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12 生命の火花を散らせ

 獣神騎士の鎧たる獣神甲冑は、極言すれば鎧としての形を取った魔力の塊である。故に着装者たる騎士が望みさえすれば、あらゆる形状に形を変える。堅牢なる盾にも、鋭利なる鉾にも、思うがままに。


 だがエフェスはその機能を知らなかった。先代の天龍騎士であるファルコが甲冑の秘められた機能を伝えるより前に死去したためである。その上に天龍剣の剣士は独立不羈の気風が強く、己の剣技のみを頼りとする傾向がある。エフェスもまた例外ではなく、鎧の変化により状況対応するという発想自体がなかったのだ。

 

 鎧自体の問題もある。エフェスの鎧は若く未熟だ。

 

 しかし今、剣技のみに固執している場合でもなければ、機能の行使を躊躇っている場合でもない。


「ランズロウに出来るならば、俺にも出来るはずだ……!」

 

 エフェスは念じた。鎧の一部が解け、光の帯となって疾走するエアレーを取り巻く。一瞬だけ一際強く発光すると、エアレーの樹木めいた皮膚は黒鉄の装甲で覆われている。

 

 ――号して装甲騎獣。

 

 内的魔力(オド)が騎獣の甲冑へ流れ込んでゆくのがわかる。通常、獣神甲冑を維持するよりずっと多量の魔力だ。薄々懸念はしていたが、やはり装甲騎獣形態は維持するだけで魔力の消耗が激しいのだ。長駆は不可能だろう。

 

 エフェスは己に残る(オド)を振り絞り、装甲騎獣に注いだ。後々のことは考えなかった。はなはだ分の悪い掛けなのは明らかだったが、エフェス自身己を省みる余裕はない。

 

 前方ではバイロンとランズロウが激しく斬り結んでいる。ランズロウは槍に加えて周囲に浮かせた水の飛刀を間断なく繰り出すが、逆鱗刀が一つ、二つ薙ぎ払われる都度に潰されてゆく。やはりランズロウも抱えられたマーベルを意識し、思うままに攻め立てられないのだ。

 

 委細を構わず、エフェスは騎獣を全力疾走させた。もつれるように争う二騎の左側をすり抜けるようにして追い抜いた。騎獣を強引に翻転(ターン)させ、向き直る。

 

 エフェスは龍魂剣を殆ど水平に構え、咆哮した。

 

 槍の一突きをくれ、ランズロウが離脱する。

 

 全身全霊を込めて、両手による斬撃を送る。バイロンの右手によって逆鱗刀が振り下ろされ、龍魂剣と交錯する。金属音は長く響いた。エフェスは剣を剛刀を受け流しながら、同時にその刀身へ滑らせるように揮った。超常の金属二つからなる極彩の火花が咲き乱れ、散っては咲く。

 

「――がッ!」

 

 馳せ違うのとほぼ同時に、頭部に衝撃を覚えた。兜が砕け、エフェスは右半面が露出していることに気づいた。頬のあたりが熱いのは、砕けた兜の破片が傷つけでもしたのか。――逆鱗刀の切先でも直撃を喰らっていれば、歯茎ごと頬肉を持っていかれたはずだ。

 

 だがエフェスもまた手応えを感じていた。バイロンが頭部狙いだったのと同様にエフェスもまた頭部を狙った。当たりの深さだけならばこちらの方が上だろう。

 

 ――もう一太刀。

 

 騎獣をみたび翻転させる。バイロンはここで追いすがるエフェスを伺った。エフェス同様兜が砕け、全貌はわからぬまでも壮年の男の顔が露出していた。

 エフェスは騎獣の速度が思うように上がらぬことに気づいた。限界なのだ。

 

 躊躇はなかった。その背に立ち、跳躍した。

 

「――おおおおおおおッ!!」

 

 腹の底から叫びを上げ、一生分とも思える力を燃やし尽くす。限界を超え、大きく朝焼けの空に弧を描いたエフェスの一太刀は、防御に掲げた逆鱗刀を殆ど切断し、残ったバイロンの兜をも破断した。


 滞空の一瞬――切断されかけた逆鱗刀越しに、バイロンがエフェスを()めあげた。エフェスと眼が合う。共に赤黒い血で汚れた鉄色の髪。紫水晶と紫水晶の瞳。そして似通った面差し――


 エフェスは自分が眼を剥いていることに気づく。

 

 そして横手からの強襲に気づかない。衝撃が左脇腹に突き刺さり、エフェスの身体は猛烈な勢いで吹っ飛び、垂直の岸壁にめり込むように叩きつけられていた。


「〈流水飛刀(アクア・ダガー)〉!」


 ランズロウが水の飛刀を飛ばす。しかし襲撃者は黒い(もや)の塊を盾のように展開し、それらを防いだ。

 

 エフェスは垂直の岸壁に生まれた擂鉢状の穴から――半ば随意に、半ば不随意に――転がり落ちた。装甲が解けていた。歯を食いしばって上半身を起こし、襲撃者を睨みあげた。

 

 漆黒の四枚羽を持つ有角の獅子――古の魔神パズズの甲冑をまとった者が、距離と高度を保って獣神騎士たちを見下ろしている。バイロンはそれらを一顧だにせず、山を降りてゆく。

 

「我らはここで引き上げるとしよう。痛み分けだな」

「貴様――幻魔騎士レイディエンか」

 

 直感に従ってエフェスは敵の正体を名指しした。嘲笑を含んだ声が正解だと言わんばかりに応答を返す。

 

「覚えていてくれたか、天龍騎士エフェス」

「……何が痛み分けだ。何が目的だ」

「それはお前たちの知る必要もないことだ」


 一瞬だけレイディエンは魔瞳玉を後ろへ向けた。どうやらバイロンの方を見たようだった。


「――カリギス遺跡だ。我らはそこでお前たちを待つ。来なければ、かの美しい姫騎士がどうなるかわからぬぞ」


 言い残すや、レイディエンは四枚の翼を大きく羽撃かせた。

 

「逃がすか!」

 

 槍の穂先を掲げ、ランズロウが水の飛刀を矢のように打ち込んだ。同時に黒い靄が虫の羽音のような震動音を立てて周囲に立ち込め、幻魔騎士の姿を隠す。ランズロウは舌打ちした。

 

 靄が晴れた後は、眩しいばかりに太陽が照り輝いていた。エフェスは立ち上がった。

 

「待てよ、エフェス」

 

 装甲を解いたランズロウが見咎めたような声を上げた。エフェスは無視して蹌踉(そうろう)と脚を進めた。エアレーが転がっているところは十間先だ。そこまで歩くのに、意志の力を振り絞る必要がありそうだった。今も立っているのが精一杯だと言うのに。

 

 ……いや、限界など知ったことではない。

 敵が撤退する気配がする。血に飢えた虎は一人でも多く斬らなくてはならない。剣を杖のように使うようなみっともない真似は到底出来なかった。この生命ある限りは、それこそがエフェス・ドレイクの使命なのだから。


 やれやれと言いたげにランズロウが溜息を吐く。その首筋を槍の柄で打ったのは、これ以上見かねてのことだった。糸が切れた操り人形のようにエフェスはその場に崩折れた。


 ちょうどそこに虎の甲冑を鎧った男が来て、ランズロウは鉢合わせする。


「あ」


 一瞬硬直したところで、ランズロウは人好きのする、困ったような笑みを浮かべて見せた。


「やあ、君、いい体格しているね。ちょっと手伝ってくれるかい?」


× × × × ×


 緑の蔦に覆われた、黒々とした石造りの塔だった。エフェスはその巨大な鉄の門を見上げた。天龍剣の刻印があった。そこへ触れた。軋む音はするが、錆は感じさせない滑らかさで分厚い門は開いた。


 中は思いの外広かった。壁面には書物を押し込んだ書棚が所狭しと並んでいる。分厚い革装丁の書物があった。東方の表意文字(イデオグラム)が刻まれた竹簡があった。風化しそうなほどに古びた羊皮紙の巻物があった。またエフェスが想像もできないような奇妙な文字で綴られた石版もあった。


 エフェスは手近の本を取ろうとした。けれど伸ばした指先は弾かれた。まるで見えない力がエフェスと本を阻んでいるようだった。諦めて背表紙の文字を読み取ろうとしたが、文字は文字としてあることがわかるだけで、頭の中で意味を為さなかった。

 

 エフェスは何故かこれらをどうしても読みたいと思った。どうしても読まなければならないと思った。だが読めない。どうすれば読めるのか、それすらわからない――

 

 そこでエフェスは目を覚ました。

 

 祖母の家の客間だ。ベッドから上半身を起こすと、筋肉が途端に悲鳴を上げるように痛んだ。回復の度合いから、どうやらそう時間は経っていないらしかった。右の頬に触れると、絆創膏が貼られていた。

 

 全身の痛みを無視して、ベッドから降りる。立ち上がることが出来るほどには、回復しているようだった。

 

「……エフェス」

 

 戸口に祖母リウィアが立っていることに気づいた。エフェスは意を決して、訊かねばならぬことを訊いた。

 

祖母上(おばうえ)、あれは、父上なのですか?」


 祖母はうなずいた。


「……その通りです。あれは――幻魔騎士バイロンなる男は、お前の父レガートです」

 

 廊下の窓の逆光で、祖母の顔は見えなかった。

次回でこの章のエピローグでしょうか。そして第二部最終章で折り返しの予定。

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