5 尋問
微妙な空気の中で食事が終わった。他の面々が後片付けを行う頃、シェラミスはエフェス、メルチェルと共に別室へ向かった。
髭の大尉が食事を終えたところだった。拘束はしていない。鍵の入った部屋に入れられていた。あるのは二脚の椅子と一つのテーブルだけだった。まずメルチェルが向かい合うように座った。
「ウチの名前は知ってるね?」
「ドワーフ商工会の代表メルチェル・バーリルだな。ご馳走様と言っておこうか。ドワーフの料理と思えば、舌に合わぬまでもまあまあの食事だった」
「偉そうだねぇアンタって人は。どういう状況なのかわかっとる?」
「そなたらは虜囚として私を捕らえたのだろう」
メルチェルの言葉に対しても、大尉は傲慢な態度を崩すことなく言った。
「娘。生憎だが、私に質としての価値はないぞ。知ってることなどたかが知れている」
「アンタ、総帥の縁故だって自分で言ってたじゃないか」
「如何にもギャスレイ閣下の縁故ではあるが、妻の姉の子が閣下の甥の一人の婚約者になったに過ぎんのだ。閣下は私の顔など覚えてはおるまいよ」
立ったままのシェラミスが訊いた。
「本当に偉そうな口ぶりだけど……あなたに渡した金貨の袋はどうなったの?」
「部下たちに配った。給金の遅配が一部で起こっているのだ」
大尉の言葉に呆れを声ににじませメルチェルが言った。
「なんか、聞いてるとすっごいグダグダじゃない? そんな状況でよく政変なんか起こせるね? ギャスレイも若い頃は相当な切れ者だったって話なのに、どうして自分で舵を取るのを任されるとこうなっちまうのかね?」
「フン! 庶民には軍事も政事もわかるまい! ましてや麒麟児と謳われたギャスレイ閣下だぞ! ああ、所詮燕や雀に鴻鵠の大望は理解出来ぬ」
嘲笑混じりに大袈裟に嘆いてみせた大尉に鼻白み、メルチェルがシェラミスへ囁くように言った。
「……殴っちまった方が早くないか?」
「駄目。一度でも暴力的手段に訴えたら、相手は心を閉ざしてしまう。爪の間に針を差し込むなんてこと、あたしは出来るならやりたくない」
暴力的尋問は根本的な信頼性に欠ける、というのがシェラミスの持論だ。余りの苦痛に晒された場合、人はそこから逃れるために何でも言う。その中には真実もあれば嘘もある。その中から真実を見抜くのも尋問官の腕――などという使い古された文言は、それこそ信頼に値しない。
「俺からも質問がある。ガレイン・ザナシュのことだ」
エフェスが口を開いた。
「ガレインはどこに拘禁されている?」
「若造、救って何とする?」
「俺はガレインの弟弟子だ。恩がある」
「そのような男はクーヴィッツには多いな。彼は武術の指導教官だった」
「何故、ガレインは拘禁されることになったの? 巷に言われるように、ギャスレイ総帥との関係のもつれが原因?」
シェラミスが口を挟んだ。大尉は口元を歪めた。
「ガレイン・ザナシュは救国の英雄とまで言われた男だ。そんな男と肩を並べて闘い続ければ、嫉妬の一つや二つ抱きもするだろうさ。ましてや、優れた軍人としての自負があるならば」
「……でも、それが原因ではないと?」
「そうだ。――国土が覇国に侵されている今の状況下で、何の考えもなしに戦友を拘禁するほど、ギャスレイ閣下が愚かな訳がないだろう! ましてや処刑などありはせん!」
「あんたは余程ギャスレイ総帥に心酔しているな」
「それだけの男なのは違いない。ガレイン卿が共と認めた男なのだぞ?」
エフェスの言葉に、挑むように大尉が言う。少し間をおいて、
「あんたは総帥が覇国軍を引き入れていると言ったら信じるか」
「覇国軍を? あり得ん……」
言い差して、大尉は口元に手を当ててしばし考え込んだ。
「……ガレイン卿の居場所は心当たりはある。ラッセナ城の西塔だ」
「確かか」
「連行される場面をこの目で見た。無理に信じろとは言わんが」
西塔。後で地図を確認する必要があるだろう。
「それと、だ。議会に注意しろ。元はこの政変は軍部と議会の不和から起こったのだ」
「その不和の原因とは?」
「軍部と議会の不和など、この国では伝統的なものだよ。ただ――ここまで致命的なものになったのは、恐らく対覇国戦略の違いが原因だろう」
「……議会は和睦を結ぼうとしていた?」
「ほう、よくわかったな?」
「膠着状態の戦争で、歴史上でも戦争を継続したがるのは軍人で、和睦したがるのは概ね政治家の方だ」
メルチェルが椅子から立ち上がった。
「協力ありがとう。もうちょっとしたら解放したげるよ」
大尉は肩をすくめただけだった。
食堂に戻ると一行は茶で一服中だった。芳しいハーブティーを受け取りながら、シェラミスは大きな丸テーブルに座った。
「そう言えば議会は今どうなってるの?」
「すぐ議会は解散させられた。でもオーレグ――あのハーフリングのことね――の話だと、水面下で動いてる奴らがいるって話」
メルチェルの言葉に、シェラミスが推理を立てる。
「そいつらが覇国を引き入れた、ってことかな」
「アズレアと同じだな。愚かな真似をする」
エフェスが言った。祖国の名前に怪訝そうな顔をしたマーベルへ、シェラミスが説明した。
「要するに議会が覇国との和睦を独断で目論み、それを肯んじない軍部が政変を起こした、という流れらしい」
「そこへガレイン・ザナシュ卿が馬鹿なことはやめろと旧友である総帥ギャスレイを説得に行った。しかし拘禁された、ということでしょうか」
ビスケットをかじりながらランズロウが相槌を打つ。ちなみにドワーフたちはやることもなくなった以上と早々と雑魚寝をしていた。起きて話を聞いているのはメルチェルとダーレルくらいだ。
「何にせよ、ガレインに会えばわかる」
エフェスが言った。それは恐らく間違いのないことだろう。
「その一方で議会の情報も欲しいな。特に水面下で動いてるっていう連中のことが知りたい」
「オーレグが探ってるところだよ。彼はアルギウム北の山岳地帯で鍛えてきたんだ、腕は保証するよ」
ハーフリングは臆病だが、同時に注意深く、驚くほどすばしっこい種族である。これほど斥候に向いたものはいない。
「斥候と言えば、蛇の眼を感じます」
ユーリルが呟くように言った。蛇、即ち百蛇衆。覇国の斥候軍団。エフェスが鋭く視線を向けた。
「確かなんだな」
「はい。しかし監視だけで、襲撃の気配はありません。今のところは」
斥候であるユーリルがこの家から離れなかったのは、百蛇衆の目的を測っていたのだろう。襲撃の際に元百蛇衆でその手口を知る彼女がいるのといないのとでは、大違いだ。ダーレルが心配そうに身じろぎした。
「でもさ、お姉さん。百蛇衆っつうと覇国の刺客なんでしょ? 大丈夫なのかよ……」
テーブルの下で重い音が聞こえた。ダーレルの脛を隣に座るメルチェルが蹴飛ばしたのだ。
「あだッ!」
「ジタバタするんじゃないよダーレル。お客人が大丈夫言うたら大丈夫に決まっとろう。な、ユーリルさん?」
「はい。少なくとも、今日いっぱいは襲撃の気配はないと思われます」
「じゃお客人方、今日はやすみんしゃい! 長旅でお疲れよね?」
「風呂は!?」
「ないよ」
「あー……」
寝室に案内される前に、シェラミスはエフェスに釘を差した。
「エフェス、君も今日は休むんだ。ランズロウ、見張っといて」
「畏まりました、お嬢様」
「……承知した」
憮然と、エフェスが答えた。




