第1章幕間 『朱音』
一階の食堂から賑やかな声が聞こえる、二階の私の部屋まで聞こえてくる。カーテンを閉めきり、暗い部屋を唯一照らす間接照明。
私もあの輪に混ざってお話をしたい、十朱さん達のお土産話を聞きたい。でもそれは叶わない願い、私がこんなにも不器用だから、千桜お姉さまを悪く思っているから、あの明るい輪には混ざれない。
どうして、どうして『お姉さま』は千桜さんを選んだのですか? ずっとおそばに居たのは私だったではありませんか。あの日お姉さまの部屋に残されていた『日記と投票用紙』を見つけたのは私でした、最初は冷たくなったお姉さまにしか目がいかず、それに気がついたのはお姉さまが部屋からご実家に移動した後でした。
お姉さまの御家族から部屋の片付けを頼まれた私は、クローゼットから衣類を大事に取り出し、ベッドへ置いた時にミニテーブルへ視線がいきました。ずっとそこにあったのに本当に気が付かなかった、私は日記を手に取り、ペラペラとめくっていく。
書かれている内容はエヴァンスシスターに選ばれた日から今までの活動記録、学院での出来事や寮での事ばかりで他愛のない物が記されていただけ。
その中でも一番気になったページがあった、でも日記とは言えない短さと、お姉さまなりの後悔とも取れる言葉が欠かれていた。
―――近くに居過ぎたのかな
私は何のことだか理解できなかった、誰の近くに? それとも誰かが近くにずっと? 答えを知りたくても本人はもう居ない。お姉さまの日記は私が大切に保管している、たまに見るともしかしたらページが増えているのでは? なんて考えたりもする。
そんな事無いのに、もう二度とこの日記は新しい物語を増やしたりしないのに、寝る前に毎日確認してしまう。私は大好きだから、お姉さまを愛してさえ居た。あの部屋がずっと空き部屋だったのも私が拒んだから、あの人のぬくもりや思い出を消さないで欲しかったから。
でも知らない内にあの部屋には別の人間が住んでいた、部屋の使用を許可したのは千桜お姉さまだった、どうしてあの人の思い出を消そうとするの、凄く優しくて厳しくて、妹思いのあの人の居場所を無くしたりしたの。
どうして…………お姉さまは千桜さんを選んだの。分からない、分からないからこそ私は千桜お姉さまを悪く思ってしまう。私はお姉さまの様な慕われるエヴァンスシスターになりたかった、だから毎日必死に生徒会活動やお勉強でも学内一番を取り続けたのに、何がいけなかったのですか。
日記を閉じて引き出しに仕舞う、少しだけため息を吐くと丁度部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「エーレナ様」
「どうかしましたか桜さん」
「もうすぐお夕食です」
食事なんて取る力も無い、だけど食べないと体調を悪くしてしまう。でもあの食堂で皆と食べる心は持ち合わせていない、私はいつものように部屋で取ることを選択する。
それを毎回桜さんに伝えるたびに、彼女は辛い表情をする。別に桜さんを巻き添えにしたつもりは無い、だから私はハッキリと口にした。
「貴女だけでも食堂にお行きなさい」
「エーレナ様…………」
「これは私の問題です、貴女には関係ありません」
キツい物言いだったかもと、言ってから気がついてしまう。突き放すつもりは無いのに、私はどれだけ不器用なんだろう。静かな部屋でたった2人だけ、会話も最近気を使うものばかりで私自身気が滅入りそうで、ストレスがどんどん溜まっていく。
私が席を立つと、桜さんは背を向けている私に近づいてきた、平手打ちされるのかしら、なんて考えていた私を許して欲しいとまで思った。
「エーレナ様は、私にとって大切なお姉さまです」
「桜さん…………」
「もう私達は三年生です、今年が最後になります」
「…………」
言いたいことは痛い程にわかる、私達は今年を最後に卒業していく。楽しい思い出を作らず残さず、この辛いような苦い思い出だけを量産して居なくなってしまう。
私はテーブルに置いてあった学生手帳を開く、後半のページには規則や校則などが記されている。その中にある『エヴァンスシスター制度』の項目に目を向ける、そしてそこに書かれている最後の文字を読み上げる。
「第十項第七条…………」
「エーレナ様、まさか……」
エヴァンスシスター制度第十項第七条、当選者を不服とした生徒は各所(学院長、生徒会、教員)に不服申立てを申請し、各所が受理した場合は適切な時期を選び『再投票』を行うことが出来る。生徒会所属の生徒は生徒会顧問への承認が必要となる。
この方法以外は何も思いつかなかった、お姉さまが千桜お姉さまを選んだ理由がわかるのなら、私はどんな手段だって使う。あの部屋を使わせた理由、千桜お姉さまを選んだ理由を知りたい。
「学院が始まり次第、申し立てをします」
「本当によろしいのですね?」
「決めたからにはやります」
「……わかりました」
学院はもうすぐ始まる、申し立ての書類は生徒会室にもある。受理が上手く行けば時間のあるタイミングで、もう一度エヴァンスシスターを行える。
千桜お姉さま、私は貴女を認めません。貴女だけは絶対に認めたくありません、お姉さまが貴女を選んだ事を認めません。
必ず、必ず私はお姉さまの居た場所へ。お姉さまが見下ろしていた場所へ行きます、真実がそこにあるのなら必ず手に入れます。