき間近で見た彼女の美しい姿が思い出されて、全身にうっすらと汗さえかいてしまう始末だった。
(ああ…まったく何だっていうんだ!)
僕は自分に腹が立ってきた。
思春期の学生じゃあるまいし!
興奮が収まらないうちに、宴会の準備が整ったと雅人さんが報せに来た。
僕は宴会場の上座のど真ん中に誘われた。
右隣に村長、左隣は雅人さんが座る。
僕の予想通り、大広間には30人ほどの村人が集まっていた。
7割が高齢者。
皆の前にあるお膳には、たくさんの料理が並べられている。
「さあ」
村長が口を開いた。
「お客さんをもてなすだて」
こうして、僕のための宴会が始まった。