第一章2 『やるなら完璧に』
ボクは今陽芽ノ女学院敷地内にある『小鳥遊寮』の前に居る、屋敷から学院まで車だと1時間程かかる場所で、普段あまり車に乗ることが無かったボクは少しだけ腰が痛くなり、降りるとすぐに身体をグイッと伸ばしてストレッチをした。
母様や父様に相談をしてから1ヶ月と少し、その期間は目まぐるしい日々を送っていた。母様はここの学院長とは古くから付き合いがあり、ボクがここに来る事を改めて話したところ、『そう、これは本当に面白くなりそうだわ』と一人盛り上がっていたそうだ。
そして父様が協力者を屋敷に連れてきた時はボクも驚いた、その協力者とは昔よくお互いの屋敷で遊んでいた一つ上の女の子。と言っても小さな時に遊んだ切りで、この歳になってから会ったのは本当に久しぶりだった。
屋敷にあるアルバムを開いて今の彼女と見比べても分かるくらいに綺麗な女性へと変わっていた、数年会わないだけでここまで変わるものなんだと感心してしまう程に。
身長も170、背筋のラインもメリハリがあり、肩までかかる髪は陽の光によりキラキラと輝いている。ボクとは違って茶色い髪は暖かなイメージがある、黒髪より女性の優しさを表している気がする。
そんな彼女の名前は『鵜久森千桜』
雅楽代と鵜久森は由緒ある和家で、それぞれが一つの山を所有しており、そこにある『神様が宿る木』の管理をしていたりする。そんな繋がりがあり昔は山に遊びに行ったりと走り回っていた、今では彼女も立派なお嬢様で勉学に励んでいるようだ。
これからはボクのサポートに回ってくれる、こんな形での再会になったけれど、白愛が喜んでくれるなら何だってやってみせる。最初はそう息巻いていた、千桜さんがある一言を口走るまでは、
―――薫さん? お化粧をしましょう!
男が化粧…………。
え? この人今なんと仰いました? 『化粧』と言いましたか? それは女性が素の自分を隠しより魅力的に見せるための手段ではなかったかな。
ボクは何度も何度も言うが『男』だ、男が化粧だなんて芸能人が映りを良くする為に、薄くファンデーションを塗るくらいしかしない筈だ。ボクの聞き間違いなら驚く必要は無い、そう無いんだ。
「あの、お化粧って?」
「読んだ字のごとくですが、女性の嗜みですよ?」
それってガッツリ顔に魔法を掛けるってことだよね? 鏡を見たら自分が自分じゃなくなる奴だよね? ちょ、ちょっと待ってくれ、自分で言うのは何だけどボクはこのままでもじゅうぶん女の子に見えるはずだ。
それなのにさらに改造をするってどういう事なんだ、ヒゲとか足毛も普通の男子と比べてほとんど無い、化粧は必要無いはずなんだ。
「ボクは化粧をしないとマズいと?」
「はい」
「どうして?」
今ボクの脳内では悲劇のバックミュージックが流れている、地面に膝まづいてガクッと頭を垂らしている。女装って女性物の服を着たりするだけかと思った、こんな所でいきなり心が折れそうになっている。
千桜はかいつまんでボクに説明をしてくれる、男と言う存在は教師陣と警備員に数名居るだけで、後はほとんど女性だけの学院。その為、女の子しか見慣れていない生徒達はちょっとした事で違和感を覚えるらしい。
いくら見た目は女の子と言っても、肩幅が違ったり、歩き方や歩幅、見るところや視線の先、会話の仕方など細かく言い始めるとキリがないくらい疑われる問題がある。それらは誤魔化そうとすればどうにでもなるらしい、しかしありのままでは何れにしてもバレる事になる。
そこでナチュラルメイクだけでも施すと、彼女たちの視線は姿では無く顔を注目し始める。綺麗な顔立ちや艶がありサラッとした髪で他の欠点を消していけるようだ、これは女装だけでなく綺麗になりたい、可愛くなりたい女の子達による努力の末に生まれた技術。
話を聞くだけでもその苦労がよく分かった、それらを毎日やってるのかと思えばこちらまで気が滅入る。
「という訳ですので、今から寮の中を案内します。その後にお化粧のやり方をご説明致しますねっ」
何でだろう、彼女は猛烈に楽しそうな雰囲気を身体中から解き放っている気がする。やはりボクは血迷った選択をしたのだろうか、白愛の為だと自分に言い聞かせて人生を軽く棒に振っているんじゃないのだろうか。
白愛、ボクは多分この舞台を全うできるかわからない。演じる不安より『女装』する事にちょっとだけ抵抗している、今ならまだ振り出しに戻れるかもしれない!
「ち、千桜さん。やっぱりボクは…………」
「さ、行きましょう!」
「え!? あ、ちょっと!!」
抵抗する事もできずボクは腕を引っ張られ、これからお世話になる小鳥遊寮へと吸い込まれていった。彼女がノリノリな性格だった事は今知った、昔とは全く違う人間になっていた。時間とは人の性格とかも一気に変えちゃう怖い魔法なんだね、多分ボクの性格は変わってないと信じたい。
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寮の案内を受けた後、住むことになる部屋までやってきた。千桜さんは、『道具を持ってきますので、少しだけお待ちくださいね』と告げて出ていってから10分が経過。考えなくてもわかる、道具とは化粧のことに違いない、ボクは部屋の中で突っ立ったまま待機。
割り当てられたのは一人部屋、基本的にはプライバシーを尊重しているし、扉にも鍵が付いている。だが鍵をあまり掛けたりしないようだ、理由は特に無いらしいが『仲良しなら鍵なんて要らない』とのこと。
暗黙のルールって奴なんだろう、ボクは着替えの時だけ鍵を使うことにしようと思う。幸い隣の部屋に千桜さんが住んでいて、何かあれば部屋にある寮内専用の電話機がある、これの3番を押すと千桜さんに繋がるようだ。
「お待たせいたしました」
「千桜さん、遅かっ…………た…………」
何という事でしょう、千桜さんが部屋の中央に、ドスン! とデカいケースを2つ置いたではありませんか。それで終わりかと思いきや、あと一人見知った女性がまたデカいケースを持って現れたではありませんか。
「お久しぶりでございます、薫様」
「か、神楽さん……」
「私だけでは持てないので、神楽さんに手伝って貰いましたっ」
ささっと手馴れた様に組み立てていく女性、『千堂神楽』さんは千桜さんのメイド。昔からボクもお世話になっているんだけど…………。
「お話は存じております、薫様のお力になりとうございます」
「え、いや、えー…………」
ボクはこれから人体改造でもされるのだろうか、全てのケースを開け放つと中には見たことの無い化粧道具や、神楽さんが持ってきた折りたたみの全身鏡、そして三面鏡。2人はノリノリのウキウキで着々と準備をしていく、ボクは少し足が震え始める、これはきっと武者震い。
そして2人によるお化粧講座の時間が幕を開けた。