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幕間 ミルカ・ダーナの冒険

 エフェスは日の出る前に発ったとヴァリウス師匠は言った。ミルカの眼にうっすらと浮いた隈を見て、


「見てたんだろ、お前」

「……嵐が凄くってさ、眠れなくって」


 あるいは女の勘というヤツだろうか。旅疲れでぐっすりと眠れるはずの身体は頭とともに高揚し、暇を持て余したミルカは窓を少し開けて、外の様子を見渡した。


 闇夜に踊る鉄鞘と鉄拳、そして黒紫の焔。ミルカは殆ど呆然とその様子を見つめた。


 幻魔兵によって、デーナ村の人々も犠牲になった。その場面を間近でも見ている。文字通り人の姿をした獣じみた軍勢を、なんと師匠とエフェスは二人だけで片付けてのけたのだ。


「ねえ師匠、あの鎧」

「内緒だぞ」


 いつものように太い笑みを浮かべた師匠は、それでミルカの質問を封じたつもりのようだった。ずるいと思ったが、いつの日か聞き出してやるという思いはしっかり持っていた。


 首都ラッセナの手前で、師匠とは別れた。両親は何度も礼を言って過分の報酬を手渡そうとしたが、師匠は固辞した。

 

「また逢えるかな、師匠?」

「縁があればな」


 闘いにゆくのだ、と思った。ヴァリウスという人はあの黒ずくめの剣士エフェスと同じく、本来戦場を渡る運命にある人なのだ。自分たち親子が彼に助けられたのはめぐり合わせで、それこそが縁という概念なのだろう。漠然と、ミルカはそう思った。


「……凄いねえ、父さん」

「……ああ」


 辺境育ちの親子からしてみれば、一度だけ行ったことのあるロイデンの都ハラディも大都会だった。しかしラッセナはクーヴィッツの都で、中原でも有数の大都市である。ミルカは両親と共に、ロイデンという国の小ささを思い知ったのだった。

 

 ごった返す人並みに体力を奪われながら、一家はようよう事前に手渡された地図の場所を見つけた。ノーナン商会、つまり一家の長女リニの嫁ぎ先である。

 

「此度は大変でありましたな、ソーヤーさん」

「一命あっての物種です。それに、私らはあらゆる面で運が良かったのですよ」


 婿殿、つまりミルカからすれば義兄であるサッシュの実家はそれなりの規模の商家で、存命の当主即ちサッシュの実父も生活基盤もないままに引っ越しを余儀なくされた一家に同情し、助力を申し出てくれた。しかし縁戚関係とは言えどもこれ以上の貸し借りを作るのを良しとせず、伝手を使って古い一軒家を借り、その上で生計を立てることにしたのだった。

 

 十日経った。父は工事現場の人足として、母はちょっとした食堂で働いていた。

 

 ミルカと言えば、父母が留守の間は姉夫婦の屋敷に預けられていた。当初はまだ喃語(なんご)の抜けない甥と姪の相手でもさせるつもりだろうかと思っていたけれど、甘かった。待っていたのは家庭教師による勉強である。

 

 当年取って十一歳の田舎娘のミルカも、すぐ両親たちの思惑をすぐ理解した。恐ろしいことに、このいたいけな娘を寄ってたかって淑女に仕立て上げ、上流階級に送り出そうというのだ。権謀術数渦巻く上流階級へ!

 

 ……彼女の故郷であるデーナ村は識字率が高く、ミルカの母は主に貴族のロマンスを描いた草紙本を読むのが趣味だった。ミルカの上流階級への偏見がここで培われたことは言うまでもあるまい。

 

 中原をガウデリス覇国が席巻しつつあるというのに、呑気なことを――というのは、無論ミルカの理論武装である。第一の本音は、そんな面倒臭いことはやはりやりたくないのだ。

 

 デーナ村の日々は楽ではなかったが、勉強を強要されることはなかった。最低限大陸公用語の読み書きが出来ればそれで事足りたのだ。上流階級はそうは行かない。社交界では見た目の美しさは無論だが、学識や機転は時に美貌以上の武器となる。これもまた草紙本からの知識だった。

 

 ミルカも年頃の娘だ。綺麗な服や金銀宝石で着飾った姫君や令嬢に憧れたこともある。けれども姫君になるために家庭教師たちによって課される授業は、退屈で苦痛で仕方なかった。

 

「そうよね……水鳥って優雅に泳いでるように見えて、実は水面の下では必死で水掻きしてるっていうもんね……」

 

 授業と授業を挟んだ小休止の時間に、ミルカは嘆息した。草紙本の姫君や令嬢たちも、このような退屈で苦痛な授業の日々を過ごしてきたのだろうか。だとすれば大変な忍耐力の持ち主だ。それだけで主人公に意地悪をする派手な巻毛の令嬢すら、この上なく立派な人物のように思えてきた。

 

 それでも半月ほど付き合った。ミルカの忍耐は限界に達した。

 

 結果。

 

「……何でこんなところに?」

 

 彼女は狭く暗い倉にいた。周囲はさほど年頃の変わらない子供たち。その表情に明るいものは決して含まれていない。

 

 ちょっとした外出から、ミルカは誘拐されていた。

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