2章 3話 遺憾
翌日も俺は聖騎士を見ていた。
体力温存のためか必要最小限の動きしかしない。今も壁に背を預けて座り込んでいるだけだ。
時々体制を変えるために少しだけ動くので、死んではいないことだけはわかる。
聖騎士は相変わらず銀色の鎧を着てフードをかぶったままであった。
しかしこの日、聖騎士の疲労が限界に達し壁に寄りかかるのをやめて横になる姿を見ることになる。
ヒルダは精神的に限界に近い状態だった。聖騎士隊で活動する時は隊の全員が戦闘能力の高いメンバーで構成されているため、このような窮地に陥る事にはならないし、泥臭い野戦で苦労するような事もなかった。また聖騎士隊は上級貴族出身者が多数を占めるために、飢えるような生活とはほど遠い。
モンスターが住むダンジョンで、食べる物もなくひとり身を守りながら体力を確保すると言う状態を続けているだけでどんどん摩耗していき、たった1日しか経っていなかったが精神的に、体力的に限界だった。
壁に預けた背が徐々にずり落ち、背中が地面についた。ヒルダはすでに朦朧としており、気が付くと意識を手放していた。
正直驚いた。聖騎士はもっとタフだと思っていたから、まだ一日くらいは苦しませようと思っていた。しかし、すでに限界に達したようで失神してしまった。
失神するほどまで追いつめた。俺の考えでは、ここまですれば俺の中の感情に少しはケリがつくと思っていた。なのに、まだ聖騎士を外の世界に返すと言う選択ができない。心の中からもやもやとした気持ちが消えない。
これ以上、俺は一体どうしたら……。
そんな時、聖騎士が寝返りを打った。寝返りを打った瞬間、フードが後ろにズレて顔が明らかになった。
……とても可愛らしい顔をした少女だった。少女の頬は濡れていた。
俺の中の聖騎士イメージは、美男子,精神的にも体力的にも強い,どんな逆境もものともしない,とても強い存在。そう言うイメージの者にゴブリンロードを殺されたからこそ、一矢報いたい、追い詰めたいと思っていたのだ。俺の中の憎しみを、悲しみを、怒りを、解決できると思っていたのだ。
俺が感情をぶつけたい相手は、俺の思う強さを持っていないこの少女ではない……。
そこまで思って、ようやく気付けた。俺はとっくに一矢報いていたのだ。それどころか十分すぎるほど相手を追い詰めていたのだ。
俺は聖騎士を許すことにした。いや、俺には許す権利なんてない。ゴブリンロードのことは、チャラにすることにした。
ダンジョンマスター、モンスター達の王と言ってもおかしくないだろう。そんな俺が侵入者である聖騎士に情を感じて助けることにした。こんな不甲斐ない王を見て、あのゴブリンロードはなんて思うだろう。
なんて様だと、冥府で嘲笑っているだろうか。あいつは甘ちゃんだった、いつかは寝首をかかれるぞと一緒に消滅したゴブリン達と憎しみを俺にぶつけているだろうか。
いや、そんなことはないはずだ。俺にはとても優しかったロードだ、旦那らしいですね。と笑ってくれるに違いない。俺の頭の中には、そんなロードの顔が思い浮かぶようだった。
俺は聖騎士のいる部屋に転移した。続いてシスも転移してくる。
ダンジョンポイントを使って、ベッド、テーブル、イスを作成し、食事と下級ポーションをテーブルの上に置く。
「サトル様、よろしいのですか?
せっかく捕らえた聖騎士にそのようなことをして」
「ちょっと前まではロードを思い出すと、剣を胸に刺された時の
苦痛に歪んだ顔しか思い出せなかったんだ。
でも聖騎士を助けるって決めてから、俺の中のロードが笑ったんだ」
シスは、そうですか。とそれだけ返してくれた。そしてダンジョンマスターの部屋に転移していった。
俺はシスの行動を肯定と受け取り、もう一度聖騎士を見てからダンジョンマスターの部屋に転移した。
ヒルダは意識を戻した。だがまだ目は開けていない。
体中が痛い。右足が痛い。体の疲労も抜けていない。腹も空いた状態である。満身創痍であることがわかる。
がダンジョンの落とし穴に落ちたのだと言うことを思い出し、目を開けて地面に横たわっていた姿から、壁に背を預け直す。
寝ている間に涙を流してしまったようで、頬が濡れているのに気づくと急に恥ずかしい気持ちになって、辺りを見わたした。
その時、前まではなかったベッド,テーブル,イスがあるのが見えた。しかもテーブルの上には食事、水、ポーションまで置いてある。
これを見てヒルダは動揺せざるを得なかった。
まさか、落とし穴に落とした原因であるダンジョンがヒルダを助けようとしている? それとも殺すために罠にしかけようとしているのだろうか? 自問するが答えは出ない。
立ち上がり、テーブルの上の物を調べるべく近づく。
パンを手に取って半分に割り、匂いを嗅いでみる。パンは出来立てとはいかないがまだ温かみが残っている。出来てからそう時間は経っていないのだろう。また、匂いを嗅ぐ限りヒルダ達聖騎士が王都で普段から食べているのと同じ上質な小麦で作られていることもわかる。
毒かもしれないと言うことを理解した上で覚悟を決めて千切ったものを口に入れる。……とても美味しい。少なくともこのパンには毒は入ってはいなさそうだ。
次に木製のコップに入った水を見る。とても透き通っていた。
コップを手に取り匂いを嗅いでみるが無臭。なめるようにして少しだけ水を飲んでみるが、無味で刺激物が入っている様子も全くない。
最後にミルクスープだ。添えられた木のスプーンで深皿の中身をすくって口元に運ぶ。
牛乳のいい香りと具を炒めたのであろうバターの香りがする。思わず唾をゴクリと飲み込んだ。
そしてようやく口に入れる。美味しい。
毒が入っているかを確かめたはずなのに、先にそう思ってしまった。それほどまでにヒルダはお腹を空かせていて、料理も美味しかった。
そこからは、ヒルダは椅子に座って食事をとり始めた。
このダンジョンはヒルダを殺すためではなく、生かすためにこのようなものを準備したのだ。
意図はわからないが、生かすために用意されたのであれば残しても意味がない。全て食べてしまうことにした。
お腹は空いていたががっつかずに、上品な所作でスープを口に運び、パンを千切っては口に運ぶ。
全て食べ終えて一息つく。そしてテーブルに置かれたポーションに目を向ける。
食事に毒が入っていなかったことを考えると、このポーションも毒が入ってはいないだろう。
右足に履いたグリーブを脱ぐ、脱ぐ際にもズキと痛みが走った。右足は見事に腫れていた。
ポーションを手に取りおそるおそる右足にかける。まずは垂らすように少しだけかけると、少し痛みが和らぐのがわかった。その後、ポーションを全て右足にかける。
痛みはキレイになくなり、腫れも完全に収まった。下級ポーション程度のものだろう、十分な効果だった。
グリーブを履き直し、立ち上がって伸びをしたり捻ったりして体の凝りをほぐす。
椅子に座り直して改めてダンジョンについて考えた。
このダンジョンには意志がある。ヒルダの導き出した結論だ。
モンスターに戦略と言うものを教えて、徒党を組ませて戦わせることができるほどの知能も備えている。
訪れた冒険者を意図的に罠にはめ、しかし殺さない。ヒルダだけを狙って騎士や冒険者を逃がしたことと、ヒルダを助けるために食事やポーションを出したことがそれを裏付けている。もしかすると、善良と言ってもおかしくないダンジョンではないかとも考えられるのだが、1つだけ疑問が残る。ここに来る理由になった、冒険者を全滅させた件だ。
また、結論を出したがヒルダの知る限り意志をもったダンジョンなど聞いたことがない。
ではこのダンジョンはなんなのだろう? 考えてみても答えが出ない。
ダンジョンにヒルダを殺す意志がないのであれば、体力温存のためにずっと座っているような真似をする必要もない。壁に近づいて、ガントレットの甲で軽く叩いてみた。どこを叩いてもそこに空洞があるような反応はない。ここの部屋から繋がる場所は落とし穴だけのようだ。
ヒルダは決めた。一か八かダンジョンに問いかけてみることにした。
「ダンジョンよ! 我が問いに応えてくれ! 」




