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コーイチの妙案

 ルーレットの上を小さな銀球が回る。その行く末を、ギャラリーは固唾を飲んで見守っていた。次第に球は勢いを失っていき、回転も緩やかになっていくルーレットの上を跳ね始めた。


(……仕込みは完璧! あの球が黒の7におさまることは絶対にあり得ないっちゃ!)


 アンジーさんはディーラーに目配せをすると、ディーラーはこくりと頷いてポケットに手を入れた。

 球は吸い込まれるようにシングルナンバーで全額賭けた黒の7へおさまった……かに見えたその時、カチンと軽い音が聞こえたかと思うと、黒の7からはじき出される球。


「ええっ?!」

「おいなんだそりゃ!!」


 ヴェテルたちも他のお客さんたちも、はじき出された球を見て非難の声をあげる。しかしアンジーさんはホッと胸を撫でおろした。

 後々タバサさんに聞いたけど、多分ディーラーがポケットの中で触ったのは、一瞬だけ耐魔法陣を打ち消すアイテムとのこと。その一瞬を利用して何らかの魔法を発動し、球をはじき出したらしい。

 ……イカサマやるにしてもなりふり構ってられないのか分かりやすすぎるでしょ。


 こつん、こつん、と黒の7から遠く離れた場所へ跳ねていく球。


「ざ、残念でしたわね~お客様~! これでチップは全て……」


 でも、申し訳ないけど僕の運はそれくらいじゃなんともないんだ。だってスキルが作動するようになったという事は、僕のユニークスキル『豪運』も作動するという事。

 ルーレット上で黒の7から逆方向まで弾んだことで勝利を確信し、アンジーさんもディーラーさんも安心しきって二人は人目もはばからずにハイタッチを交わす。

 一度弾かれた球は再び数字の淵で跳ね……跳ね……跳ね……


 ぴた♪ ごら♪ すいっち♪

 とか聞こえてきそうな具合にスポッと黒の7へと再び吸い込まれた。


「おお~~~~~~~っ!!」


 突如の歓声に驚いたアンジーさんがルーレットの上を見る。そこには、完全に停止した銀球が黒の7に収まっていた。


「……僕の勝ちですね。」


 血の気が引いていくアンジーさん。そして……


「……きゅう」

「ちょっ?!」


 気を失った。

 それから、オーナーが倒れたことで急遽カジノは店じまいとなり、大量の換金が必要な僕らだけ残して他のお客さんたちは帰らされる事態になった。強制的に帰らされたとは言え、お客さんたちは「良いモンが見れた!」と満足そうだった。握手まで求められたのはちょっと困ったけど。

 そんな僕の目の前には既に数えるのが億劫なほどのチップ。それに加えて先ほど勝った分の36倍が加わることとなり、サミュエル曰く現金で換算すればそれこそ街一つ買えちゃうくらいの金額にはなるらしい。


「……アンジー。」


 ヴェテルを遣いにやって、任務完了を聞かされたウィルさんが駆けつけ、今はこうして気を失っているアンジーさんに付き添っている。よく見るとアイリスさんも一緒におり、タバサさんたちと何やら相談中だ。

 でもこれ、ホントどうしたもんかな……。


「う~ん……。」

「アンジー! 気が付いた!?」

「……あれ? ウィル? うちどうしたっちゃね?」


 状況が飲み込めていないのか、故郷訛りで尋ねるアンジーさん。そして目の前に積まれたチップの山とそこに居る僕を目にして「ひぃ」と声をあげた。


「さて、ではこちらのチップを換金してくださいます?」

「あ、アイリスさん?!」

「コーイチさん、ここは任せてください。」


 彼女を見下ろしながらアイリスさんは非情に言い放つ。止めようと思ったけどタバサさんに窘められてしまった。

 任せてって言ったって……。


「……む、無理っちゃ。こげん大金、建物とか土地手放したって用意できんよ。」

「なら、借金奴隷になるしかありませんね。返済は一生かかるかもしれませんが。」

「そ、それは……!」

「出来ないとでも? あなたはそういったことをずっと続けてきたんでしょう?」


 アンジーさんは押し黙る。顔は青褪め、今にも再び昏倒しそうだ。正直見てられないけど、タバサさんが任せてと言うのなら何か案があるんだろう。


「アンジー、僕も一緒に背負うから。だから二人で頑張ろ?」

「ウィル……。で、でもうち……!」

「あなたの夢、彼から聞きました。いつか立派な商人になってお金を稼ぎ、お父さんとお母さんに楽させてあげたかったのでしょう?」


 それを歪ませてしまったのが、あの日の事件。どんなに足掻いても、力が無ければ踏みつぶされるだけと彼女は悟ってしまった。その感情はいつしかお金への執着と、復讐心に埋め尽くされた。

 どんな手を使ってでもお金を手に入れ、あの商会の連中に一泡吹かせてやりたい。持たざる者から成り上がって、いつか、見下ろし踏みつぶす側になりあの時の屈辱を返してやりたい。そんな思いに染まるようになる。


「そんなの、お金が無いと無理っちゃ。力が無い者はどうやっても無理とよ……! だからうちは」

「こん馬鹿娘が!」

「?!」


 び、びっくりした……! 急な大声に何かと思って振り返ると、賭場の入り口に大きな荷物を背負った夫婦が立っていた。

 あれ? あの人たちって『エ・ジェナンテ』の前で屋台やってた人たち? というか娘って?

 僕の頭に「?」がいくつも浮かぶ中、夫婦はしゃがみ込んでいるアンジーさんに駆け寄った。


「お、おとん?! おかん?!」

「ウィル坊に全部聞いただ! おいらのせいで、辛か思いさせてきただな……! そんでずっとこげんことさせて来たっちゃな!」


 ご両親は涙ながらにそう言って、アンジーさんを強く抱きしめた。


「んだけんど、いつも言ってっぺ? 薬草さ拾って腰を伸ばすとき、綺麗な空広がってたらそれは良い日。収穫が悪かときも、水平線さ見えたらそれもまた良い日だ。」

「貧乏でアンタにゃ辛い思いさせたかもしれんけど、アタシらのためを思うならこげんことせんでもええんよ。地に足付けて……自分らしく生きてくれさえすれば。」


 自分らしく生きる、か。僕もこの世界に来る前、父さんと母さんに同じことを言われたな。

 アンジーさんは自分を生きているつもりでそうじゃなかった。人にこうされたから、こうしよう。それじゃ自分じゃなくて誰かの思惑で生きる後手後手な人生。


「仕返しに生きるなんざ、つまんねぇべ? そんで高ぇ酒飲んだって美味しかねぇべ?」

「……うん。」

「アンはオイラたちの娘だ。貧乏でも必死にやりくりして、商品さ見っけて、声張り上げて店先に立っとった時の方がええ顔しとった。」

「うん……!」


 いつの間にか、アンジーさんの目には大粒の涙が溢れていた。ウィルさんも寄り添うように彼女の背中をさすっている。……彼女が自分の生を見つけられたなら、僕のしたことって悪い事じゃなかったのかな。

 とか思っていたらご両親は僕に土下座をはじめた。


「すまねぇ! 金は一生かかってでもお返ししますだ!」

「アタシら家族も協力するだよ! だから少し待ってくんろ!」

「おとん……おかん……?!」

「ちょ、あ、頭上げてください!」


 勘弁してよ! これじゃ僕が悪徳借金取りみたいじゃないか!

 僕はオロオロしながらアイリスさんの方を見る。何か妙案があるのだったら早く伝えてあげて! じゃないと僕のメンタルがもたない!

 アイコンタクトが伝わったのか、アイリスさんはご両親の元に歩み寄って肩に手をやった。そして……


「お金のことでしたら、コーイチ・マダラメ様にご相談ください。妙案があるそうです。」


 丸投げした。


「ちょっと、え、ウソでしょ?!」

「シエナ様からの御伝言です。」

「へ?」

「『元の世界の知識を活かしておくれ~。キミならできるさ~。』だそうです。」


 ふっざけんなあの破廉恥美人! 僕が頭の回るタイプじゃないの知ってるだろ!

 妙案があると聞いて、まだ両手を地面に付きながらこちらを見上げてくるご両親。これはマズイ……マズいぞ……。ここでただ借金はチャラ、とかは多分違うんだろうし、それじゃこの人が良さそうなご両親は納得しそうもない。

 考えろ……考えろ……アンジーさんのためになって、みんなが満足するような案……!


「うぬぬぬぬ~……。」


 で、出てこねーーーー!! だから言ってんじゃん! 僕は頭が良くないんだ!

 こういう事はネットショッピングとかで何とか出来そうも無いし……!


 ……。


 ……。


 ……ん? 待てよ? ショッピング、か。


「……ねえアンジーさん。」

「は、はい!」

「借金とかそういうの抜きに考えたら、この建物って中を改装することは出来る?」

「はい……それなら手持ちの資金でなんとか……。」


 出来るらしい。じゃあアレならどうだろう。僕らの世界にあって、この世界じゃ見かけなかったアレ。

 アレならきっと、ウィルさん曰く商人としては天才的とも言える彼女の実力を発揮できるし、彼女のためにもなるんじゃないか。


「じゃあさ、デパート、作らない?」

「でぱーと?」

「うん! ショッピングモールでも良いけどさ、例えば各フロアを子供用品やおもちゃ売り場、服売り場、食料品売り場、雑貨売り場とかで別けて、複合型の大きいお店にしちゃうんだ。建物まるごと市場みたいな感じかな?」


 その時、アンジーさんに雷が落ちた。……ような背景が見えた気がする。

 アンジーさんは懐から取り出したメモ帳を捲って、何やら凄まじいスピードで計算をしていく。「控除率を10%としても出店数が~」とか僕には理解できそうもないことをブツブツ呟いたかと思えば、メモ帳じゃ足りなくなったのかルーレットテーブルのベット台にチョークで書き込んでいく。


「これっちゃ!!」

「アンジー?」

「こげん凄かもん、考えたことも無いっちゃ!!」


 うんうん、考えついた人凄いよね。子供の頃、休日にデパート連れてってもらうだけでワクワクしたし、この商業都市でああいうのがあったら繁盛すると思うんだよ。


「で、でも……借金は……。」

「それなら心配ありませんよ。これは投資と考えてください。」

「投資?」


 そう、投資って形ならちょっとだけ元の世界の運試しでやったことがある。まあ、運のせいで投資した瞬間価値が高騰したりであまり勉強にはならなかったけど。


「アンジーさんがデパートを運営して、自分を生きてくれたら僕から何も求めません。もちろん、お金も。」

「け、経営はどうするっちゃ?」

「全部あなたに一任します。……正直、恥ずかしながら僕は頭があまり良くなくて……その点、アンジーさんなら上手くやってくれるはずですし。あ、でも何か困ったことがあったらいつでも言ってください。僕らは基本的にシェードに居ますので。」


 聞くと、アンジーさんは再び両手を地面についた。そしてか細い声で「ありがとう」と。


「……そうだ! アンジーさんのお父さん、お母さん!」

「へ、へい?」

「お土産を買いたいんだけど、『オマール村の半熟キャラメル』ってあるかな?」

「もちろん有りやすが……。」

「これであるだけください。」


 僕は金貨を1枚取り出して渡した。


「だ、旦那! こ、こんな量は持ってきてねぇだ! 残りは12個入りがひと箱しか……」

「じゃあそれで。余りはあなた達の引っ越し資金にしてください。」

「はい?」

「せっかく娘さんがデパートを開くのに、商人のご両親がそこへ出店しなくてどうするんですか!」

「いや、んだけんど……!」

「あーあー! 聞こえなーい!」


 そうして僕らは困り顔のご両親に背中を向け、賭場を後にした。

 形としてだけ、とアイリスさんが借用書をまとめ、今回の依頼は完遂。『エ・ジェナンテ』は国をまたいでいくつもの支店を構える一大デパート産業に発展していくのだが、それはまだまだ先のお話だ。

 すっかりボールプールに夢中なマウがまだ遊び足りなそうにしてたけど、プリシラのこともあるからまた連れてくるよと約束して僕らは日帰りで帰ることにする。ヴィラスイートはもちろんキャンセル。あんな高そうな部屋で眠れそうもないからね。

 因みに、アイリスさんに依頼完了の手続きをお願いしただけでギルドに寄らなかったのは、あの魔窟に入りたくなかったからに他ならない。


「キミは容赦ないな~。」


 なんて声が聞こえてきそうだけど、丸投げした件、結構根に持ってるからね?

 ああ……はやくプリシラに会いたい。

今回もお読みいただきありがとうございました!ご感想などいただけたら嬉しいです!

それでは、次回もお楽しみに!

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