表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/83

7 命の爆ぜる場所で

 敵が目の前に飛び出てきた。覇国の兵だ。前に突き出された刃を躱しざまに、ダーレルはその腕を鉄の棒で殴りつけた。

 

 後ろから飛刀が飛んでくる。壁に背中をつけるようにして躱す。前からも敵が来る。五人。

 

 順発銃を使うべきか迷った。次の瞬間、エフェスの騎獣が下から上へ電撃のように走り去り、物のついでというほど無造作に五人を薙ぎ払う。斬殺と轢殺、文字通り血煙と化す人影に殆ど一瞬度肝を抜かれながら、次に姿を見せた敵にそんな場合ではないと思い直す。そしてまた走り出す。

 

 何で俺は走っているんだろうとダーレルは思う。何で俺はこんな場所にいるんだろう。

 

 元々喧嘩は嫌いだ。土倭夫(ドワーフ)神拳を学んだのも進んでのことではない。姉のメルチェルの方がずっと強くなるのは早かったし、今もこの空洞の中では自分が一番弱いのだろうと思っているくらいだ。

 

 戦いは嫌いだ。暴力はもっと嫌いだ。人殺しなど反吐が出る。誰にも言ったことはないけれど。

 

 獣神騎士たちは尊敬している。だが、彼らがその恐るべき武芸で敵を屠るのを目の当たりにするたび、すっと胸の中のどこかが冷えていく感じがする。

 

 ガレイン叔父は俺にベヘモットの護符(アミュレット)を託した。それは俺に獣神騎士になれということだ。その理由をいくら問い質しても、叔父から納得の行く答えは貰えなかった。

 

 場違いにも程がある。俺は鍛冶屋なのに。


 走りながら敵を叩き落とす。転げ落ちていく敵を横目に、走る。螺旋階段の層の間は飛び降りるのがちょっと無理のある高さだ。獣神騎士たちなら飛び降りるのも出来るかも知れないが、少なくともダーレルには無理だろう。足を挫く可能性もある。そうしたら走れない。

 

 カザレラ村から出立する前、姉に胸の内を吐き出した。案の定、姉からは平手(ビンタ)を食らった。眼から火花が出るような平手打ちだ。

 

(ドワーフが一度決まったことに愚図愚図言うもんじゃないよ! 大体昔からあんたは――)

 

 そこからの説教の内容はいつものようにしおらしくやり過ごして覚えていないが、旅の途上で山羊の背に揺られながら考えた。結局、やるしかないのだということだけがわかった。

 

 そうだ。俺しかいないのだ。気が重かろうが、相応しくなかろうが、俺が走るしかないのだ。

 

 頭上を見ると、レイディエンとランズロウの交戦が眼に入る。黒い幻魔騎士は背中の翼で飛翔し、容易には動きを読ませない。星鯨騎士は騎獣の足元になんと水を張り巡らせることによって、それに対抗していた。

 

 闇そのものの塊とも思える弾丸を、水の弾丸が打ち砕く。その間にも騎士たちは旋回や蛇行、上下移動を織り交ぜて躱してゆく。

 

 ランズロウが槍を突きこんだ。超常の力で鍛えられた槍が倍の長さに延び、レイディエンの喉笛を貫かんと穂先が奔る。速い。

 

 レイディエンも右腕を上げ、籠手と穂先が擦過して激烈な火花が迸る。レイディエンは翼を羽ばたかせて槍の柄を伝うように接近、投げ槍めいた飛身脚を放つ。咄嗟にランズロウは戻した槍の柄で受けた。重々しい衝撃音と共に装甲騎獣が僅かに、しかし明らかに後退した。

 

 そのまま幻魔騎士と星鯨騎士はまた離脱する。幻魔兵を一撃で打ち砕く弾丸の応酬は、この二人にとっては本命を叩きこむための牽制に過ぎないのだ。

 

「……助けた!」

 

 アルジェの声が空洞に響き渡る。彼女は密かに拘束されているマーベルの元へ近づき、救出を成し遂げたのだ。

 

 レイディエンが忌々しげに片手を打ち振り、黒い弾丸を放った。肝が冷えた。悲鳴はない。躱したのだろう。しかし二度目の偶然を許すような相手でもないだろう。

 

 おりしも矢がダーレルの足元に突き立っていた。弓を引き絞る幻魔兵ゴベリヌス数体。我知らず護符を握り締める。

 

 その時、何かが上から降ってきた。頭上にそれが落ちてくることに気づくことの出来なかったゴベリヌスが一体、為す術なく圧し潰された。それは石像だった。広間にあった牛頭人(ミノタウロス)の石像だ。

 

 上からミノタウロス像が次々と落ちてきた。アルジェとマーベルのすぐ近くに落ちたものが、壁になるように動く。レイディエンが黒弾を撃つ。像の上半身は砕け散ったが、ともかく二人は無事である。 

 

 これがベヘモットの護符に仕組まれた仕掛けだとダーレルが気づくのにそう時間は必要なかった。しかもあろうことか像は動き出し、手にした斧を手近な覇国兵たちに振り下ろした。石造りの動く像は幻魔兵にとってもかなりの難敵らしく、ミノタウロス像一体を行動停止させるために数名の犠牲を余儀なくされているようだった。

  

 露骨に恐慌を起こしたり叫んだりする者はなかったものの、覇国の側はかなりの混乱をきたしているようだ。優位性を誇っていた兵力数がここに来て覆ったのだから当然だろう。しかもこの「増援」は並の兵ではない、動く石像なのだ。

 

 そう思いきや、輪切りになった石像が階段の端から滑り落ちてくるのが見える。グラーコル・ドゥークスの手並みだろう。流石に幻魔騎士相手には僅かな時間稼ぎにしかならないらしい。

 

 しかしそれでいい。ダーレルはミノタウロス像を十体ほど下の段に集め、塔のように重ならせた。十分な高さになったところでミノタウロスの「塔」を伝い降りていく。これで短縮出来る。

 

 白い影が下から上に走る。幻魔騎士バイロンとその騎獣だ。それを目で追う。アルジェとマーベルを護っていたミノタウロスを一撃で破壊する。足場が崩れる。マーベルが体勢を崩す。落ちていく。無防備な背中が見える。絶叫しかかった。

 

 黒い影が上から下に走る。マーベルの姿はない。エフェスが助けたのだ、と思った。安堵した。知っている人間が命を落とすところなど見たくはなかった。

 

 白影と黒影が互いに翻転し、真っ向からぶつかり合う。剛刀と長剣が凄まじい音を奏でる。まるで命が爆ぜるような音だ。

 

 幾度となく繰り返された親子の剣戟。その決着が近いことが、何故かダーレルにも理解できた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ