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序章 ゴブリンの死

新章につき連載再開でござい。

 ゴブリンの死体だった。

 

 ゴブリンが死んでいた。大量に死んでいた。というか、狩られていた。クーヴィッツ北部のとある山奥にある洞窟だ。

 

 ゴブリンは亜人であるが、ウィロンデ大陸の人間にはそれ以前に害獣としての認識が強い。独自の言語を持ち、同一の血族と集落を結び、記号の意味すら理解する。知性は高いが一方で警戒心も強く、同族以外の存在――ゴブリンにも、それ以外の人種亜人種にも――激しい敵意を向ける傾向がある。話など通用しない。そもそも平和的解決という概念はゴブリンにはないからだ。

 

 白虎平原のホブゴブリンは中でも恐れられる存在だった。親たちは悪童たちに「良い子にしてないと悪侏儒(ホブゴブリン)がさらいに来るよ」と脅しつけた。実際に女子供や家畜がさらわれる事案は昔からあったのだ。

 

 そんなゴブリンだったから、町や村などの集落付近で巣が発見され次第警戒されたし、根こそぎに狩り出すために男たちを動員したり、人を雇う場合もある。


 ヴァリウスにもゴブリン狩りの経験はあった。当初は王虎拳の免許をまだ得ていなかったため、六尺棒を使った。なるべく一撃で、楽に殺せ――とは兄弟子も言っていた。別に慈悲でのことではない。速やかに殺せなかった手負いゴブリンの悪あがきが恐ろしいからだ。その忠告の正しさは当の兄弟子自身が数刻後に実証してみせた。腹を刺したゴブリンの息の根を止めぬまま放置し、背中から首をばっさりやられたのだ。切れ味の鈍った錆だらけのナイフで。


 今は棒を持ってきていなかった。ゴブリン退治が目的ではなかったからである。宿を求めた村で脱走した羊を追っていたら、ゴブリンが巣穴とする洞窟を見つけたのだ。それだけならまだしも、様子がおかしかった。ゴブリン以外の者が多数入り込んでいる気配がしたのである。

 

 ヴァリウスは身を潜めて様子を伺うことにした。なんと、それは覇国兵だった。

 

「奴らめ……やはりか」


 中原に恐れられる、ガウデリス覇国の擁する超常魔性の戦士(つわもの)、幻魔兵――その素材である魔石〈幻魔晶〉は魔物を素材として創られている。そして幻魔兵でも最も多い〈ゴベリヌス〉は、ゴブリンが素材だった。

 

 気づかれぬようにヴァリウスは入口へ出た。そこで彼は呟く。

 

「装甲」


 獣神甲冑〈嵐白虎(アク・バルス)〉を鎧ったヴァリウスは、目にも留まらぬ疾さで拳を連続して洞窟の上部岩盤に叩き込んだ。突き抜ける振動が振動を呼び、不安定な構造である岩盤を容赦なく揺さぶる。洞窟の奥から崩落音が続き、それは徐々に大きくなる。

 ゴブリンが一匹と覇国兵が一人、泡を食ったように抜け出してきた。それが脇を抜けようとするより早く、ヴァリウスの拳が次々と頭部を粉砕する。彼は覇国兵にもゴブリンにも被害者面をさせるつもりはなかった。やがて洞窟全体の鳴動がやみ、それが崩落が終わったことを暗に告げていた。

 

 ヴァリウスは装甲を解除した。別の覇国軍と鉢合わせする可能性はまずない。何故ならば、先に叩いておいたからだ。舗装されていない山の道々には、急所を潰されたゴブリンと覇国兵が仲良く雑魚寝している。勿論幻魔兵もいたが、それらはもれなく黒紫の焔を上げて消え果てた。

 

 道を戻ると、不可思議な機械があった。その形状は歯車付きの釜かさもなくば新手の拷問器具か何かと言った具合で、ちょうど生き物の生き血を搾り取って濾し取るのに向いた絡繰(ギミック)を持っていそうな感じがあった。これでゴブリンを「処理」するのだと、ヴァリウスは知っていた。

 

 長きに渡る使用のために異臭のすっかり染み付いたその器具を検分する者がいた。癖のない真っ直ぐな夜空の色の髪に白銀の眼、深緑のローブの美女である。

 

「用途はともかく、よく出来てるわね、これ。そうは思わない、ヴァリウス・ガウ?」


 ヴァリウスの方を見て美女が笑った。

 

「……どこかで俺はあなたと会ったことがあるのかな?」


 これほどの美女を見忘れるはずがなかった。ヴァリウスとて決して木石に手足の生えた身ではないのだ。ゆったりとしたローブに包まれた肢体はさぞや魅惑的な線を描いているだろう。真面目くさった顔でそんなことを考えながら記憶を探ったが、どうしても思い出せなかった。

 

「直接ではないけれど縁はあるわ。エアンナ・ニンスンよ」

「――〈龍の巫女〉エアンナか、あなたが」


 その名前でヴァリウスの「異心」は雲散霧消した。多くの逸話を持つ伝説の魔術師。彼は深く頭を下げた。

 

「獣神甲冑〈嵐白虎(アク・バルス)〉の件ではあなたに助力を戴き、無事鍛造し上げることが叶った。〈風疵洞〉の魔術師一同に代わり、篤く御礼申し上げる」

「そんな堅苦しい挨拶は要らないわ」

「俺の気が済まぬ。最早彼らは生きてはいないのだし」

「知ってるわ」


 事も無げにエアンナは言った。

 

「白虎平原に古来から存在した魔術師ギルド〈風疵洞〉の面々は覇王肝煎りの新興ギルド〈望星楼〉や〈百蛇衆〉によって狩り出され、族滅の憂き目にあったと」


 ヴァリウスは黙っていた。言うべき言葉もなかったのと、この「魔女」の言葉の先を知りたかったからだ。


「でもね、ヴァリウス・ガウ。彼らがあなたのために〈嵐白虎(アク・バルス)〉を新造したのは、その覚悟あってのこと。礼なんて要らないわ。あなたがすべきなのは第一に、闘って生き延びること。それが彼らへの一番の供養よ。いいわね?」

「……心しよう」


 ヴァリウスは頷いた。

 

「闘って生き延びる――自分で言ったけれど、とても難しいことね……断じて闘うために生き延びるのではない……彼もそれを理解していればいいのだけれど……」


 エアンナは憂いを銀の瞳に湛えて呟くように言った。それはあたかも愛する者への切なる願いであるように、ヴァリウスには聞こえた。

 

「一つ、頼まれてくれるかしら、王虎騎士ヴァリウス?」


 真摯そのものの眼で、エアンナがヴァリウスの黒瑪瑙(オニキス)の眼を見つめてきた。

 

「俺に出来るなら何なりと」

「御礼はするわ。――クーヴィッツの首都ラッセナに危機が迫りつつある。そのために、あなたの力が必要なの。いえ、あなただけではない、獣神騎士たちの力が」


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