表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/83

7 強襲と防衛(前編)

前後編です。一気に7000文字くらい投稿しても良かったけどやめました。

「森の精霊よ、力を貸して」


 アルジェが手にした数枚の葉に息を吹きかけた。葉はひらひらと蝶のように上空高く舞い上がる。

 

「魔術?」

「魔法よ」

 

 魔術は物理現象の範疇に含まれるが、魔法は精霊や神霊などの力を借りるちょっとした奇跡――魔術師の間ではそう区分されているが、詳しいことは門外漢のマーベルにはわからない。

 アルジェがマーベルの髪に一枚の葉を差した。空へ飛んでいったものと同じものだ。

 

「これで離れてても会話できるようになるわ。お願いね」


 アルジェはマーベルに対して目を瞑ってみせると同時に、木枝を蹴って葉叢(はむら)に姿を消す。

 

 空が少しずつ明るくなる。


 こうしている間にも幻魔の焔が眼下の森を焼く。じりじりとした時が過ぎていく。来なければいい。けれど早く来るならば来て欲しい。

 

『マーベル、北北東から三体!』


 葉を通してアルジェの指示が聞こえてくる。

 マーベルは膝立ちのまま北東に柘榴石(ガーネット)の目を向ける。豆粒ほどの影三つ。背負った矢筒に手を回し、三本の矢をそれぞれの指股(しこ)に取った。それらを弓弦につがえ、引き絞る。それらは最早意識するまでもなく出来る、マーベルにとっては身に染み込んだ技だ。

 

 山である。マーベルは上であり、敵は下から襲いかかる。折しも風は微弱ではあるが山の上方から下方へ流れるように吹いている。故に射程はいつもよりも伸びる。

 他の射手ならば、この伸びを嫌う者もいるだろう。狙いが狂うからだ。しかしマーベルは気にしなかった。彼女の狙いはまず狂わないからだ。

 

 マーベルは三矢を放つ。それらは三体のゴベリヌスの眼や喉や胸といった急所に突き立つ。燃え上がる黒紫の焔。

 

「あれを当てるかよ……」

「まるで吸い込まれるように、だ(のう)


 三羽烏もマーベルの弓矢の技倆に舌を巻いているようだった。彼らの出番はまだない。

 

 マーベル自身は自分の技倆について、特に意識したことはなかった。城に行くまでは、弓を教えてくれた母が基準だった。母に弓矢を仕込んだのは祖母だ。根っからの杣人(そまびと)の祖父とは幼馴染同士で、こちらは弓矢の腕は下手だ。

 

 弓に矢をつがえると、その矢がどう飛ぶかがわかってしまう。弓を握って七日でマーベルはその「眼」を手に入れた。祖母も母もそういう眼を持っているようだったので、他の人々もそうなのだろうと勝手に思っていたくらいである。


 獣神騎士二人は凄まじい勢いで幻魔兵を薙ぎ倒して前進している。しかしその優先順位は幻魔騎士の撃破にあるため、討ち漏らしが生じることは事前に予測出来ることでもあった。マーベルたちの役目は討ち漏らした幻魔兵が村に近づく前に食い止め、仕留めることだ。これを軍事用語で最終防衛線という。この(ライン)を超えられればそれまで、ということ。


『……あ!』


 樹上で待機していたアルジェが声を上げた。

 

『エフェスにつけた精霊がやられた。ヴァリウスの方は無事だけど、二人共幻魔騎士と接触したわ』

 

 報告にうなずき一つだけを返し、敵の姿を探すことに集中した。アルジェが手を振って合図すると共に三羽烏が前に出る。


 予想通り幻魔騎士とエフェスたちの交戦が始まった。幻魔騎士二人。獣神騎士たちのことについては別段心配はせぬとしても、他の幻魔兵の取り逃がしが発生する恐れはある。アルジェも三羽烏も腕の立つことは理解しているが、それでも……

 

 深呼吸をひとつし、考え過ぎるな、とマーベルは自戒する。戦の流れは考えても詮無きこと。なるようにしかならないし、その流れにあって本領を全うしない者は自ずと敗者となる。

 流れに乗り切れれば勝ち、乗り損ねれば負け――騎士学校の教官だったハイダン卿の教えである。流れを断つな、読んで乗りこなせ――

 

「左右から来る!」


 左に五、右に四。姿を判別することもなくマーベルは矢をつがえ、左に二度、右に二度射た。間髪を入れぬ早業。

 

 右は全てが倒れたが、左が問題だった。前に出たオルクスが咆哮と共に、槍を旋回させて矢をはたき落とす。不運なゴベリヌスが一体射抜かれて倒れ伏すものの、そのまま直進してくる。マーベルはまた二度射た。今度は倒れる者はない。

 

『出番よ、おじさんたち!』

「応よ、耳長のお嬢!」

「ホゼよ、ゆくぞ!」


 アルジェの号令にグンライが仕込み刀を脇に下げ、イノエが長巻を抜き放ち、ホゼが薙刀を肩に担ぐ。いずれも見た目以上に俊敏な動きだ。

 

 間もなくぶつかった。ホゼの薙刀が唸りを上げてオルクスに襲いかかり、オルクスは槍で斬撃を受け流す。その間にグンライとイノエはゴベリヌスへ斬りかかった。

 

 マーベルは援護のために矢を射ようとして、やめた。同士討ちを危ぶんだのと、右から新手がやってきたからだ。マーベルは弓に矢をつがえながら、左手側の交戦を横目で伺う。

 

 流石に幻魔兵は手強い。グンライの抜き打ちの斬撃を掻い潜り、ゴベリヌスが鋭い手爪を繰り出してくる。しかしそれは誘い、グンライは鞘で爪を受けた。右の手首ごと刀が翻り、切先がゴベリヌスの胸部を貫く。

 

 長巻は通常の三倍以上もの長さの柄をつけた刀だ。必然的にリーチの短いゴベリヌスに対して有利な武器となる。爪が届くより先にイノエは相手の腕を斬り落とし、返す刃で首を刎ねる。

 

 ホゼの薙刀はオルクスの槍を巧みに絡め、受け流し、時には反撃に転じる。ホゼは大柄だが流石にオルクスの膂力は上回っている。それをいなしながら突き込んだ一撃がオルクスの肩口を掠めた。オルクスは怒り狂い更に激しく槍を揮う。常人ならば一呼吸もせぬうちに挽き肉となりかねない激烈さに、思わずホゼも防戦一方となる。


 マーベルは矢を放った。以前エフェスも生身で槍使いのオルクスと切り結んでいたが、相手を切り崩すのに数十合を必要としていた。やはり如何に天龍剣の達人であろうとも、生身の人間が容易く討ち取ることが出来るほど幻魔兵オルクスは生半な敵ではない。

 

 オルクスの槍の速度が僅かに緩んだ。イノエの長巻がその膝裏に食い込んでいるのだ。相手取っていたゴベリヌスはもう幻魔焔と消えている。同じく敵を片付けたグンライが仕込み刀を横手から幻魔甲冑の腰の継ぎ目へ薙ぎつけた。傷は深い。しかしまだ致命的ではない。ホゼの薙刀が斜めに走る。肉厚の刃がオルクスの胴を袈裟懸けに走り、心臓を斬り裂いた。傷口から黒紫の焔が噴き上がり、オルクスの身体を舐めるように覆い尽くすまでそう時間は要らなかった。


 イノエがマーベルの方に向き直り、長巻を高々と上に掲げた。さしたる怪我はなさそうだ。マーベルの方も右手の敵を打ち倒している。安堵する。

 

 次に――背筋にぞくりと悪寒が走る。巨大な気配の接近。

 

 はっとして顔を上げたマーベルの眼がその姿を捉える。燃え立つ(たてがみ)の幻魔獣に跨った、大剣を引っ提げた甲冑の騎士。幻魔騎士バイロンが来る!

 

「アルジェ、綱を切るわよ!」

『この際仕方ない!』

 

 特殊な鏃の矢をつがえ、森のある一点へマーベルは射た。やや遅れてアルジェももう一本の綱を切ったようだ。同時に木組が崩壊し、そこで止めていた大小織り交ぜた大量の木材と石材が一斉に予定進路へ雪崩れ落ちてゆく。

 

 俄作りの仕掛けではない。魔術師エアンナは自ら編んだ結界が破壊されるのも織り込んだ上で、複数の罠を仕掛けていたのである。そして恐らくは、その外敵が覇国の者であることを見越した上で。まさかそれがたった一人の男に向けて使われることを読んでいたかまではわからないが……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ