第2章幕間 『アナタは誰』
ある日の放課後、白愛さんは用事があると言い、それに付き添うと私達も提案したが『遅くなるかもしれないから』と断られた。何の用事か尋ねるのは失礼だと思って、私達は先に学院から寮へ戻る事にした。
その道中で私は教室に筆箱を忘れている事に気がついた、一応その場で鞄の中を確認するがやはり置いてきてしまっていた。
「読どうかしたの?」
「どうやら筆箱を忘れたみたいです、先に帰っててください」
「わかった、雪美ちゃん行こ?」
私は一人で学院に引き返し、教室に戻ってくる。机に置き去りにしていた筆箱を鞄に仕舞い、来た道を戻る時だった。何気なく裏庭が見える窓の外を覗いたら、テラスに二人向かい合って座っているのを見つけた。
白愛さんは用事があると言っていたが、教室には居なかったし、廊下も私達以外歩いている人物は居ない。もしかしたらあそこに居るのは白愛さんなのかも、私は早歩きでテラスへ向かう。
今日は風も強くて少しだけ天気が悪い。テラスの入口に来たのは良いけど、話の腰を折る事はしたくない。やはりテラスに居たのは白愛さんだった、そしてもう一人の正体は、
「千桜お姉様?」
二人の表情からすると、楽しそうな会話をしている風には見えない。もう少し重いような感じだ、もしかしたら朱音お姉様の件で二人は話しているのかも。
それなら私達にも相談してくれればいいのに、と、その時は思っていた。風のせいで会話までは聞き取れない、いけない事だとわかっている、でも私は淑女としてのルールを破り、もう一つの扉からテラスの真下にある空間に入り込む。
よく清掃員の人が利用している通路で、空間を抜ければテラスの正面にある庭へ繋がっている。私は二人から見えない位置へしゃがみ込み、聞き耳を立ててしまう。私は一体何をしているんだろう、十朱に恥をかかせる様な事をしてしまってる。
二人の会話は聞こえる、ちょっと雑草が擦れて聞づらいけど、特に問題は無い。ただ私はこんな行動に出た事を後悔する、知らなくてもいい情報を耳にしてしまった。
『そうですね、白愛さん……いえ、薫さんになら話してもいいかもしれません』
(え? 今千桜お姉様……何て言ったのですか……)
私の聞き間違いかもしれない、白愛さんを別の名前で呼んでいた気がした。どういう事なんだろう、ニックネームで呼んだの? 二人は古くからの付き合いだと聞いていたし、わからない。
気がつけば私の手は少し震えていた、心臓もトクントクンと早く打ち始める。まだ半信半疑だった私、二人の会話を聞いていると白愛さんは大きな声で怒鳴りつける。
―――何を馬鹿な事を言ってるんだッッ!!
嘘…………あの白愛さんがあんなに大きな声を、それに『私』じゃなく『ボク』と言っている。女の子でもボクと自分を指す言葉は使うけど、それとは何だか少し違う、違和感がある。
二人の会話が終わる頃に私はその場を去った、テラスから出る時に少し歩く音を出しちゃったけど、風が上手くかき消した事を祈るしか無かった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その日の深夜、私はお手洗いから部屋へ戻る時だった。暗い廊下に一筋の光が床を照らしていた、どこから漏れ出した光なのかはすぐ分かった。私達が毎日利用している脱衣場からの光、こんな時間に誰がお風呂を使っているんだろう。
私は音を出さないようにゆっくりと扉を開ける、磨りガラスになっている浴室の扉に一人の影。私は息を殺して耳を立てる、多分今日の私はどうかしている、こんなに悪い事をしている。
でも、何となく浴室に居るのは白愛さんだと思っていた。白愛さんはここに来てから私達とお風呂に入ったりしていない、いつも『私は最後で大丈夫ですよ』と優しく言ってくれていた。涼や雪美さんは深く考えたりしていないけど、私だけは『どうして一緒じゃないんでしょうか』と考えていた。
『ボクに何かできないかな…………』
まただ、また『ボク』と言ってる。テラスでは白愛では無く別の名前で千桜お姉様は呼んでいた、そして『私』じゃなく『ボク』と言っている。
(あ、出てくる……)
私は忍び足でその場から脱出し、廊下の影から白愛さんを監視する。
「ん……?」
(気づかれた?)
「居ない……やっぱりボクの気のせいか」
白愛さんは何事も無く部屋へ帰った、私はその場にペタンと座り込み少しふるえる身体を両手で包み込む。この震えは一体なんだろう、白愛さんは何者なのか、考えれば考えるほど分からなくなった。
そして、全ての謎が解ける事になった体育の日。掲示板に張り出された紙を白愛さんは釘付けになっていた、ついじっと見てしまう、何か嘘をついている気がして、何かを隠してるような気がして見てしまう。
さらに時間は流れて体育の時間。
私は外から飛んでくるボールに気が付かず、白愛さんのフォローにより大怪我は避けられた。でも庇ってくれた拍子に私は足を捻り立てなくなった、立ち上がろうにも痛みが鋭くて直ぐに座り込んでしまう。
そこで白愛さんは私をお姫様だっこし、保健室へ向かう事になった。私は何気なく白愛さんに『重くないですか?』と尋ねた、その答えを話す前に私は白愛さんの身体に少しだけ強めに密着する。
普通の女の子より肩幅が広い気がする、それに胸が少し弾力があり過ぎるような。考えすぎかもしれない、そろそろ疑うのをやめた方がいい、これ以上最低な事をしちゃいけない。
そう思っていたのに、どうしてここに来て神様は真実を叩きつけてきたんだろう。しばらくして私は眠くなり少しだけ闇の世界へ落ちる、でも目覚めるのは割と早かった。目を開けて隣を見ると、白愛さんがうつ伏せになって眠っていた。
「綺麗な黒髪…………」
髪を手に取って、手櫛のように引いていく。髪は絡まりもせず滑らかに手から落ちていく、そしてある部分に目がいってしまった。白愛さんは少し寝相が悪いのか、うつ伏せから横になる形で眠っている。
シャツのボタンがちゃんと止まっていなかったのか、ブラが見えてしまっている。そこまでは特に不思議に思ったりしなかった、問題なのは…………
(む、胸が…………ない……)
白愛さんが恵まれた身体じゃないならわかる、でも普段から見ていたからわかる。白愛さんは貧乳の類いではないはず、でも今見ているのは何? 筋肉質のある胸板ではない?
私は思わずゆっくりと起き上がり、ベッドの下を覗き込む。信じたくなかった、私は白愛さんと仲良く過ごしたかった、まだ出会って日は経っていなくても、優しくしてくれる白愛さんを友達だと思っていたから。
(胸パッド…………は、はくあ……さん)
急に呼吸が苦しくなる、信じたくない、信じたくない、信じたくない!!
白愛さんが、白愛さんが、
―――男の方だなんて
その後、私は落ち着きを取り戻すまでに時間が掛かった。胸パッドや乱れたシャツは上手く私が元に戻した、どうして白愛さんは男なのにこの学院に居るのか。
ちゃんと話を聞かなければいけない、でも今は少しだけ時間が欲しい。今は、心を落ち着かせたいから。
「アナタは、誰なんですか…………」




