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8 打撃、打突、打撲、打擲

「ここです、ここから暗渠へ入りました」


 裏路地にある廃墟、その一つをレオが指差した。外側に倒れた朽ちた木の扉はレオがこじ開けたものと見受けられる。蝶番(ちょうつがい)も朽ち果てていた。


 右手に金属製の杖を、左手にカンテラを持ったシェラミスが室内を照らす。やはり朽ちた家具しか置いていない。分厚く埃の積もった床に新しい足跡があった。レオの靴だ。

 

「裏庭があるんです」

 

 レオが嵌っていない窓から出た。シェラミスもそれに続く。ランズロウは同じ壁面にある扉を乱暴に蹴破って外に出た。

 

 四方を壁に囲まれた裏庭である。カンテラで照らすと、植え込みの中に地下へ続く階段があった。


「こうやって見ると、随分雑ですね」

「でもここに暗渠への入口があるとは誰も思わないだろうね……あ、レオ、待てって! ランズロウ、止めて!」

「承知」


 シェラミスとランズロウの主従が言い交わしている間にレオが先行した。短く答えてランズロウが階段を駆け下りてゆく。

 

 レオが足を止めた。前方に人相の悪い男が二人。鉢合わせしたのだ。

 

「逃げ出したガキっていうのはてめえかよ?」

「お仕置きをくれてやんにゃなるめえ!」


 下卑た笑い声を漏らす破落戸(ゴロツキ)の頬桁に石突が叩き込まれた。昏倒する相棒を見捨て踵を返して遁走しようとした男の肩を、ランズロウが一丈の距離を詰めて掴む。

 

「子供たちはどこかな?」

「し、知るもんか」

 

 ランズロウの槍の穂先が一閃した。男の右の耳朶(じだ)が暗渠の水に、血の線を引きながら落ちていった。ランズロウは優男らしい笑みを浮かべ、それが却って酷薄そうな印象を見る者に与えた。

 

「次は左かな? それとも鼻?」

「……集合住宅だ。上の階、それ以外は知らねえ」


 失禁しながら男は答えた。ランズロウはにこやかに言った。


「ご協力ありがとう」


 男の鳩尾(みぞおち)に一撃を入れ、そのまま気絶させた。

 

「当たりのようだね」


 シェラミスが遅れてやってきて、しょげた顔のレオの蟀谷(こめかみ)のあたりを平手で挟んで目と目が合うようにした。

 

「レオ、心配する君の気持ちはわかる。だが勝手な行動はやめるんだ。でなければすぐに帰ってもらう。いいね?」

「……はい。すみませんでした」

「わかればよろしい」


 シェラミスが前のめりに倒れた男へ特に目にもくれず、踏み越えて前に歩いていく。レオもそれに倣った。先を進む二人に、溜息めいた呼吸でランズロウが続く。


 水を踏む足音が響く。歩きながらカンテラで暗渠図を確認し、


「あたしたちがクーヴィッツまで来た理由はいくつかある。その一つが、ヘブリッドでも頻発していた誘拐事件なのさ」


 シェラミスがレオにのみ聞こえるような小声で言った。


「ランズロウの身内もやられてる。彼もまた、裏路地で生きた孤児なんだよ」

「その当たりにしてもらえますかね、シェラミス様」


 早足でやってきたランズロウがシェラミスのすぐ後ろにまで来て言った。


「おや、聞こえていたかな」

「今はそのことについてはあまり考えたくないんですよ。ほら、言うじゃないですか。戦場ではシリアスな奴から死ぬって」

「君が迷信(ジンクス)を信じるタチとは知らなんだ」

「小さな兎のように臆病なんですよ、僕は。だから――」

「着きました」


 レオが言った。上り階段の出入り口に木の格子が嵌っている。あるかなきかの灯りが点るだけだ。ランズロウが先頭になり、思い切って開けた。


「……む」

「ランズロウ、どうしたの」

「パーティーの真っ最中です。裸の」

「知ったことか!」


 小声でシェラミスが吐き捨てた。ランズロウを押しのけるようにして外へ出た。

 

 薄暗い倉庫である。恐らくは私娼とその客であろう男女が木箱に座ったまま、驚きの余り抱き合ったままの姿勢で硬直している。一顧だにせずシェラミスは倉庫から出た。レオも若干顔を赤らめながらそれに続いた。

 

「さ、どうぞお構いなく」


 にこやかに微笑を振り撒いてランズロウが最後尾につく。

 

 集合住宅の通路は思ったよりは広い。絡み合う男女、うつむいたまま地べたに座って意味も成さぬ言葉を呟き続ける者、談笑する若い違法薬物売り。片目の潰れた用心棒がルール違反を犯した客を棒で叩く。ここが件の集合住宅に間違いない。


 その中にあっても勿論シェラミス一行は目立っている。彼女の歩みは大股で堂々としていた。潜入中とは思えぬほどである。

 

「身を隠さないでいいんですか……?」


 流石にレオも心配になってきたようだ。ランズロウが呑気とも思える口調で言った。


「ま、何とかなるよ」


 言っている傍からランズロウの肩が男とぶつかった。相手が何か言ってくる素振りがあったが、躊躇いなくランズロウはその鳩尾(みぞおち)を拳で突いて沈黙させた。

 

「ほらね」


 崩れ落ちた男を足蹴で隅に寄せるランズロウを見て、レオはもう何も言わないことにした。元より常人が束になってかかっても敵わないような青年なのだ。


 やがて受付に出る。店番の男が二人。昨日の客筋が悪かっただの、飯が不味いだの、暇を持て余してくだらない話ばかりしている。ランズロウが歩み出る。ちょうどあった物置のための空間に、レオはシェラミスに引きずり込まれた。

 

「あいつに何か考えがあるらしい。ここで見ていよう」

 

 金髪の青年が如何にも気安く男たちに話しかけた。


「やあ、店主はいるかい?」

「あぁ?」


 男の一人の鼻面に拳が叩きつけられた。うずくまる男に、もう一人の方が顔を引き攣らせ、ランズロウを見やった。


「な、何しやがる!?」

「教育がなっていないようだね、君たち。下っ端の口の聞き方がなってないよ!」 


 すかさずランズロウの手がカウンター越しに男の首を締め上げた。異変を嗅ぎつけ、受付近くの部屋から複数の男たちが現れる。


「こ、この野郎ッ!」

「そこの! 手を離しな!」

「何の用だ! どこの組の者だてめえッ!?」

「殴り込みだよ」


 言うなり、ランズロウはその身体を男たちへ放り投げた。それが乱闘の合図だった。


 打撃、打突、打撲、打擲(ちょうちゃく)。ランズロウは優雅に舞うが如く男たちをあしらい、打ち据えてゆく。その様子を見てレオはしばし唖然とし、シェラミスは白い眉間に指をやって軽く首を振った。

 

「……いいんですか?」

「良くない……あたしのプランが台無しだ」


 シェラミスが左耳に指を触れた。通信珠(トランシーヴァ)のピアスである。シェラミスは鋭く舌打ちした。


「……今のうちに子供たちを探せってさ。全くもう、あの馬鹿!」


 短く激しく小さく悪態をつくシェラミスに、初めてレオは親しみを覚えた。今まで偉そうとしか思えなかったこの魔術師もまた十代の少女なのだ、とようやく実感した。同時に緊張がほぐれていった。


「行きましょう、シェラミスさん。ランズロウさんなら何とかしてくれます」

「フン、彼ならまず心配あるまい……あとは我らが何とかする番だね」


 二人はその場を去った。自分たちの役割を果たさねばならなかった。

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