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妹の代わりに女学院へ通う事にした  作者: 双葉
第一章 新たな自分
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第一章1 『陽のあたる場所』




 妹の白愛はくあがこの世を去ってから一週間、悲しい気持ちと寂しさは残るものの、少しずつ屋敷内には明るさが戻り始めた。別にあっさりとしている訳じゃない、白愛が居なくなった事で何にもやる気が起きない状態も続いたし、両親も泣き崩れていた日もあった。


 それでもボクにはやらなければならない事がある、妹からの最後のわがままでありお願い事。その願いを叶える為にはボクの口から両親へ話をしなければならない、もちろん男のボクが女装をして『女学院』へ通う事を話すのだ。


 最初は白愛が冗談で言ってきた事だと思ったけれど、瞳は真っ直ぐでとても嘘をついてるようには見て取れなかった。だからボクも本気で話をしないといけない、ずっと部屋の影で悩みを抱えていたボクにチャンスをくれたんだから。


 曲がった形ではあるけれどボクに取って何かプラスになるなら、どんなに苦労しようと妹の為にやり遂げてみたい。ボクはもう少し考えをまとめ、さらに一週間が経った日の夜に両親を食堂に呼んで話をする事にした。



「父様、母様。ボクは白愛の為に学院に行こうと思います」


「学院とは今の所かい?」


「いえ、『陽芽ノ女学院(ひめのじょがくいん)』です」


「まぁ……」



 白愛から話を聞いていた母様ですら、あれは冗談だと思っていたようで口に掌をあてて驚いていた。父様も動揺したのかコップに入った水を一気に飲み干していた、これが普通の反応だし否定されてもおかしくない。


 何度も言うがボクは『男』だ、見た目は女に見えても身体は男でちゃんと男性のアレもあるわけだ。このままでは両親も納得はしないだろう、だから考えていた理由を話さなければならない。



「ボクはこれまでも白愛のわがまま、いやお願いをずっと聞いてきた。その度に白愛は笑顔で喜んでくれた、その笑顔を見る度にボクの気持ちは何故かスっとしてたんだ」


かおるさんがスっとすると言うのは?」


「母様、ボクはずっと立ち止まっていました。通っていた学校でのイジメでうごけなくなっていました、気持ちのモヤも増えていくばかりで、辛いだけの日々を送っていました」



 改めてボクの心境を両親に話す、心にずっと残っていたモヤのせいで先が見えず立ち止まっていたボク。そんな時に白愛はボクに何かしら理由を付けて『お願い事』をするようになった、それもすごく些細なことばかりで小さな事。


 シーツを変えて欲しい、パジャマを着替えたい、お手洗いに行きたい、話を聞いてほしい、眠るまで一緒に居てほしい。すごく小さな事ばかりのお願いだった、そんな彼女が今までで重く大きなお願いをボクにしてきたんだ。


 もう白愛の声も笑顔も聞くことも見ることもできない、辛いし寂しいし悲しい、でも悲観的になっていたらきっと白愛も笑ってくれないだろう。



「それを抜け出す為に助けてくれたのが白愛です、ボクは彼女に数え切れないくらい助けられました。兄として何も返せないだなんて、それだけは嫌なんです」


「薫……」


「父様、どうかボクを白愛の代わりに学院へ行かせては頂けませんか?」



 深くテーブルに頭を付ける、長い髪がサラサラっと床に向かって伸びる。白愛に言われずっと長く伸ばしたままにした髪、この長く黒い艶のある髪が役に立つ日が来るとは予想していなかった。


 もしかしたら白愛はずっと、こうなる事を予想していたんじゃないのだろうか、さすがにそれは無いかもしれないけれど、もしそうならやっぱり白愛には叶わないな。


 しばらく頭を下げたままのボク、それをずっと見ていられなくなったのか、父様は『わかったから、頭を上げなさい』とボクに声を掛ける。ゆっくりと頭を上げると、2人は優しい表情をしながら、




「幸い、学院の方にはまだ白愛の死亡を知らせていない。学院長を除いてだが」


「そうだったのですか」


「知らせる事がまだ出来なかったんだ、私達もまだ白愛が居なくなった事を受け止めきれていないからね」



 本当はボクもまだまだ信じられない、でも白愛がくれた最後のお願いを絶対に叶えてやりたいと思う。本来なら白愛が学院に通い沢山の友達を作り、部活をやってみたりお話をしたりするはずだった。


 しかし白愛はこの世から居なくなった、それが叶わなくなった。それら全てをボクに託して、姿を消してしまった。


 すると、母様はテーブルに一枚の紙をボクの前に置く。A4ノートサイズの紙に長くは無いが何か書かれている、ボクはそれを手に取り文字を追っていく。



『私の願いは、お兄様が幸せに暮らす事。お兄様に沢山のご友人が出来ますように。前を向いて歩いて行けますように。白愛。』



 ボクはこの手紙を読んだ瞬間、とても大切な宝物を失った悲しさに襲われる。何か熱いものが目から放たれていく、それが涙だと知ったのは手紙にポツポツと落ちてきた時だった。最後の最後までボクは白愛に愛されていた、自惚れでもいい、白い紙に書かれていた愛の詰まった文字は今のボクを影から陽のある場所へ歩かせるにはじゅうぶんだった。



「学院長に話をしてみます、彼女には一度冗談のつもりで話してはいますから」


「すまないな絵里えり


「母様ありがとうございます」


「一人では大変だろう、私からも協力者が居ないか探してみよう」


「父様もありがとうございます」



 もう一度頭を下げるボクを見たあと、2人は行動をすぐに起こしてくれた。陽芽ノ女学院はもうすぐ夏休みに入ってしまうらしく、今からクラスに入ってもすぐには馴染めないらしい。


 そこで夏休み中に陽芽ノ女学院に併設されている女子寮へ入る事になった、ボクとしては男が女子寮に入る事は一般的に犯罪だとわかっている。だからこそボクは演じる必要がある、舞台は用意されているが台本は無い、演じる役柄は、






 ―――雅楽代白愛うたしろはくあ





 即興で全てを演じきらなければならないだろう、それが喜劇になるか悲劇になるか、今のボクにわかりもしない。そんなボクの『前奏曲プレリュード』はまだ鳴り始めたばかりだ。






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