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10 だからお前ら生き延びろ

「ふざけんな! こいつら罠を仕掛けてやがったんだ! 何が会談だ!」 

「違う! あれは我々ではない!」


 殺気立ったドワーフとそれ以上に困惑した兵が睨み合う。困惑しているのはドワーフの半分もだった。

 

「そうじゃ、落ち着くんじゃお嬢」

「落ち着いてられるかっての! しかも幻魔兵とツルんでいやがった!」

「そりゃねえぞドゥーンの伯父貴! やられたらやり返す、それがドワーフ商工会の掟じゃねェか!」 

「しかしな……」

「あれは我々ではない、何かの間違いだ!」

「間違いで住むんならケジメしたりしねェんだよ! それともケジメするかここで!?」

「姉ちゃん言いすぎだ!」

 

 まさに侃々諤々、敵味方のない言い争いにシェラミスが眉間に皺をを寄せた。ランズロウが処置なしと言わんばかりに眼を閉ざした。


 凄まじい破砕音が轟いた。エフェスが木の樽を鉄鞘の剣で打ち砕く音だった。ぎょっとして皆の視線が音の方を向いた。エフェスは一喝した。


「無益に諍っている場合か! 次が来るぞッ!」


 マーベルははっとした。襲撃前に立った土煙は三つ。ならば三体の――否、それ以上のトロルが潜んでいる!

 

 果たして同時に立ち上がったトロルは五体であった。東、西、南、北、そして眼前。

 

「僕が行きますよ」


 是非を一切問わぬ口調でランズロウがシェラミスに告げた。。


「いいですね、シェラミス様」

「……任せたよ、ランズロウ」


 エフェスとランズロウの視線が交差した。


「エフェス、頼んだよ」

「心配無用、と言わせてもらおう」


 トロルが四体同時に動いた。挙動こそ鈍重だが、その巨体のために見かけよりも推進力はある。彼らが足を進めるたびに地が揺れた。その進路にある家屋がその足で踏み砕かれ、ハリボテのように破壊されてゆく音が響き続ける。

 

 ランズロウはまず眼の前の敵に向き直り、首にかかった護符(アミュレット)を細い銀鎖から引きちぎった。


「――装甲!」


 兵たちがどよめいた。虚空から水が溢れ、ランズロウを取り巻いた。ひと呼吸の後に水は飛沫となって弾け、その中から姿を現したのは青銀の鎧騎士である。

 

「星鯨騎士ランズロウ、参る――!」


 駆け出してゆく。トロルが装甲に覆われた右拳を握り、ランズロウを迎え撃った。拳が当たる寸前、ランズロウは槍を薙いだ。血を引きながら指が落ちる。更には拳が、そしてトロルの右肩から先が輪切りになって落ちてゆく。

 

 トロルが甲高く悲鳴を上げた。兵たちがすくみ上がる、その次の瞬間にはその頭部もまた地に落ちていく途中だった。すれ違いざまにトロル一体を血祭りに上げてもなお、ランズロウの疾走は止まらない。そのまま屋根から屋根へ飛び、次の獲物を物色するように移動する。


「これが獣神騎士……!?」

「槍捌きが見えなかった……何たる技倆か!」


 黒と紫に燃え上がるトロルの死体を前に、兵たちは興奮を隠しきれぬようだった。マーベルも内心の驚愕を抑えきれなかった。ランズロウが獣神騎士であることは事前にシェラミスから事前に知らされていたが、やはり彼らの強さは人としての埒外にあるように思われた。それが世界の危機に対する力であるためと言えば一応の納得は可能だが――


「危ない!」


 マーベルを誰かが突き飛ばした。髭の大尉の声だと気づいたのは地に倒れた少し後だった。振り向くと、その肩が砕けていた。砕いたのは、飛来した家屋を構成する煉瓦の塊だった。

 

「だ、大丈夫!?」

「――大事なし! 命に別状なし!」


 大尉はすぐに立ち上がった。顔が引きつっており、激痛を我慢しているのは明らかだ。しかし彼は兵に向き直り、なお響き続ける騒音に負けじと声を張り上げた。自らを鼓舞するかのような声だった。


「貴様ら! 闘うのみが軍人の職務ではあるまい! 戦は獣神騎士に任せ、市民を避難させるのだ!」

「しかし、今は戒厳状態ですぞ! それをどうするのです?」


 指揮官と思われる一人が疑問を口にすると、大尉は口角泡を飛ばす勢いで叱責を浴びせた。


「馬鹿者! この期に及んでそんなことを言っている状態ではない! 責任は……私が取る! 市民の安全を守るのだ!」

『はッ!』


 大尉の叱責が混乱状態にあった兵士たちに落ち着きを取り戻させた。自分たちの職務は民を守ること。その基礎に立ち返った彼らはやるべきことを思い出したかのように、きびきびと動き出した。


 大尉の眼がシェラミスたちを射竦めるように見た。


「そなたらはさっさとゆくがよい! ギャスレイ閣下を余りお待たせするでないぞ!」

「承知した。急ごう、皆」


 シェラミスが言い、魔術師の一行は小走りに動き出した。

 

 会ったところでこの騒擾(そうじょう)が終わる保証もない。しかしこの襲撃がギャスレイとシェラミスの会談を邪魔することにあるのならば、総帥はその鍵を握っているのだろう。


 ドワーフの一団が踵を返して離脱した。

 

「ボス! 俺たちは行きますぜ!」

「ああ! 軍人ばっかりにいいところを持って行かせられんわな!」

「ここであっしらがやらにゃあドワーフ商工会の名が廃るってモンですわ!」


 メルチェルは一つうなずき、激励の言葉を送った。


「くれぐれも死ぬんじゃないよ! 死んだらブッ殺してやるからな!」

「おお恐い恐い!」

「姐さんの拳は砲弾並じゃからな!」

「そんなら死なない程度に張り切って行こうや、兄弟!」


 軽口を叩きながら遠ざかるドワーフたちに視線をやるダーレルの姿があった。彼は不安を隠しきれぬ表情で言った。


「……なあ、エフェスさん、マーベルさん」

「何だ」

「誰も何も言わないんだけどさ……この戦争、もう負けじゃないのかよ?」

 

 マーベルははっとした。覇国は首都ラッセナに、通常の軍隊が無力とも思われる大型幻魔兵を複数忍び込ませていたのだ。彼がそう思ったとしても無理はない。


 エフェスはダーレルに無機質な一瞥をくれたあと、再び前に視線を向けた。


「それは俺の知ったことじゃない」


 エフェスの脚が速度を上げた。速い。誰も追いつけない。二本の長剣を持ちながら、それを物ともしない体躯の強さである。

 

 目の前に兵の一団が迫る。数十名が一斉に抱拳し、黒紫の幻魔焔が行く手に上がる。出現したのは幻魔兵ゴベリヌスの群れ。シェラミスが舌打ちする。

 

「こいつらまで!」

 

 マーベルはむしろ冷静だった。二本の炸裂箭(さくれつせん)を弓につがえ、音高く射た。箭はゴベリヌスの陣形に落ちた。盛大に音を立てて炸裂が起き、十体ほどのゴベリヌスが炸裂の衝撃で吹き飛んだ。

 

 幻魔兵が混乱から抜け出す前に、エフェスのロングソードが先頭に立つ一体の頭部を輪切りにした。群がるゴベリヌスの手が、脚が、胴が、頭が千切れ、宙に舞う。血の雨と幻魔焔を頭からかぶるより早くエフェスは切り込み、切り開き、陣形を切り崩す。頭で考えていると言うよりは、殆ど本能でやっていると言われた方が納得がいくような果断さである。


「野郎ども! 敵にも味方にも負けンじゃないよッ!」

『応ッ!』


 メルチェル率いるドワーフ商工会もまた果敢である。エフェスが切り開いた穴にえぐりこみ、ハンマーや斧や丸太でゴベリヌスを突き崩す。ダーレルすら両手に鉄の棒を持って闘っていた。六尺半の長身に見合った手足を活かしてゴベリヌスを薙ぎ払う。臆病かと思えたが彼もドワーフの子であったのだ。

 

 一体のゴベリヌスが跳躍し、やや後ろにいたシェラミスへ襲いかかった。その首にユーリルが鞭を巻き付かせ、両手で鞭を引いた。ゴベリヌスは頭から壁に叩きつけられ、破片が飛び散った。やや遅れて焔が上がる。


「お下がり下さいシェラミス様」

「そういう訳にも行くまいよ」


 シェラミスはむしろ前に出た。彼女自身は膂力に欠け、戦闘の心得もない一人の少女でしかない。ユーリルが意を決してそれに付き従った。


「あたしが行かねばならないんだ。ここで臆する訳にはいかない」

「あなたがそう仰るならば、御伴(おとも)(つかまつ)ります」


 ゴベリヌスの陣形に矢を射ち込んでマーベルも二人の後を追った。ゴベリヌスの陣形は左右の二つに分断されている。その間を縫うように三人は渡った。

 

 混戦の中からゴベリヌスを斬り払いながらエフェスとダーレルが姿を見せた。顔色一つ変えていないエフェスに対し、ダーレルの方が息が荒い。顔が汗でまみれていたし、鉄の棒も一本だけだった。

 

「行くぞ」

 

 短く告げるエフェスに、マーベルがドワーフたちはどうするのかと問いかけた時、メルチェルの声が聞こえた。

 

「ここはウチらに任せて先に行って! ダーレル! 名代としてしっかりするんだよ!」

「姉ちゃんも皆も怪我すンじゃねえぞ!」

「誰に物言っとるかね!」

 

 声を絞るように出したダーレルに応じ、メルチェルの土倭夫(ドワーフ)神拳がゴベリヌスの顎を下から撃ち抜いた。突き上げられた拳が物を言うかのようだった。

 

「死んだら殺すからな、ダーレル!」

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