4 ドワーフ商工会
今回から18時予約に切り替えました。スランプ発動により投稿のペースが遅れるかも知れませんが、怒らないでください。
いくつもの家の角を曲がり、検問を躱し、ようやく一行がたどり着いたのはみすぼらしい一軒家である。
「商工会の隠れ家の一つさ」
ドアをメルチェルが指の関節で、早いテンポで三度ノックした。繰り返すこと四度目でドアが開いた。隙間から顔を覗かせたのはメルチェルよりも頭一つ背丈の低い男である。その体型はドワーフのように酒樽めいたものではなく、まるで子供のような身体の上に、体格相応と言っていい小さな中年男の顔が乗っていた。ハーフリングだ。
「お嬢、お疲れ様でやす。お客人共々お早く」
「意外に時間は食ったかな」
「スープや料理はすっかり冷めちまいやした」
「じゃあ温め直して。客人の分はあるんか?」
「ドワーフ二十人前用意してやす」
「十分十分」
室内は外観の印象を裏切らない、埃などの汚れが積もったあばら家と見えた。しかし地下室に通じる階段を降りると、かなりの広さの食堂になっていた。中央に当たる場所には歳古りた巨木の丸い年輪が刻まれた大きなテーブルがあり、そこにめいめいが腰掛けることになった。
大尉が別室に連れて行かれるのを見てユーリルが腰を浮かしかけたが、シェラミスが止めた。
「尋問は後で。食事が終わってからでいいでしょ、そういうのは」
ドワーフたちは既に席について完全にくつろいだ様子だった。それにメルチェルが釘を刺す。
「会議も兼ねるから酒はなしね」
「あボス、どうせ俺話聞いてないしいいッスよね?」
「俺も俺も!」
「オイラもだ!」
「却下! 拝聴しな! それに一滴でもアンタらに呑ませるとズルズル宴会になっちまうじゃないか!」
ドワーフ三人組をメルチェルが叱りつける。
「実を言えばさ、マーベル卿。あたし、彼らの区別が髪の色くらいでしかつかないんだ」
「わたしも……」
「僕もです」
シェラミスはエフェスの様子をちらと見た。表情からはわからないが、ドワーフの差異などやはり気にも止めてはいまい。
「皆さん、持ってきましたよっと」
ダーレルが厨房から大鍋を持ってきた。テーブルの中央に置かれた鍋の中身は雑穀の雑炊である。ダーレルが食堂を行ったり来たりして椀と料理の皿を並べ、ドワーフたちもそれを手伝う。大蒜の効いた肉料理に玉葱の酢漬け、キャベツとベーコンの炒め物、味の染みた茹で卵など、如何にもドワーフ好みに味の濃そうな品々である。
シェラミスは木のカップに注がれてゆく赤い液体を見た。メルチェルが止めもしないあたり、ドワーフには葡萄酒は酒のうちに入らないという噂は本当らしい。
「御苦労御苦労。それじゃ日々の糧をベヘモット神に感謝!」
メルチェルの祈りの言葉も短めに、食事が始まった。雑炊の椀を受け取ってから、シェラミスが言った。
「今更だが、ドワーフ商工会の面々には窮地を救って頂き感謝する。その上食事まで」
「ついでに寝床も供給するよ」
「この厚遇、理由はあるんだろう?」
「もうわかってると思うけど、ガレインの叔父貴を助け出して。ついでにギャスレイの野郎をぶっ倒すのも手伝って欲しい」
「報酬は?」
「もう約束はもらっとるよ。あんたの祖父様に」
「やっぱりか」
「あの鉄炮といい、妙なものばかり知っとるよね、魔術師って。でもこれで同業とは大きく差が付けられそうさね」
シェラミスはぎょっとした。祖父ヒエロニムスがこの件に関わっていることは気づいていたが、メルチェルの口ぶりから察するに、〈蝶の館〉が所有する最新技術のいくつかを譲渡したというのか。決して内心の動揺は表には出さないが、しかし冷たい脂汗が背中あたりに滲むのをシェラミスは感じた。
料理を口に運ぶ手を一旦休めて、マーベルが訊いた。
「メルチェルさん、あなたとダーレルさんは姉弟なの?」
「そうだよ。あと『さん』は要らないよマーベル。ウチら姉弟は人間の父ちゃんとドワーフの母ちゃんの間に生まれたんさ。父ちゃんは死んじまったけど母ちゃんは元気にやっとるよ」
大陸では亜人種――彼らの言葉で言うところの古代種――は数を減らしているというのは魔術師の間で常識になって久しい。
ただ、洞窟に籠もったゴブリンや西方の〈青の森林〉の神聖王国エレルファムから殆ど出てこないエルフらなどと異なり、ドワーフやハーフリングは人間との混淆を選んだ。彼らは中原では独自の集落を作ってまとまり、特にクーヴィッツでは「ドワーフ村」が多い。
「ダーレルはまだ十七だけどあんなに老け顔なのは、母ちゃんの血が出たんかねえ」
ダーレルと隣り合った席のランズロウが驚きの声を上げた。
「ええッ! まだ十七なのかい、君!? シェラミス様と同い年だぞ、君は!」
「ええ、まあ」
頭を掻きながらダーレルは答えた。葡萄酒で口を潤しながらマーベルが言った。
「シェラミス師、あなたわたしより年下だったの?」
「ン……まあ……」
シェラミスは年齢についてさほど興味がある方ではないが、このときばかりはちょっと気になった。
「ところでエフェス、君はどうなの?」
「そう言えば気になる!」
話を振られた本人は、いつも通りの鉄面皮で答えた。しかしどこか戸惑いの色もあった。
「……今年で二十だ」
何故か、女性陣がどよめいた。
「意外に若い」
「あら、ウチより若い」
「そんな歳なんだ……」
勿論ユーリルは影のようにひっそり食事を続けていたが。ランズロウが言った。
「僕より年下じゃないか、エフェス。少しは僕を敬い給え」
「何だこの流れは……」
渋面でカップを口に運ぶエフェスにドワーフが絡んでゆく。
「その若さで大した腕じゃのう!」
「ほんにドワーフ戦士と比べても遜色ない業前よ!」
「さ、呑め! じゃんじゃん呑め!」
「いや俺は」
「おうおう! ドワーフの酒が呑めぬとでも言うのか!」
「飲まぬ男は男とは呼べぬぞ!」
「さ、呑め! じゃんじゃん呑め!」
「お前ら呑むな呑ますなっつってンだろ!」
溢れんばかりに酒を注ぐドワーフらにメルチェルの一喝が飛ぶ。ドワーフたちもその程度で怯むような連中ではなく、主に男たちに絡んでいた。
「全くあいつらと来たら葡萄酒なんか出すんじゃなかったわ……うるさくてごめんなさいね」
「構わないさ。君が彼らの代表なんだよね?」
「三年前に先代のお父ちゃんが死んじゃったからね。どいつもこいつも脳味噌が酒びたりの筋肉で出来てやがるから、少しは算術の出来るウチが継ぐしかなかったんよ。……算術だけならダーレルの方が早くて正確なんだけどねぇ……」
童顔のハーフドワーフは溜息を吐いた。見た限りでは、ダーレルにドワーフの剛毅さや粗っぽさは無縁とも思われた。どこか神経質なところがあるのだ。
「ガレイン卿とはどんな関係なの?」
「お母ちゃんの妹の旦那さんなんよ」
「なるほど、だから叔父貴なのね」
マーベルが得心したように言う。
「そう。お父ちゃんの弟分でもあったから、職人たちも皆叔父貴って呼んでた。ウチの場合それが伝染っちゃった」
「……結婚していたのは聞いていたが、相手がドワーフというのは初耳だ」
ぼそりと呟くようにエフェスが言った。
「子供がいなかったから、叔母ちゃんや叔父貴には可愛がってもらったよ。だから、ギャスレイの野郎のやり方は気に食わない。あいつら、叔父貴を拘束した後ドワーフ商工会を無期活動停止にしやがった」
メルチェルが音が出るほど固く拳を握りしめた。
「姉ちゃん、それは」
「ダーレル、わかってるよ! これはあいつらの挑発だって! こっちの暴発を待ってンだ、奴らは! だけどこのままナメた真似をさせておけるか! 叔父貴の命もかかってるかも知れないんだよッ!」
食堂に沈黙が降りた。ドワーフたちも沈黙していた。少し間を置いて、メルチェルが言った。
「……手伝ってくれるね?」