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2 メルチェル・バーリルと愉快なドワーフども

 一拍の間を置いて、シェラミスが応えた。


「……話が見えないんだが」


 メルチェルが童顔を傾げた。


「……あんた、聞いてないんか、ガレインの叔父貴の話?」

「いや、それは知っているんだが」

「クーデタの話も?」

「知ってる」

「ラッセナが戒厳状態なのも?」

「ああ」


 メルチェルが腕組し、天を仰ぐように首をそらした。


「うーん……じゃあクーデタをやろうとしてるのがガレインの叔父貴を拘禁してる総帥ギャスレイの方だって話も――」

「待て、それは初耳だぞ!」


 まさに寝耳に水の初情報に、シェラミスははっとした。ランズロウを押しのけて前に出た。腕組したままメルチェルが応じる。


「何や、知らんの? もうラッセナでは半ば公然たる秘密やがね――」


 商船全体が大きく揺れた。南側、左舷に強引に接舷してきた軍船があった。水兵たちがぞろぞろと乗り込んできた。

 

 マーベルが囁いた。

 

「シェラミス師、あの髭の大尉の唇を読んだけど――『魔術師と賊、両方捕まえろ』って指示出ししてる」

「――何?」


 正体が割れていたこと自体にショックはなかった。いずれ露見する情報だろうと思っていた。それがいささか早すぎる段階だったというだけのことだ。

 

 恐らくあの髭はこっちの正体を把握した上で芝居を打ったのだ。何食わぬ顔で荷物の検分を行ない、賄賂を受け取り、ラッセナに送り届け、状況を上の者に報告する。そういう役目を担っていたのだろう。

 

「君たちはドワーフ商工会と言った?」

「うん」


 メルチェルは右足を床と水平に上げ、左足を軸にして素早く一回転した。背後から来ていた兵士が三名まとめて吹っ飛んだ。少女の蹴りとは思えぬ威力だった。


「あいつらの計画をぶっ壊すついでに、あんたらを助けに来たんよ」


 その「あいつら」の具体的な呼称を訊きたかったが、水兵たちを薙ぎ倒しながら床を蹴立てて近づく足音がそれを阻んだ。


(あね)さん!」

「姐御!」

「姐貴!」

「ボス!」


 酒樽のような体型の男たちだった。メルチェルと同じ程度の短躯でそれに見合わぬほどに屈強な四肢を持っていた。いずれも濃密な髭面である。金属の武器ではなく、木槌や丸太を手にしていた。とは言え剛力で知られる彼らが揮えばそれだけで恐るべき武器になるだろうことは明らかだ。

 

「これがドワーフ商工会の面々かい、メルチェルさん?」

「そう。可愛い可愛いドワーフどもさね。あ、ウチのことは呼び捨てでええよ、シェラミス」


 メルチェルはにっこり笑うとすぐに表情を引き締め、指示を下してゆく。童顔ではあるが、見た目よりそこそこ歳は行っているのかも知れない。場数もかなり踏んでいるものとシェラミスは見た。

 

「ドーリ、ゴーリ、ゾーリはこの船の右舷に節減してる連中を食い止めて!! ドゥーン、グーン、ズーンは左舷の守り! トムル、ソムル、オムル! そんでデント、ゼント、ベントは!? 特にダーレル何やってんのさ!」


 声の大きさ、荒事に臨む態度、的確な指示、なるほど「姐さん」の呼称に相応しい堂々たる所作である。


 エフェスとランズロウが音もなく動いた。それぞれの拳が水兵たちの急所を打ち抜き、一撃で昏倒させる。


「で、シェラミス師、こいつら生かしておくのか」


 エフェスが尋ねる。彼ら獣神騎士の四肢は例え得物がなくとも、一般兵を制するに十分過ぎる武器なのだ。想像を絶する修練の賜物だと言う。


「あんまり派手にやりすぎるな。船から離れないように。本格的に事を構える訳にはいかない」

「承知」


 短くエフェスが答える。彼の攻撃はいつも通りに冷徹で鋭い。手足が鞭のように(しな)い、兵士たちは触れることなく倒れてゆく。


 ランズロウは槍で敵を打ち倒している。〈鯨座(ケートス)の骨〉は長さをある程度任意で変えることが出来る。ランズロウはそれをナイフのようにいつも隠し持っていた。


 北側の船、その右舷から爆音と火の手が上がった。〈燕尾〉号に向けた大砲の口にマーベルが火の矢を射込んだのだ。船倉から武器の入った箱を回収してきたらしい。エフェスが箱に目もくれる様子がないのは、鉄鞘の剣が非殺傷を目的に使うには余りにも向かないからだろう。


「へえ、全員大した腕だね」


 メルチェルが流石に目を丸くしていた。


「メルチェル、君はあたしたちが何者か知った上で来たんじゃなかったのか?」

「獣神騎士の戦力を過小評価してたのは認める。あんたは何が出来ンね、シェラミス?」

「あたしに出来ることなんてたかが知れてるよ」

「それ、ウチらが作ったのではないか?」


 シェラミスが杖のように持ってる鉄炮にメルチェルが眼をくれて言った。鉄炮には弾込めはしていない。どの道今の状況下ではあまり役には立たないだろう。

 

「君たちが作ったの?」

「そうだよ? 十分使えるもんに仕上がってるけど、ひょっとしてまだ射ってない? もったいなくない?」

 

 答えようとするより早く、点と点が結び合って線になる感覚があった。ドワーフ商工会に鉄炮の設計図を渡し造らせたのは祖父ヒエロニムス。ならば彼らに情報を流し、救出に走らせたのもヒエロニムスに違いあるまい!


 世界に冠たる魔術師機関〈蝶の館〉の長であり、知る者からは賢者とも渾名(あだな)されるヒエロニムス・フィファルデ。その読みの深さがどこまで及んでいるのか、今は孫であるシェラミスにも空恐ろしく感じられた。


「姉ちゃん!」


 長身というよりは大柄な男が駆け寄ってきた。六尺半(約百九十五センチメートル)は軽く越えていそうな、見上げるような大男だ。黒髪で瞳の色は若草色、顔立ちもいかつい中にメルチェルとの共通点を感じさせるものがあり、案外若そうだ。


「――(セイ)ッ!」


 メルチェルが正確にその鳩尾に拳を入れた。若者は息を呑んで数歩苦しげに足踏みし、踏みとどまった。


「痛ッてえ……何すんだよ……」

「どこ行ってた! ウチから離れるなっつっただろ!」

「ンなこと言ったってあんな状況で……」


 姉弟だな、と確信した。ある種の姉は弟に対して暴君のように振る舞うことがしばしばある。この二人はその好例だ。違うかも知れないが、少なくとも遠慮のない関係には違いない。

 

「……一番西側の船なんだけど、戦力分けてくんねえかな。もうちょっとで()とせそうなんだ」

「ダーレル、そういうことは早く言えっての!」


 弟と思しき巨漢を叱りつけながら、メルチェルはこちらを向いた。


「そいじゃシェラミス、また後で! 伝説の土倭夫(ドワーフ)神拳、とっくりと御覧じろ!」


 小柄な影が駆け出す。大柄な方は困惑したようにこちらへ頭を下げ、メルチェルを追って駆け出した。シェラミスは双眼鏡で覗いた。

 

 メルチェルは船から船へ跳躍する。その着地点にいた大柄な水兵の顔面に体重の乗ったメルチェルの飛び蹴りが炸裂した。身を翻して着地、床を踏みしめる震脚は盤石。間近の敵へ振り下ろされる拳は鉄槌であり、駆け出す体当たりは砲弾のようでもあった。そこにドワーフたちの支援が加われば、その進撃は四騎戦車(クアドリガ)さながらに敵を薙ぎ倒してゆく。その光景は今は亡き旧帝国の侵攻に最後まで抗ったというドワーフ戦士団の奮戦の再現であろうかとシェラミスにも思われた。


「強いもんですなぁ、流石ドワーフと言ったところですかな」

「ドワーフ戦士は退かず媚びず顧みず――精強で知られるクーヴィッツ軍の基礎となったところもありますからね」


 船長とランズロウが呑気に会話をしていた。もう自分たちに出番はないと決めてかかっているらしい。

 

 そう言えば、エフェスの姿がない。弓矢で敵を牽制していたマーベルがシェラミスの近くに来た。

 

「船が動いてますね」

 

 マーベルの指摘通り、規則正しく〈燕尾〉号を包囲していた陣形が露骨に崩れつつあった。今まで接舷していた船も離れつつある。すぐ西の船のマストが音立てて折れ、船尾方向――即ち〈燕尾〉号船首近くにその先端を向けて倒れた。

 

 それを伝ってドワーフたちが駆け戻ってくる。短い手足なのに驚くほどに駿足なのだ。メルチェルはあろうことかダーレルに肩車した状態だった。

 

()とした?」

「というか、陥ちた」


 シェラミスとメルチェルが短い会話を交わしている間に倒れたマストを蹴り、ドワーフよりなお速く疾走する影があった。影はもう一人を麦の入った麻袋めいて担ぐようにしていた。

 

 船が離れようとしている。影が跳躍し、〈燕尾〉号に降り立った。エフェスだ。彼は担いだ人物を床に投げ出した。

 

「人質だ」


 それは髭の大尉だった。単身、しかも素手で敵船の奥深くに乗り込み、人質までさらってきたのだ。呆れるほどの手並みという他は言葉がなかった。

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