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15 白龍と鉄鱗龍

 声もなく、一息にエフェスは踏み込んだ。天龍剣〈貫光迅雷〉――足元が弾け、紫電を引きながら切先が走る。

 

 雷花と火花が同時に散った。バイロンもまた強烈極まる一閃を放ち、剣威で剣威を相殺したのだ。

 

 今の一手は紛れもなく〈双電斥火〉――やはり間違いない。バイロンは天龍剣の遣い手!

 

 エフェスは至近距離で床へ爪先を突き立て、円弧を描く斬撃を送った。バイロンはその場で一丈近くも跳躍して躱し、刀身に幻魔焔を宿した逆鱗刀を頭上から振りかぶった。叩きつけられた猛威に据え付けの椅子が粉々の木端(こっぱ)に砕け散り、床が激しく陥没する。

 

 その中心地にはエフェスはいない。龍魂剣の柄尻に掌をあてがい、背後から胴へ突きを撃つ。バイロンもまた身を捻り、強引に逆袈裟に払い除けながら返す刃を袈裟に揮う。エフェスは身を最小限に引いて躱し、そのまま連続で撃ち込んだ。天龍剣〈万蛇群山〉――その連続攻撃を剛刀を小刻みに動かしていなしながら、唐突に固めた左拳を突き出す。エフェスは肘で受けるも、直後の前蹴りをもろに食らった。獣神甲冑を身にまとっていてさえ全身を突き抜けてくる衝撃に、思わず膝をついて身体を折る。

 

 顔を上げるや、その目前には爪先があった。バイロンの蹴りが兜の頬当を掠めた。まるで砲弾が飛んでくるようだった。エフェスは体勢を崩しながら剣を斬り上げた。逆鱗刀がそれを受けた。

 

 立てぬ。バイロンは剣と剣の交点に圧力をかけているのだ。刃と刃が軋むように火花を上げる。凄まじい圧力だった。エフェスは気息を整え、脚部に魔力付与。その反発力で相手を押しのけ、更に押し込んだ。バイロンが床に轍めいて足跡を刻みながら後退する。

 

 行ける。そう思うと、白の幻魔甲冑の背中に幻魔焔が渦を巻くように燃え上がり、後退を止め、更には押し返してきた。エフェスも魔力付与を強めた。鉄鱗の地肌に紫電が激しく這い回る。獣神と幻魔、二人の騎士の剣は激しく魔力光の火花を散らし、拮抗した。

 

 エフェスは鍔迫合を維持したまま、左手を柄から離し、その掌に魔力を集中した。出現したのは雷気渦巻く光球――球雷である。

 

 バイロンもまた左手を開き、黒紫の火球をそこに生じさせた。


 見る見るうちに赤子の頭ほどに膨れ上がった魔力塊を乗せ、二人は左掌を突き出した。

 

「獣神戦技〈雷龍珠〉!」

「幻魔戦技〈幻龍珠〉!」


 魔力塊による砲撃が同時に、同じ座標でぶつかり合い、雷と焔が局所的に荒れ狂った。互いに互いの魔力を喰らい合って相殺され、その結果として衝撃派が発生した。二者は大きく後退し、二十歩の間合が開いた。

 

 魔力の余燼が放電する霧と化して獣神騎士の視界すら奪う。その霧が薄れたのは一呼吸の間のこと、エフェスは逆鱗刀に幻魔焔が宿るのを見た。肩に担ぐように構えた剣を、バイロンは大きく揮った。

 

「幻魔戦技――〈幻龍掃雲〉!」

 

 刀身から放たれた濃密な幻魔焔が神殿を舐めた。エフェスは刀身に雷気を集中させ、焔を斬り払った。

 

 やはり、バイロンが来た。焔は目くらまし、本命は剣戟――剛刀の切先を前に向けた刺突の姿勢だった。

 

 エフェスは龍魂剣を逆鱗刀に沿わせるようにして切先を逸らした。左側頭すれすれに刃を感じながら、バイロンを見据えたままに斬撃を送り込んだ。バイロンもまた左肩の装甲に刀身を滑らせ威力を殺した。

 

 金属と金属の衝突音が大気を震わせる。至近距離での屍龍(ネクロドラゴン)鉄鱗龍(アイアンドラゴン)が同時に頭部を勢い良く衝き合わせたのだ。


 二者はその姿勢のまま睨み合った。

 

「……貴様は何者だ、バイロン」

「俺は俺だ」


 バイロンは闇のような声で言った。


 周囲は幻魔焔がもたらした炎が回り始めている。炎の舌と黒い煙がそこかしこで上がり始めている。

 

「逆に問う。お前は何者か、考えたことはあるのか」

「何……?」


 ぎちぎちと、頭部と頭部の接触面が軋む。紫と朱の魔瞳玉(アイリスストーン)が、装着者の意思を反映して燃え上がり、更に光を強めた。

 

「その怒りは、憎悪は本当にお前のものなのか。考えたことはあるのか」

「貴様は祖父を殺した……貴様以外にファルコ・ドレイクを殺せた者はいまい!」

「そうだ」

「天龍剣を学びながら太師父ファルコを殺した! そんな貴様は何者だッ! 答えろ幻魔騎士バイロンッ!!」


 猛るエフェスとは対照的に、バイロンの声音から一切の感情が消えた。


「――そうだ。俺は俺を……そ、そして……を殺した。師父で……であるファルコを……を……だ、だから……決めた……」


 呂律が回っていない。まるで歯車が異物を噛んだのような言葉の羅列だった。しかしそれもすぐに元に戻った。幻魔騎士は巌のように宣言した。

 

「だから俺は貴様を殺す、天龍騎士」


 バイロンは剣の柄から手を離し、双掌をエフェスの胸甲に叩きつけた。〈龍顎双掌〉により衝撃が突き抜け、エフェスが後方へ吹っ飛ぶ。バイロンは跳躍し、その肘を腹部に落とした。上から下への打撃に天龍騎士の身体が床にめり込む。

 

 一瞬、気絶していたようだ。その腹をバイロンが踏みつけた。彼の身体は更にめり込んだ。

 

「が……ッ!」


 呻き声が上がった。龍魂剣が右手にないことに気づいた。気づいたときには頭を掴まれ、吊り上げられていた。

 

「貴様を殺して龍魂剣と〈天龍(マルドゥーク)〉の鎧を手に入れる。答えろ、天龍騎士。そんな粗雑な鎧ではない。〈天龍〉の鎧はどこにある? 答えろ」


 バイロンの指力は万力の如くエフェスの頭を締め上げた。頭が割れそうだ。エフェスは意識を途切れさせまいと痛みに抗った。

 

「お前は……ッ、何をするつもりだ……ッ!?」

「俺は……俺を取り戻す」


 余りにも支離滅裂で、しかし余りにも切実な願いだった。

 

 指力が僅かに緩んだ。エフェスは残った力を振り絞り、右足を跳ね上げた。鉄靴(グリーブ)の爪先がバイロンの頭部を直撃し、エフェスは拘束を脱した。

 

 バイロンの左脚が弧を描き、膝をついたエフェスの頭部を狙う。エフェスは地を這うようにして躱し、前進しつつ拳を突き上げた。腹部に突き刺さった縦拳に、バイロンが僅かにたたらを踏む。

 

 エフェスは立ち上がり、畳み掛けた。右、左、左、右、右、右、左、正面。バイロンもまた拳で応じる。左、右、右、左、正面。速度ではエフェスが優れ、重さではバイロンが勝る。腕が酷使に痺れる。疲労と苦痛が満身を苛んでいる。しかし手を休めれば死ぬものと覚悟し、打ち合った。そしてそれは、互いに同じだ。エフェスはそう信じた。

 

 天龍騎士が絶叫し、拳を突き上げた。

 

 幻魔騎士も咆哮し、拳を振り下ろした。

 

 闘気が爆発し、炎が激しく揺らめいた。それぞれの拳が互いの顔面に炸裂し、同時に、諸共に吹っ飛んだ。

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