第1章7 『瓜二つ』
朝の出来事から数時間が経過、朱音さん達は食堂に降りてくる事は無かった。あんな事があったのだからいきなり機嫌を取り戻す訳もないけれど、ボクは朱音さんとも仲良くしたいと思っている。
今はとりあえずその件については置いておくとする、せっかくあと2人戻ってくるんだから、暗い気持ちのまま出迎えるのは失礼だろう。雪美さんや千桜さんも落ち着いたのか、夏休みが終わった後の学院での会話で盛り上げていた。
その話題に乗っかれないのが残念だけど、ボクもいよいよ学院に通うことになる。また少し緊張で心臓が…………それでもようやく一歩踏み出せるんだ、白愛が楽しみにしていた学院生活が始まるんだ。それだけで心が高ぶる、後はヘマをしないだけだ、その為に千桜さんが居てくれるんだ。
これからまだ迷惑を掛けるだろう、千桜さんには頭が上がらない。
「ん? どうかしましたか?」
「え? いえ、何でもありません」
つい千桜さんの顔を見てしまった、バランスの良い整った顔、ボクより一つ上の彼女は『クスッ』と笑を浮かべながら、雪美さんとの会話を続ける。
そんな千桜さんがどうして朱音さんに嫌われているのか、嫌っていると言うか敵と認識されているような感じ。本当に2人の間に何があったのか、どうすれば仲良くできるのか少し考えてしまう。でも今は探るのをやめておこう、きっとその内話してくれる日があるかもしれないから。
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時計の針がてっぺんを越えた辺りで、寮の玄関が開く音が聞こえてきた。雪美さんは『あ、帰ってきましたよ!』と、椅子から降りるとそのまま食堂を出ていった。あと2人の女の子はどんな子なのか楽しみだ、また何か問題が起きたりしなければいいけど……。
開けっ放しにされた食堂の扉から現れたのは、
「ういっす! 千桜お姉さま帰りましたよ!」
「涼、『ういっす』じゃありませんよ……」
元気よく帰宅の挨拶をした女の子と、引っ張り回されたのか疲れ果てた顔の女の子。それよりもびっくりしたのが2人の顔や身長が一緒だった、つまりボクや白愛と一緒で双子だ。こんな事を口にはできないが、ハッキリとした区別がまだつきやすい2人だった。
いわゆる身体の凹凸にある、胸の大きさが一番わかりやすいかもしれない、と言うかボクは初対面に対して失礼な事をしているな。
「おかえりなさい2人とも。あ、ご紹介します」
「雅楽代白愛です、これからよろしくお願いします」
ボクは千桜さんのアシストに反応し、2人の前に出て自己紹介をした。軽くお辞儀をした時に小声だが『き、綺麗……』と聞こえた、やっぱりまだ慣れないけどまだ大丈夫だ。
挨拶が自然と出来ただけでも自分を褒めてやりたい、そして白愛に言われたまま伸ばしてきた黒髪、これにも感謝してる。毎日欠かさず手入れをしたおかげで艶もあり、サラサラした質感をずっと維持できている、女性らしさを出すならやはり髪は重要なポイントなんだな。
「白愛さんって私達のクラスじゃない? あ、自己紹介か。私は『十朱涼』だよ、よろしくね!」
「姉の『十朱読』です、よろしくお願いします」
2人の性格は正反対、双子には良くあることでお互いが持ってないモノを足して行動する。ボクもよく白愛に出来ないことを頼んだりしていたのが懐かしい、読さんと涼さんは普段から仲が良いのだろう。
お互いに自己紹介を終えると、涼さんは海外旅行のお土産をボク達に振舞ってくれた。皆で食べられるようにと買ってきたのはクッキーだったり、海外にしかない独特な飲み物だったりと土産話も展開していった。
今日会ったのが初めてだったボクにも気軽に話しかけてくれる、妹の涼さんはコミュ力が高いようだ。読さんはそれを横で聞きながらお菓子を摘んでいる、雪美さんはニコニコしながら涼さんの話に夢中。
お嬢様しか居ない空間なのに、今はそんなもの微塵も感じない。ただお喋りが大好きな女の子が集まって、お菓子を食べてワイワイやって、普通の学校と何一つ変わらない。ボクはもっとお堅いイメージを頭の中で想像していたが、どうやら違っていたようだ。
ここの寮に住んでいるのはこれで全員、一年は篝雪美、十朱姉妹、二年は鵜久森千桜、そして三年は杜若朱音
、雨宮桜。
寮で生活をするなら本当に気をつけないといけない、今までは千桜さんと寮母さんしか居なかったが、今日からは皆一緒に暮らすことになる。ちょっとのミスがとんでもない悲劇へと繋がりかねない、ボクは改めて慎重になるためにもう一度千桜さんと話をしないといけないな。
夏休みはもうすぐ終わる、白愛としてボクはこの学院に通う、ここにいる間は『薫』を捨てて立派な女の子になるんだ。
自分で言っててやっぱり悲しくなるけど、そんな事ではこの先はやっていけない。まだ慣れない下着とか女の子の香りとか、そういうのも慣れないとダメだ。あぁ、本当に大丈夫かなボク、朱音さんに嫌われてるだろうし。
「しっかりしなきゃ……」
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ! 皆さん、今日からよろしくお願いします」
自分の声が女の子で助かったと、生きてきてこんなにも感謝したことないよ。声や髪でどれだけ前の学院でいじめられたやら、それでもここは誰もボクの髪や声を不思議がったりバカにしたりする人は居ない。
ボクが改めて挨拶をしたら『よろしくお願いします』と、声を揃えて返事をしてくれた。白愛、ありがとう、まだまだボクも捨てたもんじゃないよ。
陽芽ノ女学院の一年生、雅楽代白愛の物語はこれから始まるんだから。