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6 虎と狼

 エフェスがヴァリウスを睨んだ。ヴァリウスは思い出した。ドレイクの姓はまだ名乗っていないのだ。


「……もう少しで奴を倒せた」


 しかしエフェスが口にしたのは戦闘に(くちばし)を容れられたことに対する不快表明である。素性をあらかじめ知っていたことについてはどうでもいいらしい。


「もう少しって十手か? 二十手か?」


 そう言って、指を三本立てた。


「俺なら三手で十分だ」

「――ならやってみろ」


 自然に吊り上がる口元を、隠そうとは思わない。鎧の壊れた方の肩を軽く叩くと、エフェスが顔をしかめた。筋か骨でも痛めたのだろう。


「ちなみに俺の相手は〈オルクス〉二体と残りの連中だが、素肌のお前でもやれるだろ」


 敢えてそう言い、強引に押しのける。エフェスが一度装甲したことを(おもんぱか)ってのことだが、それ以上に挑発のニュアンスが強いのは否めなかった。

 二人共、もう会話はしなかった。ヴァリウスとエフェスは五歩を置いて背中合わせに立つ。それぞれの敵と向き合うために。


 背後でエフェスが疾駆する気配を感じた。ヴァリウスはそちらを確かめなかった。

 

 ダン・ジュが斧槍(バルディッシュ)を担ぐように持っていた。


「やっぱりアンタ、御同郷かい?」

「お前から見てそう思うならそうなんだろ」


 ダン・ジュの言葉に対して、ヴァリウスははぐらかした。若い虎狼兵は口元だけで笑った。王虎門は拳法だけではない。杖・刀・槍・棒など、多くの武器に精通する門派である。斧槍はさながら(げき)に通じるか。


「それにお前も俺も、同門同郷だからって手加減なんざするはずあるまいが」

「だよ……ね!」


 ワーグの脚が地を踏みしめ、そこから虎狼兵が疾走した。瞬く間に間合に入る。掬い上げるような斧槍の一撃に、ヴァリウスは敢えて前に出た。鉄の長柄の打撃をも強引に左の鉄篭手で殺しながら、斧槍を右手で掴みにかかる。ワーグが首を伸ばし、篭手で覆われていない脇下付近を狙って噛みつきにきた。敵の攻撃を左へ誘い込んだヴァリウスは右腕で斧槍の動きを制しながら、左腕をその口腔に突っ込む。

 

「その手を離せ!」

 

 幾分かの焦燥をにじませて、ダン・ジュが狼の上から頭部を蹴り下ろしてくる。ヴァリウスは躱しながら左腕を強引に引き抜き、斧槍に添える。そのままダン・ジュ自身の蹴りの余勢をも借り、放り投げた。空中で身を捻り、強引に斧槍をもぎ取ったダン・ジュもさしたるものだ。ヴァリウスは敵の得物に執着を見せず、素直に手離す。しかし左脚が高く上がり、〈穿鴉槍脚〉の一撃が文字通り槍めいた鋭さでダン・ジュの胸板を射貫いた。胸甲が陥没し、のけぞった虎狼兵の口から血が吹き上げる。

 

 ダン・ジュのワーグが跳躍してきた。反転して後肢からの蹴りを躱しざま、その右大腿部に拳を叩きつける。骨の砕ける感触がしたが、ワーグは痛みの素振りを見せることなく血に横たわったダン・ジュの方へ向かっていき、鼻面で掬い上げて背に乗せた。


「見上げた忠犬だ」

「……いいだろ、仔犬の頃から仕込んだんだぜ」


 ダン・ジュはまだ生きていた。だいぶ重傷に違いないが。


 狼の頭をいたわるように撫でながら、ダン・ジュはヴァリウスから目を離さない。口元が吊り上がったままでも、その口調からは余裕が失われている。呼吸も荒い。何より口元は吐血で真っ赤だった。


「本当に大した腕だよアンタ。何で……」

「教えてやろうか。王虎拳の要諦はいくつかあるが――その一つは『兵器を四肢の延長と為し、以て四肢を兵器の拡張と成すべし』。つまり武器持ちも無手も、王虎門に於いては等価なんだ。更に言うなら王虎拳は短打が得手とし、下手な長柄なんぞいい餌――」

「じゃなくて」


 ダン・ジュが遮った。


「……何で寝返った?」


 やはりヴァリウスのおおよその素性には気づいたようだ。しかし、それに応える義務はなかった。


「寝返ったんじゃない、覇国に愛想を尽かしたのさ」


 それ以上話すつもりもなかった。

 足元で音がした。見ると石畳に蜘蛛の巣のような罅が入っている。どうやら自分がそれなりに不機嫌らしい、とヴァリウスは気づいた。知らぬ間に強く踏みしめたのか。


「クククッ……アンタは大した男だよ……本当に。俺がここまで追い詰められるとはね……広いや、世間は」


 ダン・ジュが血反吐を吐きつつ、喉奥で笑いを漏らした。ワーグが哀しげに鼻を鳴らし、男の手がその頭を撫でた。


「行くぜ、相棒……装甲……ッ!」


 抱拳する。幻魔焔がダン・ジュとワーグを取り巻く。その中から現れたのは、直立する全身鎧の人狼(ウェアウルフ)である。その身は一丈(約三メートル)近く、ヴァリウスでも仰ぎ見るような巨体である。


「騎士級幻魔兵……ワーグと一体化しての装甲、それがお前の幻魔甲冑か」

「御明察。あ、そうだ。騎士級っていう呼称はもうなくなったぜ」


 ヴァリウスの呟きに人狼と化したダン・ジュが応じる。


「今は〈ウルク=ハイ〉ってンだ。騎士級なんて名前よりよっぽど恰好良いだろ?」


 人狼の姿が掻き消えた。交差させた鉄篭手の腕で横殴りの打撃を防ぎ得たのは勘の為せる業に近い。ヴァリウスの六尺三寸の長身が、土に二本の轍を残して二十歩近い距離を後退する。


 項の後れ毛が焙られるような感覚を覚えた。背後のダン・ジュが斧槍を突き出す。心臓狙い。左脇に抜けさせたそれを抱え込んだが、失策だった。ヴァリウスですら抗い切れぬ膂力によって右へ流され、煉瓦の壁に叩きつけられた。崩れる煉瓦、立ち込める土煙、それを掻き消すような風。

 

 ヴァリウスは独楽(コマ)めいて下半身を旋回させながら立ち上がった。跳躍したダン・ジュの斧槍を危うく回避し、ヴァリウスの太い脚がウルク=ハイの腰を一撃する。ビクともしないがそれで十分だ。反動を利用し、間合を離して転がりながら立ち膝をついて前を向く。


 距離は十歩。追撃を仕掛けてこないのは戦力差による余裕と、それ以上に同門の先達への興味のためか。呆れたようにダン・ジュが言った。


「……あれで死んでないのは流石だな、御先輩」

「鍛え方が違うんでな」


 頭部のどこかが切れている。笑いながら、流れ落ちてきた血を唇で舐め取った。

 

 連続する火花が見えた。一瞬だけオルクスと剣を交えるエフェスの横顔が見える。打撃音と共にゴベリヌスやワーグが舞う。


「お前、奴の剣に興味があると言ったな?」

「ああ。天龍剣はウルク=ハイを斬ってるらしいけどさ。アンタはどうなのさ?」


 嘲笑を含む声である。無理もない。ヴァリウスが知る限り、自分の力に酔い痴れない幻魔兵などいない。

 

 幻魔兵の力は常人を遥かに上回る。中でも騎士級――否、ウルク=ハイは心技体いずれにも秀でた選ばれた者にしかなれない。故国に帰れば三代遊んで暮らせるという英雄扱いだそうな。慢心するなという方が無理があろう。

 

「心配するな。今からいいモンを見せてやるよ」


 ゆっくりと立ち上がる。風が更に強く吹き荒れる。


 ヴァリウスは思う――その慢心をブチ折るのは何より楽しいんだ。


「――装甲!」


 固めた右拳を拡げた左掌に叩きつけた。旋風が渦巻き、その身体を覆い隠す。

 鉄篭手に収納されていた装甲が胸甲となり、脚甲となり、兜になる。

 

 土煙が晴れた。

 

 そこにいたのは白と黒の甲冑――白虎平原にのみ棲まう幻獣嵐白虎(アク・バルス)の力の顕現。その獣神甲冑。

 

 その獣神騎士。

 

「王虎騎士ヴァリウス、参る」

 

 闇夜の中で橙色の魔瞳玉(アイリスストーン)(らん)と光を放った。


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