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13 感謝

「生きてる者がいないか確認して。樹の破壊はその後。……現場検証? したいが瘴土にされるよりはマシだ」


 ランズロウとの通信を一旦打ち切って、シェラミスは確かめた。


「全員生きてる? レオ、確かめられる――」


 不意に眼前に鬼蜘蛛が現れた。子供たちの悲鳴。


「皆耳塞いで!」


 シェラミスは金属の杖の石突に当たる部分をそいつに向けた。杖が破裂音と共に火を吹き、発射された鉛玉が鬼蜘蛛の頭部に風穴を開ける。肉体を衝撃が突き抜け、倒れ伏した。

 

「シェラミスさん……何それ……?」

鉄炮(エスピンガルダ)……設計図が手に入ったのを、こっちのドワーフにちょっと造ってもらったのさ」


 平静を装ってもシェラミスの心臓の速度が落ち着かない。自分で撃つのは初めてだった。

 

 出掛けに商会の者から、ちょうど仕上がっていた鉄炮を手渡されたのだった。設計図だけで実物のないこれをドワーフに発注し造らせたのが誰なのか、言及はなかったがシェラミスにはわかっていた。


「ヒエロニムス祖父(じい)様……(しゃく)(さわ)るがありがとうよ……」


 彼女は銃身を見た。傍目には装飾の風変わりな杖と見えるだろう。それが世界最先端の武器であろうとは、誰も想像もしない訳だ。改良の余地はいくらでもあるが――幻魔兵の外殻甲冑を貫通出来る威力ならばひとまずは十分だ。


 シェラミスは通信珠でマーベルに声をかけた。ユーリルのことを今更思い出しながら。


「マーベル卿、そちらはどうだ?」

『百蛇衆は撃退、ユーリルさんは無事です。あー、領主の身柄は確保しましたが、ちょっと込み入ったことに……』


 また面倒臭いことになりそうだ、と思った。ランズロウのことも、少しだけ忘れてしまっていた。


 × × × × × ×


 ランズロウは水の刃を出現させ、全ての魔殖樹(ジェネレーター)に打ち込んだ。

 炸裂させる前に、根方を確認した。一人、生きていた。大分弱ってはいるが、確かに生きていた。


「生存者、一人確認しました。赤系統の髪の女の子です」

『それがミルカだね。他は……いないか。彼女が最後だったらしいから』

「いませんね、残念ながら」


 彼女が生き延びたのは、魔殖樹の養分になって日が浅かったこと、そして彼女自身の生命力のためだろう。強い子だ。


 槍で少女の周囲の魔殖樹をえぐり、彼女の身体を引っ張り出した。少女が目を開け、何かを言った。驚く力もないのだろう。

 

「レオは無事だよ。君も頑張ったね、ミルカ」


 彼女は安堵の表情を見せた。その眼から涙がこぼれた。

 

 ミルカの身体を鎧の騎士が抱き上げる。ランズロウは出口の扉を強引に蹴り開けた。地下の暗渠に出ると扉が自重で閉じてゆく。そのタイミングで彼は樹の内部で水を炸裂させた。確認するまでもなく、再生不可能なほど粉々になったはずだ。


 階段に差し掛かるところで気配を感じた。床、壁、天井を這うのは鬼蜘蛛である。撃ち損じがあったか。


「おいおい、こっちは手が塞がってるんだぞ」


 ランズロウは軽口めいて言った。無論蜘蛛共に返答など望んではいない。

 

 問題は位置取りだ。三体はこちらを包囲する場所にいる。鬼蜘蛛は毒を吐き、しかも抱えているミルカは大分弱っている。

 

 大技の大盤振る舞いも響いていた。内的魔力(オド)が底を突いたも同然で、三体を一撃で確実に屠るような技は使えない。


 凄まじい打突破砕音が地下道に響いた。鬼蜘蛛の一体が壁に叩きつけられ、殆ど平べったくなっていた。屍体は黒紫の色をした幻魔焔を上げて燃え上がった。

 

 獣神甲冑の機能で拡張された視力が鉄鞘を振り上げて鬼蜘蛛に躍りかかるエフェス・ドレイクの姿を捉えていた。鬼蜘蛛が糸玉を吐きかけた。エフェスは鉄鞘で絡め取りながら、その胴体と頭部を真っ向から叩き潰した。

 

 天井に張り付いた鬼蜘蛛が兄弟たちを見捨て逃げ出すのを、ランズロウは見ていた。彼は水で綱を編み上げ、槍を投じた。穂先がその身体を斜めに切断し、その屍体は水の流れの中に落ちていった。


 得物を背中に収めながら、エフェスが近寄ってきた。

 

「助けに来てやったぞ、ランズロウ・キリアン」

「気づいたかい」


 ランズロウは〈星鯨〉の甲冑を解除した。


「そんな槍をぶら下げていればすぐにわかる。――大技を行使したな? 反動はどうだ」


 二人は出口の方へ肩を並べて歩き出す。獣神騎士のことは獣神騎士がよく知る。実際ランズロウは胸のむかつきがひどかった。しかし彼は逆に訊き返した。


「そういう君も結構無理をしてるようだね?」

「何のことだ」

「君よりはマシだってことだよ、エフェス・ドレイク」


 本人はおくびにも出さないが、下の肋骨が二本折れている。その他少なからずその身に刻まれた傷跡は、かなりの強敵との交戦の証拠だろう。しかしランズロウは何も言わないことにした。強がりたい奴には強がらせておけばいい。


「感謝する」

「……え?」

「ミルカは知っている娘だ。助けてくれたことには感謝する」


 こいつは素直じゃない、と思いながら、二人は階段を登った。

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