赤と黒の運命
長らくお待たせしました・・・
私には、生まれる前の記憶がある。それは色にすればただ赤と黒の記憶。私にとって雨とは血しぶきであって、風とは身に纏う黒い魔力。物心ついた時から、私はそうだった。
『選ばれし王』
皆が私にそう言った。言う、とは何なのか、その時の自分には理解が出来なかったが、今こうして人の世に生を成してからようやくわかったこと。言う、とは即ち、意思を伝えること。前世にそれを理解が出来ていればあれ程まで苦しむことも無かっただろう。悠久の時を暗闇の中で過ごすことも無かったかもしれない。
『ギギッ!!ニ、ニンゲン、キタ!!』
私たち魔物を襲ってくる、人間という生物がいるらしい……その程度の認識だった。目の前にいるゴブリンは自らの集落を持つことも出来ず、持てば略奪の限りを尽くされる矮小な生物。
『王よ……!』
私は彼らのために、戦った。生まれて初めて、戦った。不思議と戦うという事に違和感もなく、どうすればいいのかすぐ理解できた。周りにいる人間でない者たちは私を遠巻きに見ながら歓声をあげる。あれが戦争というものなのだろうか。
何千、何万という人間が私の黒に塗りつぶされていった。黒はやがて、赤になる。ただそれだけのことだった。そこに何の疑問も浮かばない。黒は、黒を塗りつぶしていった。
しかし、そんな日々にも終わりというのは来るものだ。私の胸に深々と突き刺さった剣を見て、どこかホッとした感覚を見つけた。意識は、深い暗闇へと落ちて行った。
右も左も無い、ただの暗い闇の底でどれだけの年月を過ごしたか、数えることもしなかったから分からない。
“生まれたくない”
それほど遠くない過去、一度そう願ったことがある。私を復活させるべく魔物たちが蹶起し、召喚の儀を行った時だ。彼らも人間たちに敗れ、もう後がなかったのだろう。しかし私は、もうあの赤と黒の景色を見るのは懲り懲りだった。だから心から拒否をした。意思を示した。すると、私の……魂というものなのか、それが描かれた魔法陣に反発する。
『何故……何故上手ク行カナイ!!』
--その時だ。
『やいやい魔物ども!! 魔王復活はちっと待ちやがれ!!』
『ちょ、ヴェテル?!』
『まったく……大声張って飛び出していく馬鹿がいるか! タバサ、援護を!』
まだ子供とも思える三つの人間が、召喚の儀に割り込んだ。彼らは大人に守られながら魔物たちを追い払い、私の召喚は成されなかったのだ。
『もう、ヴェテルちゃんダメよ~?』
『アハハ……今回はどうにかなったけど、キミはまだ10歳なんだ。力を試したくなる気持ちは分かるが……あまり無茶をするようだと依頼に連れてこれなくなってしまうぞ?』
『うぅ……ご、ごめん。』
『でもでも~、キョーコちゃんからの情報は正しかったみたいね~。まさかこ~んな街の近くで魔王の復活を企ててるなんて。』
殺すためだけにいるはずだった人間に助けられてしまった。魔物たちには悪いが私はまた黒に飲まれるのはごめんだ。しかし……そこでやっと、“人間とは?”と疑問を持つ。そもそも何故私たちは戦っていた?
疑問はやがて、興味へと変わる。
偶然は、続く。
中途半端に行われた召喚の儀で私の魂は暗闇から零れ落ち、世界を転がった。どれくらいそうしていたのか……百年か、もしくは一年足らずか、退屈とも言えた暗闇からすればあらゆるものが彩られた世界は楽しかった。赤と黒じゃない、暗闇とも違う世界を私は転がり、時には飛び回った。
そして栄えた街の一角、とある古びた家屋を通り過ぎようとした時、それは起こる。
どうしてそんなことをしたのか分からないが、蝋の明かりが漏れたその窓を覗き込むと人間が机で何かを作っていた所だった。かなり貧しい家庭のようで、余所と比べると家はボロボロ、服もそれはみすぼらしいものだ。
『……これでよしっと。』
頬にエクボを作りながら彼女は笑う。広げた布は衣服だろうか? 継ぎ接ぎだらけだったが満足そうに眺めている。
結論から言う。この女性が、私の母だ。
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「プリシラーーーーーーーー!!」
「……っ?!」
僕はシェードに返ってくると、一目散に家を飛び出しメリルちゃん宅へと急いだ。親バカ兄バカにもほどがあると思うけど、約5日ぶりともなれば恋しくて仕方なかったのだ。
僕の声に気が付いたのか、メリルちゃんと庭で話していたプリシラは遠目からでも分かるほど耳をぴょこぴょこさせて声の主を探している。ああ、もうっ! 可愛いなあ!
「ふふっ、どうぞマダラメ様、お通りください。」
「ありがとう!」
門番さんは叫びながら駆け寄ってきた僕を見ると事情を察したのかすぐに門が開けられる。ちょっと恥ずかしかったけど保護者なら誰だってそうなるもんさ!
門を抜けると、こちらに気が付いたプリシラが駆けてくる。そしてそれを力強く受け止め……られるはずもなかった。
「ふべらっ?!」
慣性の法則が働いていないかのようにベクトルを捻じ曲げられた僕は後ろに吹っ飛ぶ。声にならない痛みってこのことか……! ていうかステータスの差が絶望的過ぎて交通事故だよねコレ!
悶絶する僕に気付くことなく、プリシラは僕を抱きしめたまま胸に顔をうずめている。……痛いけど、めちゃくちゃ痛いけど、安いものか。鼻をすんすん鳴らしてるのは泣いてるからなのかな? 脚まで絡めてきて抜け出すこともできない。
「お、なんか騒がしいと思ったら帰ってきてたのか!」
「おかえりなさい、コーイチ君。予定より早いんじゃない?」
「ええ、早く終わったものですから……こんな格好で何なんですけど、ありがとうございました。」
プリシラ式マウントポジションをとられたまま礼を言う僕に微笑みかけてくれるメリルちゃんのご両親。プリシラもちょっと顔を上げて海賊王……もといディアンヌさんに向けてこくりと頷く。
ん? なんだ?
と思っていたら海賊王は小声で何かを言っている。
「いいぞ……! そこだ! 野外だろうがなんだろうが入れたもん勝ちだ!」
入れたもん勝ち?
握りこぶしの人差し指と中指の間から親指をぴょこぴょこ出し、何やら応援してるみたいだけど……どゆこと? とりあえずお二人が仲良くなったのは分かったけど。
「こ、コーイチ様! その……お、おかえりなさいませっ!」
「あ、ああ、メリルちゃんもありがとうね?」
「いえ! とんでもございませんわっ!」
この子もほんとに良い子だな~……。優しそうなお父さんと海賊王のお母さんからたくさんの愛情を貰って育ったんだろうね。
あ、そういえば!
「プリシラ、ちょっとごめんね。」
「??」
プリシラの頭をひと撫でして起き上がると、僕はアイテムボックスから小さな箱を取り出した。お土産として買ってきたオマール村の生キャラメルだ。
「まあ……!」
「おやおや、これは……そんな気を遣わなくていいのに。」
「ほ~う! わかってるじゃねぇか婿よ!」
流石に手ぶらじゃ、ね? ていうか誰が婿だ誰が。
そんなやり取りをしていると、セバスさんがプリシラの荷物を鞄に詰めて持ってきてくれていた。相変わらず出来る人である。
そうして一通りお礼を言い、また後日改めてと伝え、僕はプリシラの手を取って帰路につくのだった。
今回もお読みいただきありがとうございました!かなり長くお待たせしてしまったかと思いますが、次回も順次書き続けます。ご感想などお待ちしております。




