春冬秋夏
翁面を被った甚平姿の子供が後ろ手に背筋をしゃっきり伸ばして私を見上げている。
おっかしいなぁ、コチラはもう十二月だってのに。
なんて思っていたら、傍らを点、点と、気付けば数十匹あまりの蛍がふらふらふらふら飛んでいく。
にしたって明るい夜だな。顔を上げれば、おや満月でしたか。川向こうのススキ野原をぼんやり白く照らしている。
はっはっは、おっかしい。なによりも、隣に奴がいないのが一等変だよ。
「坊ちゃん、私の連れを知らないか」
子供を見下ろし尋ねてみると、子供は面の顎をパカパカ外して首を傾げた。顎から垂れる白い髭が蛍火のもとにゆらゆら揺れる。
「はっはっは、そりゃあ、そうだ。君は会ったことないものな」
奴はいっつもせっかちで、私はずっと鈍臭いものだから、きっと置いて先に行ってしまったんだろうなあ。
「酷い奴だよなあ。少しは足なみ合わせたって良いとは思わない?」
私がススキ野原を目指すと、隣を坊ちゃんがついて来る。新たなお伴の誕生だね。
急ぐわけでもなく、えっちらおっちら歩いていくが、どういうわけか。行けども行けども行き着かない。
はっはっは、そりゃあそうだ。月の光もススキの穂もずっとずっと向こうにあるもの。
参ったなあ。これじゃあ連れに追っつかんなあ。
「坊ちゃん、君はどう思う?」
子供はまた割面をパカパカさせる。
なるほどね。君の声は私には届かんらしいね。
そりゃあそうだ。君も私もうんと遠くにいるものね。
歩けども歩けども、彼等は遠くにいくばかり。
遂に草臥れちまって雪積もる地面に腰をおろした。それ見た子供はまた面をパカパカさして、そちらも青々した芝生に腰をおろした。
「なあ、坊ちゃん。後ろを探す私を馬鹿だと笑うかい」
パカパカ、パカパカ。
「なあ、坊ちゃん。私は連れにはずっと幸せでいてほしいと願っていたがね、今ではもうずっと不幸でいてほしいと願っている。悪い奴だと怒るかい」
パカパカ、パカパカ。
「はっはっは。はっはっは!参ったなあ・・・」
隣の芝生はずっとずっと青く見えるし、遠くのお月さんはうんと輝いて見える。それに比べてこの汚れた雪の冷たさよ。
この身が寒さに凍える度に、私は置いてった君を呪うのだよ。君よ、どうか不幸であってくれ。どうか幸せに笑わないでくれ。
「狭量だと詰るかい?」
パカパカ、パカ。
「はっはっは!わっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
アチラの空は随分明るい。参ったなあ。みんな全然待たないんだもんなあ。
ススキ野原は遥かに遠いよ。きっと私のこの声も届きやしないだろうね。ちくしょう。