2章 19話 操魔
馬車は村を出て領都へ移動を開始していた。
まだ舗装されていない道を馬車が進むことで、車輪から振動が伝わる。その振動は馬車の本体を伝わり、だが俺やシスの体には伝わらなかった。
移動中、ずっとシャドウウィップの操作の練習をしている。
俺とシスの体をシャドウウィップで少しだけ持ちあげ、馬車から伝わる振動を全て吸収させる。そういう操作をずっと行っているのだ。
これを考えたのはシス先生だった。シス先生は影魔法の練習をすると言いだした俺をスパルタでしごき始めた。手始めに、村を出てから次の休憩まで今やっていることを続けること。そう指示を飛ばした。
これくらいなら楽だと思っていたのが……数分後にはもうやめたい気持ちになってきた。この操作、本当に集中力がいる。
魔力を強く出しすぎればシャドウウィップは固くなってしまい振動を吸収しない。かといって弱すぎては石などに車輪が乗り上げたときの衝撃で座る部分が尻を打つ。よって常に意識を向け続けなければこの状態を維持できない。
シスはいつ取り出したのかわからないメガネをかけて俺の姿をじっと監視をしている。
やめてくれよほんと……。
なんとか続けること2時間、俺の集中力が限界に達する前に最初の休憩の時間がきた。
馬車旅の経験が少なそうな俺達を気遣って、御者が一回目の休憩を早めにとる計画を立ててくれていた。
「貴族様、大丈夫ですか?
道中、かなり揺れましたでしょう。
馬車酔いしましたでしょうか」
魔法の集中のために気を使っていたから、気づけば俺は汗をかいていた。自身の操作が悪く、馬車に酔わせてしまったのかと御者が勘違いして心配にそうにしていた。。
「体調不良ではない。
大丈夫だ」
御者はわかりました。とお茶の準備を始めてくれた。
本当に体調不良ではなかったから、あっさり引き上げてくれてよかった。
「サトル様。操魔と言うのは繊細なものなのです。
今まで魔力と言うものから疎遠だったサトル様は、
さぞ大変なことだろうと思います。
ただ、私が見る限りサトル様はやはり魔力の関連に
才能があります。
すぐ慣れることでしょう」
御者が出してくれたテーブルにうつ伏せになって倒れ込んでいる俺の後ろに立つシス。そう言うが、その言葉を信じることなどできなかった。
御者のお茶の準備ができたらしく、小さめの茶菓子とお茶が出てくる。お茶は薄く緑がかった液体が入っている。
「ハーブティーです。
疲労回復の効果があります」
御者は俺に気を使ってお茶の種類を選んでくれたらしい。
ハーブティーを口元に運ぶと柑橘系の香りがした。現代でも嗅いだことがある香りだ。
喉に流し込むと、爽やかさを感じて心無しか先ほどまでの汗も少し収まってきているような気もする。
心にもゆとりができたので、先ほどまでの影魔法の操作について考える。
何も考えずにとりあえずチャレンジし、魔力をある程度出したら固くなりすぎ、慌てて弱めたら今度は尻を打ち、と何度も繰り返してしまっていた。
これではただのON/OFF制御でしかない。仮にON/OFF制御だとしてももうちょっとやりようがあったよな。と振り返ってみて改めてわかる。
ではどうしたらいいか。最初に微弱に魔力を流し、ちょうどよさそうな頃合いの魔力量を知る。絶対にその魔力量を流す、なんてことは今はまだできないだろうから、大体それくらいと言うところを把握する。
後は、その魔力量と近いくらいの魔力を安定して流す。こうすれば、きっと……。
結構な時間考えていたらしい、休憩は終わりを告げた。この後はそうやってみよう、と思う。
十分に休憩も取ったので馬車の移動を再開する。
次の休みについて、数時間後に食事の時間です。と御者に告げられた。
再度馬車に入り、先ほどと同じようにシャドウウィップの練習を始める。
休憩中に考えたことを実施すると、最初のほうは微弱な魔力しか流れていないため、シャドウウィップがとても柔らかい。少しずつ強く流していくと、振動を完全に吸収できたところがあった。そして今度はだんだん固くなり、今度は振動を伝え易い固さになってしまう。
一回それを行ったことで、どれくらいの魔力量を流したらいいかがわかった。その量に近い魔力を流すと、シャドウウィップは振動を吸収し体に伝えないようになっていく。
今御者が馬車内に顔を出したらきっと驚くだろう。なぜなら、馬車全体は振動で揺れているが俺とシスの二人は微動だにせずに空中に浮かんでるように見えることになる。
その後の操魔の練習は順調に進み、尻を打ったり振動が伝わったりするとイヤな顔をしていたシスも、澄ました顔に笑顔が浮かぶ。俺のことを我がごとのように喜んでくれるシスだ、どうやら嬉しいと言うことが隠しきれないようだ。
次の食事休憩の時間が来る頃にはシャドウウィップの操魔は完璧になっており、御者も先ほどとの変わりように驚いていた。
「貴族様。何があったかはわかりませんが、
顔色がよさそうで何よりです」
そう言って御者は食事の準備を始めるのだった。
何事も理論的に考えてみるべし。と言うことですね。




