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16 我が龍よ、何故に哭く

 哭き声が聞こえた。

 

 龍の声だった。鉄鱗龍、エフェスの獣神甲冑の元になった龍の声だった。名をラスタバン。今や絶滅の危機に瀕した「真なる龍」の仔、エフェスの生誕と殆ど時を同じくして卵から孵った龍だった。

 

 そして、エフェスが殺した龍だった。

 

 何故哭いている、ラスタバン? 俺がいくら問いかけても、今まで何も答えなかったのに。

 

 意識を、取り戻す。

 

 剣の柄を握りしめていた。龍魂剣。剣が落ちた位置まで吹っ飛んだのだ。

 

 バイロンも逆鱗刀を執っていた。追撃の様子がないのは、エフェスが体勢を立て直すのを待っているのか。

 

 黒煙を絶え間なく吐き出しながら、赤と黄色に彩られた炎が吼えるように燃えている。

 鎧の哭き声もまた、止むことがなかった。実際に鎧が哭いているのか、それとも耳の奥底に染み付いてしまっているのか、判別はつかなかった。

 

 ――雑念は不要。

 

 戦場に在る時は一振りの剣でいい。斬りたいという意識すら無用であり不要。無粋にして不純。

 

 哭き声が聞こえなくなった。

 

 あるいは、ラスタバンは俺に冷静さを取り戻させるために哭いたのかも知れない。以前――四年前の龍脊山脈での遭遇では、怒りに完全に呑まれていた。まさしく完敗だった。その愚を繰り返す訳にはいかなかった。

 

 ただ腹の底に沈めて、憎悪と怒りは重石と成せ。立ち上がるための重心と成せ。エフェスは息吹を吐きながら立ち上がった。

 

 〈鉄鱗龍〉の鎧に紫電の蔦が絡みつく。同じように、〈屍龍〉の鎧を黒焔の舌が舐めるように踊る。

 

 エフェスは左手を弓に見立てて右半身を引き絞る弾弓の型を取り、バイロンは肩に担ぐような破山の型を取る。共に天龍剣正調の構え。共に次の一手に賭けたのだ。

 

 永劫に近い一呼吸。エフェスの意識が無限に遅滞する。――次の瞬間、炎が爆ぜ、戦意が爆ぜ、剣が爆ぜた。

 

 交錯した。

 

 時間感覚が元に戻る。

 

 斬った。斬られた。熱い。剣がない。無いのは俺の右腕だ。

 

 振り向いた。逆鱗刀が来る。躱す。体勢を崩す。転がりながら、血を撒き散らしながら龍魂剣を探す。あった。右腕もだ。左手で掴む。


 逆鱗刀を受けた。不完全な姿勢、しかも左腕だけ。かち合った拮抗は徐々に押し負ける。エフェスは歯を噛んで耐えた。交差しや剣が押される。敵の刃が、肩口に迫る。哭き声が聞こえる――

 

 突如、バイロンが後方へ飛び退いた。僅かに遅れて破裂音が二度弾けた。

 

 弓を構えたマーベルがいた。彼女を押しのけるようにして、壮年の男がバイロンに近づくように来た。

 

 壮年の男のことをエフェスは知っていた。ガレイン・ザナシュ。

 

「幻魔騎士バイロンだな」

 

 ガレインが決然と、灰色の眼を白龍の幻魔騎士に向けた。

 

「その男をお前に殺させる訳にはいかん。――装甲」


 足元から無数の石筍(せきじゅん)が隆起し、ガレインの姿を隠す。次の瞬間、砕けた石筍から現れたのは漆黒の鎧をまとう騎士だった。ガレイン・ザナシュもまた、獣神騎士であった。


「剛角騎士ガレイン、参る」


 炎の中で蒼い魔瞳玉(アイリスストーン)がバイロンを睨み据えた。

 

 白龍は視線をエフェスからガレインへ移した。その紫の眼からは、何の感情も伺えなかった。


 エフェスを担ぎ上げる者がいた。ダーレルだ。ここで装甲が解除されていることに気づいた。剣に鞘が戻っている。

 

「逃げますよ、エフェスさん」


 マーベルが、白い服を汚すのも構わず右腕を抱えていた。ダーレルを振りほどこうとしたが、出来なかった。

 

 無手のガレインへバイロンが襲いかかってゆくのが見えた。

 

「獣神戦技〈土鉾〉」


 床から石筍が逆茂木(さかもぎ)めいて、バイロンの行く手を阻むように生成された。剛刀の一振りが次々に生まれるそれらを打ち砕く。股間から頭頂まで貫かんとする勢いで生えでた石筍をバイロンは蹴って跳躍し、ガレインへ剛刀を叩きつけた。

 

 それを防いだのは長柄の戦斧である。ガレインが土から生成した斧だった。


「その太刀筋、やはりお前か――ならばなおのこと、お前にエフェスを殺させる訳にいかんな」


 ガレインが後方に跳躍した。足元に石筍を生やし、その勢いを借りて跳躍したのだ。

 

 後方に跳躍する間にもガレインは次々に武器を生成した。太刀、斧、槍、剣、大槌――五十にも及ぶ武器がバイロンへ矛先を向け、次々に襲いかかった。バイロンもまた剛刀を揮って防ぎ、捌き、打ち砕き、着実な前進を続けた。ガレインもまた肉薄し、バイロンへ斧を叩きつける。バイロンはそれをいなし、反撃を撃ち込む。――

 

「火の手が速いッ! やべえっスよマーベルさん!」

「急ぐわよダーレル君! エフェス、痛くない!? 大丈夫!? 返事して!」

 

 大丈夫だと答えようとして、エフェスの口から意味のない言葉が漏れた。痛みはない。呼吸が上手く出来ない。身体が自分のものではないようだった。


 ただ、熱い。斬られた右腕が熱い。

 

 ガレインとバイロン、二人の交戦が切れ目なく続く。走るダーレルに担がれながら、それを見ていた。やがて炎と煙が燃える神殿の建材と共になだれ落ち、視界を防いだ。

 

 多分、ガレインは大丈夫だろう。そう考えると、次に口の中に苦さが広がった。敗北の味だった。それをじっくり噛み締めながら、エフェスは気絶しまいとした。だが結局気絶した。

今年中には第一部終わりですかね…?

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