第2章4 『気配』
―――ちゃぽん
皆が寝静まった時間帯に、ボクはようやくお風呂に入ることができた。もちろんこれは男だとバレないようにする為の作戦で、千桜さんに誰も使わない時間を予め聞いておいた。
広い浴槽に一人ポツンとちっちゃくなって浸かるボク、湯加減も良くて油断したら寝そうになる。そして思い出す夕方のテラスでの会話、朱音さんと千桜さんの現状。まだ本当の事を知らない朱音さんは、今日もいつも通りに過ごしている。
でも真実を話さないと、あの二人はしがらみを抱えたまま終わってしまう、前を向いて進む事はできないはずだ。そして千桜さんは今日衝撃的な言葉を、ボクに向かって伝えてきた。
それは『お姉さまを辞める』事、皆が選んだお姉さまを辞めて新たに推薦したいと言っていた。もし不服申立てが通れば明日にでも告知され、一定期間を置いたあと再投票が行われる。千桜さんは適任が居ると言っていたけど、一体誰なんだろうか、朱音さんを選ぶとしてもそれは朱音さんに失礼だからまず無い。
「はぁー、わからない。ボクの知らない誰かなんだろいけど」
長い髪を湯船からすくい上げ、毛先をいじりながら考える。状況を一度整理しよう、朱音さんは亡くなったお姉さまが好きでずっと慕っていた。千桜さんも当時は朱音さんと仲が良く『最高の姉妹』と呼ばれていた、しかし朱音さんは物言いがきつくて、下級生や同級生から良いように思われてなかった。
それがさらに悪い方向へ風が吹いたのか、お姉さまを独り占めしているとバッシングを受けてしまう。お姉さまはそれを良くないと思っていた、ちょうどその頃に体調を崩し始め、それを理由にし『皆のお姉さま』を辞めてしまった。
そこからは療養をしながら千桜さんと奉仕活動を始めた、お姉さまは千桜さんと仲良く仕事をこなし、周りから見ても素敵な光景だった。それを外から見ていた朱音さんは『千桜さんに取られてしまった』と思い始める、本当は違うはずなのに。
「ボクに何かできないかな…………」
下手に行動を移せば更に悪化させるかもしれない、だから慎重に事を進めなければならないが、何一つ良い案が思いつかない。とりあえず今は普段通り過ごすしかないんだけど、色々と知ってしまった今はモヤが掛かったようで気持ちが晴れない。
「そろそろ出ないと、風邪を引いちゃうか」
ボクは湯船から立ち上がり、脱衣場へ向かった。一人で悩んでいても仕方が無い、誰かを頼らないと解決策はずっと出ないままだ。
タオルで髪と身体を拭きあげたが、ドライヤーをする気力までは無く、パジャマに着替えて脱衣場から出る。廊下にある灯りは温かな色をしたオレンジ、だが寝静まった寮で深夜となれば不気味さが漂っている。
脱衣場の扉を静かに閉めて歩きだそうとした時だった、
「ん……?」
廊下の角に誰か居たような気がした、振り向いて見たが誰もいない。疲れてるのかな、一瞬だけど何かが隠れた様な動きが見えた。ボクは恐る恐るその角に近づき、向こう側の廊下を覗き込むように見てみるが。
「居ない……やっぱりボクの気のせいか」
その時のボクは、ただの疲れで幻覚を見た程度に考えて部屋へ戻った。何だろう、誰かに見られていた気配を感じたんだけど。でも誰も居なかったし、まぁいいか。
ベッドに入るとすぐに眠気がやって来る、ボクは深い闇へと落ちていった。
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翌朝、食堂で皆と朝食を食べた後陽芽ノロードを歩いて学院を目指していた。朝の話題は、昨夜放送されていた心霊番組で盛り上がっていた。生憎ボクはその時間部屋で読書をしていた為見ていない、一階から悲鳴が聞こえるとは思っていたけど。
夏が終わり涼しくなる頃に良くある番組、ボクは恐怖系番組をあんまり見たことが無い、白愛が好きで誘われた事があったけど断ってた。そんな非科学的なモノは存在しないと思ってるし、幽霊だなんて居るわけがないんだから。
「昨日は中々眠れなくて、今になって眠くなってきました……」
「雪美ちゃん、怖いのダメなのに見ちゃうもんね」
「だってだって気になっちゃうじゃないですか!」
涼さんと雪美ちゃんは昨日あった番組の話で盛り上がっている、姉である読さんはそんな二人を微笑ましく見ている。次は一緒に見てみようかな、信じる信じないじゃなくて話題作りの為だけどね。
学院の昇降口に着くと、ある一箇所に人集りができていた。
「あれは何の集まりでしょうか?」
「誰かが悪い事したんじゃないですかー? 雪美ちゃんが盗み食いしたとか!」
「してませんよっ!」
ボクの質問に面白おかしく応えた涼さん、雪美ちゃんと本当に仲がいいんだ。思わずクスッと笑を零したボク、その時にまた誰かの視線を感じてしまった。ついキョロキョロと視線の持ち主を探すが居ない、また気のせいなのだろうか。
とにかく張り出された何かを見る為に近づく、掲示板に一枚の紙を見た瞬間、何かの因果か運命なのか、昨日予想していた事が目の前で起きてしまった。
「こ、これって……」
「再投票ですわね」
紙を見て反応したボクにすぐ答えを出した千桜さん、その表情に曇などはなかった。こうなる事は予想していたかのように、紙を見る瞳は力強く、何かを決めた雰囲気すら感じた。
「そんな、千桜お姉さまよろしいのですか!?」
「仕方が無いのよ、学院側が決めた事ですもの」
「あの時朱音お姉さまが言ってたのは本当だったんだ」
雪美ちゃんは納得が言っていない様子、涼さんは朱音さんがやってしまった事を責めている訳では無いが、深く理由を知らない為神妙な顔をしている。
ふと、ボクは視線を掲示板から離し横を見ると、読さんと目が合った。すぐに逸らされたがボクを見ていたのは間違いない、どうしてボクを見ていたんだ? 今はそんな事より、エヴァンスシスターがもう一度行われることを考えよう。
開催日は今日から二週間後、その期間の間に『ふさわしい』と思った人の名前を書き投票箱へ入れていく、そして当日に開票し『皆のお姉さま』が決まる。除名をする千桜さんは誰かに投票するのでは無く、推薦したい人を選ぶことが出来る。
推薦を受けた人は候補者になり、投票で決まらなかった場合は自動的に候補者がお姉さまになる仕組みだ。千桜さんは恐らくこのシステムと生徒の総評数で選ばれたんだろう、あくまでもボクの推測に過ぎないけれど。
「千桜さん、朱音さんはきっと……」
「はい。色々と手を使うかも知れませんわ」
生徒会長の朱音さん、嫌う人もいれば付いていく人も居る。どんな手を使って来るかはわからないが、できれば全うした方法で挑んでもらいたいと思う。それにしても千桜さんは誰を推薦するだろ、昨日から考えて居るけれど結局わからないままだ。
聞くのもなんだか変だし、やはり様子を見るしかないのかな。深い疑問を抱えたまま、ボクは千桜さんと別れ皆とクラスへ向かった。
また謎の視線を時々感じながら。




