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6 激突、カリギス地下迷宮

 迷宮で一同は迷うことがなかった。分岐に至る都度、ダーレルの足元が発光して誘導していたからだ。それでも迷宮の道は曲がりくねり、短気を起こしたヴァリウスが壁を破壊しようとして主にシェラミスに止められもした。

 

 こうして二階層、三階層を敵と遭遇することもなく、また罠にかかることもなく通り抜けた。シェラミスが呟くように言った。


「順調だな」

「順調なのはいいことよね?」


 アルジェが楽天的に応じる。それを聞いているのかいないのか不分明な口調で、シェラミスは呟き続けた。


「……虫一匹居やしない。首狩兎も入ってこない。闇を恐れた? それとも野生の本能が近づきたくないと感じる、恐るべき何かがあるのか――」


 広間に出た。一町(約百九メートル)四方もの空間に、一丈超(三メートル以上)の石造りの立像がずらりと立ち並んでいる。籠手を嵌めた指先でそれらに触れながらヴァリウスが言う。

 

牛頭人(ミノタウロス)ってヤツか。まさかこいつらに虫や魔獣が怯えてる訳でもあるまいが――」


 シェラミスが口を挟んだ。


「ミーノータウロス。長音は伸ばして」

「どっちでもいいだろ、ミノタウロスだろうがミーノータウロスだろうが。伸ばさない方がむしろすっきりする」

「よくない! 余人が許そうが島嶼系言語の学位持ちであるあたしが許さない!」


 他の面々には島嶼系の言語的素養はなかったということもあり、同意の声は上がらなかった。

 

 一同は床に濃く浮かんだ光が導く方向へ進む。


 ミノタウロス像は極めて精巧な造作である。半裸の上半身は隆々たる筋肉が縄のように浮き、これもまた石造りの両刃の斧(ラビュリス)を携えている。驚くべきことには、ざっと見て百はありそうな石像のいずれ一つとして同じ形状のものがなく、立ち姿も布の襞の様子も異なり、牛頭の表情も個体識別が出来そうなほどなのだった。

 

 神殿を為すこれらを作るのに古代の人々は如何なる(わざ)を用いたのか。如何なる経緯を経てその技術が失われたのか。悠久の過去に思いを馳せてシェラミスが嘆息する。しかし甚だ残念なことに、他の面々はこの思いを共有してくれそうにないのだった。

 

 部屋の奥に闇がわだかまっていた。最下層への階段があった。足を踏み入れた。

 

 最下層は緩やかに壁面が底へゆくごとに窄まってゆく、歪んだ漏斗状の空間であった。壁へ張り付くように巡らされた螺旋階段が右回りに下へ降りていく造りである。道幅は馬一頭が通れそうなほどだが、手摺のない(きざはし)(きわ)から伺う底は深く暗かった。もし何も知らない状態で底などないと言われれば信じたかもしれない。

 

「あれは――」

 

 道を下るより早く、眼下に認めたのは闇の中にぽつりと一つ輝く白い光である。魔術具の生む魔力光だ。それは敵、覇国の手の者に違いない。

 

 光は螺旋階段を進んでゆく。気づいていないのか、あるいは気づいていないふりで誘っているのか――シェラミスが逡巡する僅かな間、エフェスは即座に判断を下した。

 

「――装甲!!」

 

 口上の叫びと紫電の雷鳴が、漏斗状空間の闇を切り裂きほとばしる。黒鉄の鎧をまとって飛び出したエフェスは、同じく黒鉄に鎧われた装甲騎獣に跨上していた。止める声すらかける間もなく、天龍騎士は壁面(・・)を音高く疾走し、それこそ稲妻の如く光へ走った。敵と確信する動きだった。そしてエフェスの判断は完全なる正解だった。

 

「――バイロン!!」


 即座にそれに気づいた男――レイディエンの声が響き渡る。逆落としに頭上より下り来たる、やはり壁面を踏みしだく蹄音。艶のない白い甲冑を鎧い、青黒く燃え盛る鬣の幻魔獣に跨った幻魔騎士バイロンが疾走してきた。敵は急襲を警戒し、バイロンを空間の上層に伏せさせていたのだ。

 

 エフェスの反応もまた迅速だった。バイロンの狙いが己ではなくシェラミスらであると見抜くや、装甲騎獣の進路を強引に変え、バイロンへ襲い掛かった。

 バイロンとシェラミスの距離よりもエフェスとバイロンの距離の方が近い。バイロンも即座にまた幻魔獣の進路を捻じ曲げ、エフェスとの激突へ持ってゆく。

 

 シェラミスの眼下の壁に二騎の軌跡が交錯し、龍魂剣と逆鱗刀とがぶつかり合う。

 

 まばゆい火花の瞬きを残し、天龍騎士は右へ、幻魔騎士は左へ、それぞれ壁へ蹄の痕跡を轍のように残して駆け抜けてゆく。

 

 再度激突。三度、四度、五度――二騎は刹那として留まることがなく、遺跡の壁面を容赦なく踏み荒らしながら、ひたすら互いを追いつ追われつして剣戟を交わし続ける。超自然の力を持つ騎士たちの壮絶なる死闘を、シェラミスは半ば呆然としながらこう評した。

 

「まるで喧嘩独楽だな……死の喧嘩独楽だ」

「喧嘩独楽はあんな物理法則を無視したような動きをしませんよ」

「ランズロウ、君も出来る?」

「壁は走れますが……あそこまでのぶつかり合いとなると……」

 

 ランズロウが言葉を切り、槍の石突を突き出した。覇国の斥候が音もなく接近してきていたのだ。水月に直撃を食らったそいつが階から転げ落ちてゆく。

 

 それ以上は言われずともシェラミスにもわかった。似通った戦型と伯仲した実力の持ち主同士でなければ、あそこまで熾烈な剣戟にはならないのだ。そしてバイロンの正体はエフェスの父レガート、やはり天龍剣の使い手である。

  

 親子同士の騎乗剣舞。それは一秒一秒に一層激しさを増してゆく。階のあちこちに忍ばせた伏兵が、二騎に巻き込まれて幾人も斬り刻まれて酸鼻なる血肉の塊と化す。文字通り、二人の間に割って入ることは不可能であると誰の眼にも見えた。

 

「精々殺し合うがいいさ、ドレイクの剣士め」


 剣戟の響きの合間を縫い、吐き捨てるような口調の言葉をシェラミスは聞いた。白衣の剣士――その者の名は、シェラミスも事前に聞き知っていた。

 

「――幻魔騎士グラーコル・ドゥークス?」

「如何にも。お初にお目にかかる、魔術師シェラミス・フィファルデ殿」


 グラーコルは白皙の顔に嘲笑めいた表情を張り付かせて言った。


「こうやって直接見てみれば別段変わることのない娘だが……覇王御自身の勅命故、その命貰い受ける――」

「装甲」

「幻魔、装甲」

 

 グラーコルが太刀を抜き放つより早く、ランズロウは首から下げた星海鯨(レヴィアタン)護符(アミュレット)の鎖を引き千切っていた。

 

 互いに青銅をまとい、青銀をまとう。直後に常人の眼には留まることのない速度で槍と太刀が三度の応酬を繰り広げる。

 

「星鯨騎士ランズロウ・キリアン――音に聞くハイランド流槍術、見せてもらうぞ」

「天龍剣独孤派、相手に取って不足なしと言っておこう」


 横手から颶風が巻き、グラーコルへと襲い掛かった。鉄柱すら叩いて砕く〈猛虎揮戦鉞〉、それを驚くべき勘で察知して、グラーコルは間合を外して後退する。

 

「こいつは俺に任せろ」


 白い獣神甲冑を帯びた王虎騎士ヴァリウスが指示を下す。油断く王虎拳法を構え、眼はグラーコルを見据えたままだ。


「あたしは」

「シェラミス師はユーリルと共に脱出」


 異論はなかった。獣神騎士と幻魔騎士、彼らの戦闘の場にシェラミスの居場所などありはしない。出来ることと言えば足手まといになる前にこの場から離れることだけだ。


「ダーレルは?」

「底の方に用があるとさ」


 目を凝らすと、薄ぼんやりとした光が走っている。ダーレルだ。


「手を貸さなくても?」

「なんとかなるだろ」


 二人のやり取りは短い。いちいち会話をしている場合でないし、敵に情報を与えないためでもあった。


「ではシェラミス様、地上にて!」


 ランズロウを乗せ、装甲騎獣が前触れもなく疾走した。やるべきことを理解した上での疾走だった。すなわちマーベル・ホリゾントの救出である。


 その出鼻を挫くように、ランズロウ目掛けて砲弾めいたものが次々に直線状に撃ち込まれた。ランズロウは直線から蛇行に切り替え、また当たりそうなものを選んで槍によって弾き防いだ。

 

「お前たちの好きにはさせぬよ」


 翼を持つ漆黒の甲冑が空を滑るように移動していた。幻魔騎士レイディエンである。騎獣を壁に走らせるランズロウは彼を見上げながら、兜の奥でニヤリと笑った。


「それは僕の台詞でもある――獣神戦技〈水流飛刀アクア・ダガー〉!」

「幻魔戦技〈黒風牙〉!」

 

 ランズロウは水の刃を、レイディエンは黒い靄の塊を宙に並べた。魔力によって打ち出された弾幕が互いに食らい合い、相殺されて闇に溶けてゆく。

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