2章 16話 恋の相談
なんとなくエリスもヒロイン級の性格なのではなかろうか……と言う気がしてきた。
ヒルダはテーブルを挟んでエリスと向かい合い、お茶を飲んでいた。
「エリ姉って恋をしたことある?」
あまりに唐突な質問にエリスは口に少量含んだお茶を吹き出しそうになる。前かがみになってなんとか堪えた。そして、少し落ち着いてから喉に通した。
「と……突然どうしたんだ」
落ち着いたはずだったのだが、どうしてもどもってしまう。
しかしヒルダはそこを突いて何か言うつもりはないらしく、真面目に返答する。
「こんな話できるのって、エリ姉くらいだから。
ねえ、恋をしたことある?」
理由を説明した上で再度質問をするヒルダ。
自分の恋愛経験に自身がないエリスは、これは逃れられそうもないなと仕方なく答えることにする。
「もちろんあるぞ。あれはいつの頃だったか……」
右手の人差し指で、どこを指すでもなく動かしているエリス。
言葉が止まり、10秒ほどが経過する。
「エリ姉……ないんだね」
エリスの所作から察して恋愛経験がないことをヒルダが気づいた。
「うっ……すまん」
恋愛経験がなく、ヒルダの相談には乗ってやれない不甲斐なさに、エリスはテーブルに突っ伏してしまった。
いいよいいよ。と手を振ってエリスの姿勢を直させる。
「じゃあ、話だけでも聞いてよ」
そう言って、ヒルダは話を聞いてもらうことにした。
年齢は同じくらいなんだけどとても大人びた性格をしてる。よく喋るわけではないけど、会話をしているととても弾む。ミステリアスな雰囲気を持っていて、でも時々見せる笑顔が素敵で、会話をしていると親近感を持てる。
戦ったらきっとヒルダより弱いけど、不思議な強さのようなものを備えているように感じる。パッと見貴族のように見えるのだけど、知るに連れて貴族には思えないような自由さを感じる。けれど上級貴族のように思えることもある。
そんな話をエリスは聞いていたのだが、途中で一体何の話をしているのだろう。と思っていた。
先ほどから、正反対のことを毎回ヒルダが挙げていくのだ。
「ヒルダ、自分で何を話しているのかわかっているか?」
話の途中でエリスに遮られたヒルダは、言われたことの意味がわからなかった。
一体何を言っているんだろうと混乱するヒルダに、先ほど言われたことを説明口調で言いなおした。
すると、ヒルダは自身が話した意味不明なことに恥ずかしくなったようで、顔を赤くして俯いてしまった。
その姿を見てエリスは、これが恋すると言うことか。と理解することができた。
買い物と散歩を終えたので食事のために宿に戻ってきた。
先ほど買った商品をシャドウボックスから取り出しテーブルの上に置く。シスが空いた時間で服やバッグ,靴も作ってくれるらしい。
荷物を全て出し終えると、食事のために食堂に向かう。
帰ってきた時間が結構遅かったのもあって、食堂はすでに混み合っていた。
前回と同じ奥のテーブルにヒルダとレオンの姿もある。
店員に案内された椅子に座ると、シスは向かい側には座らずまたもや俺の後ろに控えるようにして立った。
今回も給仕をするつもりらしい。
店員が持ってきた皿を受け取り、俺の前に置く。
前回とは異なり、今回最初に来たのは粒が見てとれるトロっとした白いスープだった。
木のスプーンですくうと、すくった跡が若干残るのでドロっとしていると言った方が正しいかもしれない。
鼻を近づけるとミルクの香りと甘い香りがした。
口に入れて、そこでようやく正体がわかった。豆が入っている。細かく刻んだ甘い豆をミルクで煮込んで溶け込ませたものらしい。ポタージュスープの一歩手前と言ったところだろうか。
自然な甘さがとても心地よく、最初に食べるものとしては胃に優しい。
最初の料理だけで今日の料理も素晴らしい出来であることが推測できた。
結局、シスは皿を全て俺の前に置いてくれたので動く必要なく、料理を味わって食べることができて楽しい食事の時間が終わらせた。
後は夜に食堂でヒルダを会うのを待つだけだった。
ヒルダとレオンは食事が終わると部屋に戻った。
ヒルダはこの後少し経ってから昨日と同じように食堂に行くわけだが、昨日とは違って誤算があった。
それは、今日レオンが手紙を書いていないことだ。
昨日はレオンが父への手紙を一生懸命書いていたため、抜け出すが容易かった。しかし、今日はレオンには何も用がないので、出て行こうとしたらついてくるかもしれない。それを防ぐための理由が必要だった。
そんなことを考えているヒルダは部屋の中にいるのにそわそわしており、それを不審に思ったレオンに話しかけられてしまった。
「ヒルダ。どうしたんだ。落ち着きがないな」
まさか感情が行動にまで表れているとは思ってなかったヒルダは動揺してしまう。
「い、いええ……特に何もないんですけど……」
思わず言葉遣いまで変になってしまった。これではレオンに疑ってくださいと言っているようなものだ。
ヒルダはこれ以上ごまかしても意味がないと思い、素直に伝えてみた。
「実は、昨日ドアを開けた時に失礼した貴族の方と
少し話をする機会がありまして。
北方や王都とは違う話を聞けたのが楽しくて、
今日も話を聞くことができないかと思っていたのです」
若干嘘を交えてあるが、これを嘘と気づかれることはいないだろう。
レオンがそれを聞いてふむ。と顎を親指と人差し指で挟むようにして考え出した。
ドアを開けた時に失礼した者と言えば、同じフロアの奥の部屋に向かっていた。
この宿では無用な争いなどを避けるため、二階は貴族(上級),三階は商人や通常の貴族と決まっていると聞いていたレオンは、エリスが会った者が上級貴族か近い者だと言うことを知っていた。
ヒルダは"今日も"と言ったので、そもそもレオンが許可を出す前に一度会っているのだ。上級貴族と個別の友好を手に入れるとは、ヒルダが相手を見る目があったと言うことなのだろう。とレオンは感心した。
「わかった。遅くならないようにな」
それだけ言われた。
当のヒルダとしては、レオンが快く送り出してくれることに驚いてしまう。
だが、ここで更に不審な行動をしては逆効果かもしれないため、一生懸命表情を繕って食堂へ向かった。
階段を下りている最中に、昼間のことが思い出される。まず会ったら謝らなければならない。
でも、嫉妬に駆られてなどとは言えない。もし本当のことを言って、でも言い訳をしたら許してもらえるだろうか。
そんな気持ちで食堂に着くと、サトルは昨日と同じテーブルですでに酒を飲んでいた。
深く呼吸をし、気持ちを落ち着かせてから食堂に入る。
今日も食堂はそれほど人がいないため、入った瞬間サトルがこちらに気付いた。
軽く手を挙げて合図を送る。サトルも同様の仕草を返してきた。ヒルダが歩いてサトルのテーブルへ向かっていると、サトルの眉が少しだけ動く。どうかしたのだろうか。
サトルの向かい側の椅子に座ると、店員が慌てたようにテーブルにきてお酒をお飲みになられますかと聞いてきた。
そうだった。昨日は入口で店員が注文を聞いてくれたのだ。もしかすると先ほどは店員を無視してしまった形になったかもしれない。サトルの眉が動いたのはこれだ。
ヒルダは食堂の暗さが頬の朱みを隠してくれることを祈った。これはきっと神様に届いただろう。
サトルがそれに気づいていないことを神に感謝し今日も二人で会話を始めるのだった。
やばいです。
料理のネタが切れそうです。




