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3 ラッセナ上陸

メルチェルの方言に関しては色々混じってますがクーヴィッツ系ドワーフ方言ということで勘弁してください。

 すぐ西の、つまり前方の軍船が動き出し、橋のように船首に引っかかっていた帆柱が根本から完全に折れて海に落ちた。それを潮に船団全体が動き、〈燕尾〉号の進路を開けた。


「この男め、完全に気絶しとるのう兄弟」

「ふん縛っとこうや兄弟」

火腿(ハム)のようにきつめに縛るのじゃぞ兄弟」


 足元に転がっている髭の大尉をドワーフらが縄で拘束するのを一瞥し、


「誰の計画なの、エフェス?」


 シェラミスは訊いた。この作戦をエフェス単身で考えられるとはどうしても思えない。


「あんたの従士だ――あの男、いい加減に見えて判断が確かだな」


 ある程度予想通りの答えだった。エフェス自身、癪ではあるもののそれを認めるに(やぶさ)かではない様子である。ランズロウがこちらに向けて得意げに親指を立てた。独断もいいところだが、結果的には一番手っ取り早かった。しかしやはり暴力が最良の解決法なのか。


 軍船の隙間を縫うように〈燕尾〉号が進む。その間にもドワーフが〈燕尾〉号で倒された水兵をふん縛っている。軍船が恨めしげにこちらを見送る様子に、シェラミスは心配になってきた。

 

「人質の価値は確かなの?」

「聞こえよがしに、奴は自分が男爵で総帥と縁続きであることを誇示していた」

「……一緒に沈められないのを祈るばかりだね」


 嫌いな上官を殺す機会を見計らっている軍人などどこにでもいるはずだ。

 

 しかし幸いにして今回の不安は当たらなかった。商船〈燕尾〉号がラッセナの波止場に止まる頃には夜になっていた。

 

 乗組員たちは準備通りに動き出した。シェラミスらやドワーフ商工会は人質の水兵をと共に脱出する。船は南の対岸へゆき、時機を見てテレタリエへ戻るという手筈である。

 

 ドワーフらが簀巻きめいて拘束した人質を担ぎ上げて下船してゆくのを見送りながら、メルチェルが訊いてきた。

 

「船の人らは大丈夫かえ?」

「ラッセナにある軍本部は辺境防備に手が回っていない状況だから、テレタリエまでは手が伸びないはずだよ」

「随分楽観的やねえ……」

「まあ、水軍があの為体(ていたらく)なら大丈夫だろう。うちの商会は本質としては魔術師ギルドだし、あの程度の連中に遅れは取るまいよ」


 船長と最後に言葉を交わした。


「船長、お気を付けて」

「それはこちらの台詞ですよ。どうも貴女は火中の栗を拾いに行きたがる節がある。ともかく、無茶はなさらずに」

「状況が切羽詰まらない限り、無茶をした覚えはないんですけどね」


 二人は苦笑を閃かせた。

 

「シェラミス師! お早く!」


 既に下船したマーベルが声を上げた。船団の連絡がラッセナに回っている可能性は十分ある。追手が既に迫りつつあってもおかしくはない。道も封鎖されているだろう。


「では、行こうか」

「行こう」


 魔術師一人、斥候一人、正規の女騎士一人、獣神騎士二人。ドワーフ商工会メンバー十一人の十六名が足早に出発した。


「止まれ! ここから先は封鎖している!」


 篝火を焚いた波止場出入口に、槍を持った衛兵たちの姿が検問の網を張っていた。数はざっと二十。

 

「どうせウチらはお尋ね者、やっちまってええよ!」

「というわけだ。ランズロウ、エフェス、暴れて来て!」

「心得ました!」

「承知」

 

 先行した獣神騎士二人の動きは迅速である。衛兵の間合へ一息に踏み込んだランズロウが、神槍〈鯨座(ケートス)の骨〉を揮って槍の螻蛄(けら)首を落とし、(ポール)を半ばで切断した。泡を食う衛兵を槍の柄が強かに殴りつけて気絶させる。

 

 束になって襲いかかる槍を物ともせず、エフェスは跳躍し、水兵から奪っていた剣を揮った。次々に切断されてゆく槍の一本を奪い、六尺棒のように使って衛兵を突き、払い、打ち倒す。


「行けやァ!」

『応ッ!!』


 更には、暴れ回るエフェスとランズロウに注意が行っているところをメルチェル率いるドワーフたちが襲う。この場にいた二十名の衛兵は間違いなく災難だろう。ただ職務に忠実であったというだけで、精強果敢なドワーフ戦士の群れと、大陸最強の獣神騎士たちに襲われる羽目になったのだから。

 

「……マーベル卿」

「あー、同情しそうになったんですね、シェラミス師。わかります」

「彼らを見てるとさ、あたし思うんだよ。知性の敗北を」

「そして暴力の勝利を、ですか。わかります」


 出る幕なしと攻撃に加わることのなかった二人が会話を交わしていると、すぐにメルチェルが交戦の終わりを告げた。

 

「撤収!」


 気絶した不幸な兵士たちをそのままにして(ついでに大尉以外の水兵も一緒だ)、一団は速やかに移動を再開する。シェラミスとマーベルも彼らに加わった。

 

 目下ラッセナは戒厳状態だ。憲兵や衛兵を相手取るならばまだしも、装備や調練の整った軍本隊、特に最精鋭とも言われる鉄牛騎士団などが出張られては今までのように無傷では済まぬだろう。


「メルチェル、今どこに向かってるの?」

「商工会の隠れ家さね。元々ウチらはガレインの叔父貴と懇意(ねんごろ)にしとって、ギャスレイ総帥はそれが気に食わなんだみたいさ」

「総帥と元騎士団長の対立か」

「まあ、そうなる」


 メルチェルが難しい顔をして、言葉尻を濁した言い方をした。


「あれ? ガレイン卿とギャスレイ総帥は戦友で義兄弟の契りを結んだ仲だって聞いてるけど?」


 ここでマーベルが口を挟んだ。このあたりの事情はシェラミスは話した覚えはないので、マーベル自身の持ち合わせる知識、それなりに知られた情報ということだ。


「……人の心変わりなんて、ようあるさね」


 心変わりの原因は、どうやらメルチェルにもわかっていないらしい。


「フン! どうせギャスレイの野郎がガレインの旦那を妬んだに違えねえ!」

「そうだ! ガレインの旦那はギャスレイの奴が持っていねえもんをいくつも持ってなすった!」

「それが腕っ節だ! 頭だ! 人望だ!」

「トムル、ソムル、オムル、うるさいよ」


 ドワーフ三人組が怒りの声を上げたのを、メルチェルがたしなめた。しかし内容への言及がないあたり、ドワーフたちの不平不満も決して頷けぬでもない、ということなのか。

 

 ガレインとギャスレイ、その感情のもつれが対立関係を生み、更には政変の起きた原因の一端かも知れない――そうシェラミスは漠然と考えた。

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