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4 城塞交易都市テレタリエ

「地図ならある」


 エフェスは強がるように懐から羊皮紙を取り出した。拡げてみせたそれをシェラミスが手に取り、ざっと目を通す。

 

「あ、早速間違い発見」

「何?」

「ここのベヘモット神殿、ほら、集合住宅になってる」


 地図とちょうど差し掛かった大通りの一画を指差す。エフェスは数度確かめ、


「……うむ」


 ようやく間違いを受け入れた。シェラミスはまだエフェスの地図を見ていた。

 

「何だって、三十年前の地図じゃないか。エフェス、これ貰ってもいい? これはこれで史料としての価値がある」

「……欲しければやる」

「それじゃ、ありがたく」


 にんまり笑って少女は地図を折り畳んだ。エフェスにとっては最早無用の長物である。


「でもさ、これはこれで魔殖樹(ジェネレーター)の場所を割り出すのに使えなくもないよ」

「本当か?」

「どうやるの?」


 エフェスとマーベルが反応した。


「それは後のお楽しみ。さて、まずは気の進まぬことを済ませてしまおう。……何時間かかるかなぁ。ああ、腹が空いた」


 シェラミスの思案とは裏腹に、領主との面会はすぐ終わった。市の中心部近い領主邸、その門前で「ヘブリッド商人の令嬢シェーラとその一行」に対するお褒めの言葉を(あずか)り、いくばくかの報奨金を貰って、それでお開きである。


「呼びつけた割にはすぐに終わったわね」

「社交辞令って感じだったな。領主殿の顔色も優れなかったし。ま、そっちの方が気が楽だ」


 マーベルとシェラミスの会話が聞こえた。御者にして従者のユーリルは寡黙で、余計な口は利かない性質と見える。


 対面の間、エフェスはずっと物陰で街の方を観ていた。テレタリエの領主は商人が断絶した貴族位を金銭で買ったという、言わば成り上がりである。さほどの興味も涌かなかった。


「行きますよ、エフェス」


 マーベルが声をかけてきた。馬車が動き出し、エフェスも並んで歩く。


「それにしても……流石に疲れた。食事と、お風呂に入りたい」


 自分の首と肩をほぐしながらシェラミスがぼやいた。マーベルが懸念を尋ねた。

 

「宿は大丈夫なの?」

「〈蝶の館(ウチ)〉の出先としてヘブリッドの商館があるから、そこに泊まることになるね。部屋は十分空いてるはずだよ」


 白い石造りの家々。活気ある人々。煉瓦で舗装された道。通りには店が軒を連ね、種類豊かな料理が芳しい匂いを漂わせる。造成に魔術師が関わっていたという話もあり、レキセン川とつながった上下水道が完備され、テレタリエ市は概ね清潔と言ってよかった。


 エフェスはひっそりと溜息を吐いた。


 人が多すぎるのは今も慣れない。故郷は人里離れた龍脊(りゅうせき)山脈の頂上近い龍巣村、百人弱の人口しかいない村であったのだ。

 

 龍脊山脈炎上以降は中原を転々としたが、育った場所はいずれも喧騒とは無縁の(ひな)だった。あの静けさを懐かしいと思わないと言えば、嘘になる。


 唐突に、裏道から人影が転がるように現れた。小柄な影、少年である。シェラミスの馬車の前だった。彼は脚をもつれさせ横転しながら、それでも馬車の蹄から逃れた。

 

「ユーリル、止めて!」


 シェラミスが馬車を止めさせ、幌から降りた。煉瓦の道に、少年が残した血の跡があった。

 

「手間かけさせやがって!」

 

 同じく裏道から現れた男が四人、尻餅をついた少年を睨みつけた。いずれも四肢は屈強で顔は凶相、荒事に慣れた気配を放っていた。

 

「彼は怪我をしているな」

 

 シェラミスは少年と男たちの間に割って入った。いざという場合のためにエフェスとランズロウが後ろに控えている。いつでも出る構えだ。通りの人々が足を止め、周囲を遠巻きにして見ている。


「そいつはウチの徒弟だ。店の金を盗んでバックれやがろうとしたんで、ちと説教をしただけだ」

「暴力による説教か」


 エフェスは少年の方を見た。顔に残る青痣は殴打の痕だろう。鋭利な刃物で裂かれたシャツ、それを黒く染め上げる血。


「金子を盗んだにしてはちとやりすぎだな」

「僕は何も盗んでいないぞ!」


 少年は眼に怒りを燃やして大声を上げた。彼はちっとも四人の男を恐れてなどいないようだった。


「盗人は皆そう言うんだよ! 小僧、大人しく戻ってこい!」

「この街にはいられなくなると思えよ!」


 エフェスは僅かに眉をひそめた。男たちの様子が奇妙だったからだ。戦士としての優れた嗅覚が嗅ぎ分ける違和感だった。


「芝居をしている感じがするな。周囲に見せるための芝居だ」


 シェラミスが呟くように言った。エフェスが覚えた違和感を適切に言葉にしてみせるとそうなるのだろう。彼女は続けた。


 少年は悔しげに唇を噛み、しかし男たちを睨みつけて少しも目を離さない。何も言い返せないのではなく、何も出来ない自分への怒りなのか。


「ランズロウ、一人捕えろ。興味が出てきた」

「ええ……?」


 シェラミスの指示にランズロウが難色を示す。が、言葉とは裏腹に、その脚は前に出ていた。


「仕方ないなぁ。レディ・シェラミスの仰せとあらば」


 優雅に苦笑しながら、ランズロウは槍の石突を跳ね上げた。男の一人の顎を痛打し、即座に意識が刈り取られる。男の一人がわめいた。

 

「――何だお前は!?」

「ただの槍使いさ」


 裏拳が一人の蟀谷(こめかみ)を痛打する。爪先が水月(みぞおち)にめり込む。無造作だが効率的。それでいて十分手加減はしていた。神速で得物を揮う達人は無手でも人体を破壊しうるのだ。

 

「て、てめえらッ! こうなったらただじゃおかねえぞ!」


 二人同時に崩れ落ちるのを見て、残る一人が大ぶりのナイフを抜いた。観衆から甲高く悲鳴にも似た声が上がった。

 

 即座にその手を潰したのはエフェスの蹴りである。


「寺子屋で教わらなかったか? 刃物を抜いたら自分か相手、どちらかが死ぬものと思え、と」

「含蓄のある言葉だ」


 ランズロウが茶化すように言う。通常では曲がらぬ方向に曲がった男の指から、ナイフが滑り落ちた。

 とどめと言わんばかりにランズロウがその脚を槍の柄で払い、男は煉瓦に頭を打ち付けて昏倒した。

 

「どいつにします、シェラミス様?」

「そいつでいいや。――あ、よくなかった。ランズロウ、お願い」


 衛兵たちがやってきたのだ。彼らに顔の利くランズロウが仕方ないという顔で相手をする。


 次にシェラミスが目をつけたのは少年だった。


「おいで、少年。何、話を聞かせてもらいたいのさ。お礼はするよ」

「してもらえるんですね」


 少年は立ち上がり、気丈にもシェラミスをまっすぐに見据えた。シェラミスはおや、という表情になった。それほど強い眼だった。


「僕の名前はレオナルド……レオって呼ばれています。……皆さんにお願いします。僕たちを助けて下さい」


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