魔法使いと竜の里
皆さま、ご機嫌麗しゅう。今日はワタクシの通う魔法学校についてお話いたしますわ。
コーイチ様がお留守の間、プリシラさんがワタクシのお家にお泊り中なのですが、実はこの子、こう見えて凄い実力を秘めていますの。魔法学校での入学試験でもワタクシを抜いて全体一位の合格……まあ正直申しまして、最初は絶対に勝ってみせると思っていたのですが、この子ったら実力は確かなのにどこか危なっかしいところがありまして……。それに、コーイチ様にあの素敵な御声で「よろしくね」と言われたのなら身命を賭してこの子の面倒は見てみせますわ!
でも……
「おい見ろよ。ダークエルフの癖に制服組の新入生だぜ?」
「ホントね。森の蛮族が魔法なんて扱えるのかしら。」
入学したての頃は、廊下を歩くたびにこうして陰口を叩かれておりました。この学校はいささか貴族と平民の格差が激しく、特に制服を用意できるお金持ちの通称・制服組としてやっかみを、そうでない子にとってはダークエルフという本来なら魔力に秀でていない種族に対しての侮蔑が見られ、普通なら委縮してしまうか反抗的な態度に出るか、そのどちらかと思うのですが……この子は違っておりました。
「……。」
完全スルー、ですわ。無視されたことへの舌打ちも何のその。どこか愁いを帯びた様子でフラフラ歩き出し、廊下の先、丁度影になっている部分に身をひそめるとポケットに手を入れて何かを取り出します。
あれは姿絵……でしょうか? 生暖かいため息を漏らしながら眺めていたかと思うと一言。
「……補給、完了。」
妙にツヤツヤした顔で物陰から出て来たではありませんか! 謎ですわ。才能には恵まれつつもお友達には恵まれなかったワタクシにとっては判断材料が少なく一概に言えませんけど……かなり変わった子であることは確かですわ。
「ああ、プリシラさん! 次は移動教室ですのよ!」
「……ん。」
そのままフラフラまた何処かへ行ってしまいそうな彼女を呼び止めます。この子ったら目を離すとすぐにフラフラするんですもの。
ワタクシとプリシラさんはまだ一年生にして上級選抜に選ばれており、次の下級魔法の授業は免除のため教室を移動しなくてはいけませんの。とは言っても下級魔法の授業は全て受けないわけではありませんけれど。
「……あっ」
「……??」
「あら、貴女は確か同じ一年生の……貴女も選抜に選ばれましたの?」
「う、うん……。」
目的の大講義場の前でオロオロしていた少女。確かこの子、同じクラスのクレアさん、だったかしら? いつも教室の隅で一人ぼっちでボロボロの本を読んでいるのをお見掛けしていますわね。体調がよろしくないのか、お肌は生白くておかっぱの黒髪は目元まで隠しているからどこか近寄りがたい雰囲気なのですわ。
「……あ、あの……ごくっ、あの、こ、この教室で、あってますか?」
「ええ、合ってますわよ。」
「あ、ありがと、ごじゃましゅ!」
そう言ったかと思うと、既に目元は隠れておりますのに本で顔を隠してしまいました。そのまま始業の鐘が鳴るまで無言の時間を過ごし、いざ上級選抜の授業へ。
中にはすでにワタクシたちを除いた14名の上級生が席に座っており、ワタクシはいつものようにプリシラさんの隣に腰かけ、クレアさんはコソコソと窓際の一番端に腰を下ろしました。ご一緒すればよろしいですのに……。
「ほっほっ、皆の衆、揃っとるの?」
しばらくして、豊かな白髭を蓄えたコーネリウス校長が教室に入ってきました。後ろの人にも見えるように階段式に造られた講義場の教卓に立つと、校長先生は一度教室を見渡します。……いつも思うのですけど、校長先生はおいくつなのでしょうか。白髪と刻まれたしわの数ではかなりお年を召されていると思うのですが。っと、ワタクシったらいけないわ、殿方の年齢を邪推するなんて。
「今日は新しく入った子もおることじゃし、ちょっと変わった授業をしようかのう。」
「変わった授業だぁ? ま、退屈じゃなきゃなんでもいいぜ~。」
机の上にドカッと足を乗せてそうお答えになるのは2つ上の上級生、ラース・カネロ様。ちょっとはしたないですけど、火の魔法がお得意で、状況によってはすでに教師陣も敵わないくらいなのですわ。オールバックにした乱雑な赤髪と着崩した制服、粗暴な振る舞いから“逆鱗の魔女”と呼ばれております。男女から人気が高く、一見男性のようにも見えますが、列記とした女性です。
「おい、校長先生にそんな言い方はよさないか。」
「ああん?」
ラース様の言動に異を唱えたのは、噂では彼女の幼馴染であるペイジ・ラ・ドラクス様。ラース様とは正反対な、キチッとした衣装に身を包まれた青髪の殿方。眼鏡をかけていらっしゃって、上級生を取りまとめる委員長をされておられるお方ですわ。端正なお顔立ちと、女顔負けな実力で女性からは毎日のようにラブレターをいただいているそう。……ワタクシにはコーイチ様がいらっしゃいますのでどうでもよろしいのですけど。
「ペイジ、てめぇ……燃やすぞコラ。」
「忘れたのかい? 私の水魔法の前にキミは無力だ。」
「や、やめなよぉ~、二人とも~。」
困り顔でお二人を止めるのは親交の深いらしいミケ様。こちらはお二人とは違って制服組ではございませんが、土魔法の制御が上手く、このお年でゴーレムを精製し同時に3体も使役できる実力者ですわ。……でも、背はワタクシよりも頭一つ分は低いですのに、お胸は1.5倍くらいありますわね。羨ましいですわ。
「ほっほっ、結構結構! 今日は存分にやり合うがよいぞ!」
「い、いいんですか?!」
「うむ、今日の授業は皆の実力をお互いが知るために『決闘』を行うことにする!」
校長先生はそう高らかに仰って、杖をかざしました。
すると講義場は瞬く間に草原へと変わり、使える者は世界に極僅かとも言われる時空系魔法を唱えたのだと知りました。
「これからワシの用意したクジでペアを決めてもらう。そのペアで戦い、優劣を競うというわけじゃな。ただし! 致命傷となる攻撃はワシが間に入るから気を付けるのじゃよ。」
それを聞いて、ワタクシはどうしても気になることがありました。
「あ、あの! 質問がありますわ!」
「おお、なんじゃメリルちゃん。申してみよ。」
「ありがとうございます。本日からクラスメイトのクレアさんが選抜に加わりましたから、クラスは17名となっております。お1人が余ってしまわれるのでは……。」
「心配は無用じゃよ。クレアちゃんに関してはワシが相手をするからのう。」
教室全員の表情が固まりました。かく言うワタクシもその一人です。
……校長先生がお相手を? クレアさんを覗き見ると少しビクッとしたようでしたがどこかホッとしているようにも見えます。
あの表情は何でしょうか……と思いましたが、まず手始めにと行われた二人の『決闘』にそれ以上疑問は浮かびませんでした。
「クレアちゃん、大丈夫じゃから本気で来るんじゃぞ?」
「っ……は、はい!」
まだ自分の杖も持たない彼女が校長先生に向かって手を伸ばしました。
すると、
「な、なに……あれ?!」
「っ……!」
クラスの皆さまが驚愕します。もちろん、ワタクシも。
手のひらから黒い霧のようなものが発せられたかと思うと、それはロックウルフように形を変えて校長先生に襲い掛かったのです。教科書でも見たことのない様な魔法を、校長先生は表情一つ変えることなく時空系魔法で作り出した空間で飲み込みます。
「……ふむ、これは中々。じゃがまだ残っとるの?」
「は、はい……。」
「ほれ、遠慮せずに撃ってきんしゃい。」
次々と発せられるクレアさんの魔法。しかしその悉くを校長先生は飲み込んでいきました。それはクレアさんの魔力が底を尽きるまで繰り返されたのです。
「はあっ、はあっ……! も、もう……大丈夫、です……!」
へたり込むと、どこか満足そうに微笑むクレアさん。
「うむうむ。この年でこれならちと厄介じゃが……まあ何とかなるじゃろ。脇で休んでおくんじゃぞ?」
「はい。ありがとうございました。」
クレアさんはそうお礼を言って向き直ると、唖然とするワタクシたちをチラッと見て満足そうな顔が一転し、沈んだ表情のまま木陰に入って行くのでした。
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ところ変わって、ここは竜の里。
大陸の遥か東に位置する人類未踏の地で、悠久の時を生きる竜族は暮らしていた。中でも最も位の高いエンシェントドラゴンが一頭、霊峰と呼ばれる玉座に腰かけ部下である竜族の話を聞いている一幕である。
「……ギャバよ、もう一度申してみよ。」
「は、はっ……!」
底冷えするような威風に潰されないよう、ギャバと呼ばれた小型の竜族は丹田に力を込めて正気を保つ。小型とは言え、人の数倍は大きいが目の前のエンシェントドラゴンに比べると半分に満たないサイズだ。能力も絶対的とも言えるほど差は歴然である。
「お嬢様は、人間にテイムされたようです。」
「っ……!!」
カッと目を開くエンシェントドラゴン。その挙動に反応したかのように稲光が雲を割く。さらに増した威圧にギャバはたじろいだ。
「宜しい!! ならば戦争だ!!」
「お、お待ちください!」
「待たん!! 我が愛娘に手を出すなど言語道断!! その人間諸共、我が灼熱の業火で消し炭にしてくれるわ!!」
こうなったら話を聞くタイプではないのをギャバはよく知っているが、それでも引けない理由があった。それは自身が王の娘のお目付け役として、陰ながら彼女を見守ってきた時のこと。
『久しぶりじゃな。息災か、ギャバ。』
『お、お嬢様?!』
時折狩りに出かける彼女が自らの気配を察知したのか、恐るべき速度で背後に回られた。本来なら見つかってはいけないと厳命されていたにもかかわらず、彼女の能力の高さ故に失敗してしまったのだ。
『お嬢様、これは……!』
『よい。あの馬鹿親父に言われてきたのだろう? ほんに懲りぬ奴じゃ。』
『そう仰らないでくださいませ。王もお嬢様が心配なのです。』
それを聞いても「知らん」の一言。しかし、彼女はその時ギャバに伝言を残したのだ。
「戦だ! 戦の準備をせよ同胞たちよ!!」
「王様……!」
「くどいぞギャバ! 貴様が付いておりながら娘に……」
「お嬢様からの伝言があります!」
「ぬ? 愛娘から?! な、何と申しておった!!」
ギャバは一つ大きく息を吸い込むと、意識を集中させた。ギャバは竜族の中でも珍しいミラードラゴンという種で、模写が得意な種族である。看破スキルによって分かる人にはバレてしまうが、姿や能力の一部など超高精度の模写が可能なのだ。
「お嬢様はこう申しておりました。」
そこで一度言葉を切ると、体をエシェットに模写させた。因みにこれは王たってのリクエスト。時折娘ロスになった王に乞われて肩もみなどをさせられるのだが、伝言などもこうすれば効果テキメンなのだ。
「『コーイチに手を出すことがあれば、金輪際父上と口をきかん。背中を流すなど以ての外じゃ。』……とのことです。」
「…………ッッ!!!!????」
声にならない悲鳴とはこのことだろう。一瞬で覇気が薄れ、見てる方が不安になるほど生気が失せるエンシェントドラゴン。
「そ、そんな……パパよりもその人間を選ぶと言うのか……! 我がか弱き劣等種に劣ると言うのか……!」
「ですから王様、」
「ならーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」
エンシェントドラゴンは叫んだ。地が震え、海は裂けるほどの声で。近くに小動物が居れば即死していただろう。
「ならんならんならん!! パパ絶対許さないもん!! 五十年に一度だけ一緒に水浴びしてくれる約束……我はその為だけに生きておるんじゃもん!!」
ご乱心この上ない。こんな時に奥方が居てくれれば助かるのだが、今は人の世に紛れて世界を満喫中だ。
「こうなればもう我慢ならん! 今すぐにそのポーイチだかペーイチだかをここに連れてまいれ!!」
「し、しかし……!」
「これは命令だ!!」
こうして、エシェットをテイムしてしまったコーイチはまた何か面倒ごとに巻き込まれることとなるのであった。
今回もお読みいただきありがとうございました!ご感想などいただけたら嬉しいです!
それでは、次回もお楽しみに!




