1章 23話 急報
今回思ったより長くなりました。
出来は・・読んでからのお楽しみで。
レイアムにある領主の館には食堂が2つある。
1つは、上級貴族であるヴィズダム家の者とその客として招かれた者だけが使える食堂。
もう1つは、執事や護衛の騎士などが使う食堂である。
ヒルダは前者の食堂で久しぶりに家族と対面していた。
最初口を開いたのはヒルダの母であるフローラだ。
「ヒルダ、聖騎士としての活躍は聞いていますよ。
ヴィズダム家の者としてとても誇らしいです」
対面で食事をしている母に言われる。
母の名前はフローラ・ヴィズダム。1歩引いて夫を立てると言う行動を地で行っている人物で、姿が美しいことで有名なのだが、控えめな態度を見せていることで好感が持てることでも有名である。母は他家からの嫁入りで血族ではないため固有魔法が使えずアイスの名誉名を与えられていない。
母は北方の上級貴族であったが、魔法の剣や魔法の才能に恵まれず実家でも名誉名を与えられていなかった。
名誉名が与えられない悔しさで壊れてしまう者もたくさんいるが、フローラはそんなことを気にせずにとてもおしとやかに育った。ヴィムがそのフローラを見染めてヴィズダム家に嫁入りしたと言うわけだ。現在に至るまで夫婦の関係は良好で、そんな母親であるから家族への当たりもとても柔らかい。
騎士として頑張っていることが実家にまで知れ渡っていて、母に誉められたことをヒルダは素直に喜んでいた。
「ありがとうございます。お母さま。
しかし、私などまだまだです。各隊の
隊長の方が相手にもなれば足元にも及びません……」
笑顔で礼を言いつつ、自身の腕がまだまだであることを謙遜する。
「ヒルダ、それは謙遜が過ぎると言うものだよ。
ヒルダは直に17歳と言う年なのに対して、
他の隊長の方々は25は超えているだろう?
彼らが17の頃には副隊長にもなれては
いなかっただろうさ。
ヒルダは十分すぎるほど活躍しているよ」
母親の隣で食事をする兄がヒルダをそう言って窘める。
兄はレオン・ヴィズダム・アイス。ヴィズダム家の長男で領地の後継ぎ予定だ。
長身で美麗であるが、25歳で未だ独身。お見合いの話は常に上がっている。
父が大変健康的であることもあり、当主を引き継ぐ話は一切出ていないため、独身であってもまだ問題にはなっていなかった。
しかし、ヒルダは兄にフォローされても決して納得はできなかった。
「でもレオン兄様。
同じく17歳の頃には隊長になっていた方も
いるのですから、そう言われてもどういう顔を
したらいいかわかりません」
ヒルダのにっこりとした笑顔にレオンは苦笑した。
先ほどレオンはヒルダに隊長の方々は25を超えているだろうと言ったが、そこに当てはまらない人物がいる。最近で言えば、ヒルダが慕っているエリス。
そして、現聖騎士団団長であるグリフ。最後に目の前にいるレオン。
レオンは当時17歳で隊長の地位にあり、グリフのライバルとして有名だった。
「レオンは今や我が領の最高の騎士。
王国の聖騎士団団長にも負けず劣らずの
腕であることは間違いない。
ヒルダはそのレオンに褒められているのだから、
もっと喜びなさい」
ヴィムにそう言われる。ヴィムは普段親バカだが、真面目になるときはこういう話も当然できる。こういう時のヴィムはとても尊敬に値する。
「わかりましたお父様。
レオン兄様ありがとうございます。
では、私の成長した腕前を見ていただきたいので、
後程剣の稽古をつけて頂けますよね?」
「そう来たか。じゃあ、食後の腹ごなしに
庭で少しやろうか。食後1時間ほどたったら、
庭で待っているよ。武器と防具はこちらで準備
するから、運動する格好だけしてきたらいいよ」
レオンはそう言うと笑顔を向けてきた。ヒルダは心の中でガッツポーズをする。
聖騎士団の団長と同格の人に剣の稽古をつけてもらえるのだ。
団長は何を考えているのかわからないし、あまり喋らないため話かけ難い。
その上、隊長クラスの者以外が声をかけようとすると周りの視線が冷たい。
そこで今まで黙っていたローザが食事をする手を止めて話しかけてきた。
顔はヒルダには向いてはいなかった。
「ヒルダ、剣の稽古もよいのだけど
魔法はどうなっているの?」
ローザが口を開いた途端、ヒルダは冷や汗が流れるのを感じた。
ヒルダはローザが苦手だった。ローザは生まれながらに魔力が異様に高い。
領内ではダントツであり、国内最強との呼び声も高い。異様に高い魔力を持ちながらその魔力操作も高いローザにとって、剣と言うのは必要のないものだった。
なので、剣の稽古をないがしろにしがちだったのだ。
「ローザ姉様、魔法の訓練は聖騎士団ではあまり
行われないため、剣ほどは出来ていません。
申し訳ありません。」
ヒルダは一気に暗い気持ちになる。
ローザに謝ると、そう。とそれ以上何も言われなかった。ローザの顔は非常に美しいのだが、無表情であるため言葉の真意を読み取ることが難しい。
「たまの家族での団らんだ。ローザもあんまり
きついことを言うでもない。
お前はただでさえ、周りの者と仲があまり
よくないのだ。家族の中にまで確執を
作るような真似はしてくれるなよ」
ヴィムがフォローしてくれる。
しかしそれを言われたローザは、
「すいませんお父様。では私は食事が
終わりましたので退席させて頂きます」
そう言って席を立って出て行ってしまった。
「ローザももうちょっと気軽な話ができると
良いんだけど」
ローザがいなくなったドアを見つめながらレオンがそう言った。
そこで、雰囲気を変えるためにヴィムが話を変える。
「ところでヒルダ、聞いているだろうが
この後お前の17歳の誕生パーティに着る
ドレスを新調にしに行くぞ。
食後に少し休憩したら、使用人に呼びに行かせるから、
館の前に来なさい」
今回の帰郷のメインの用事であるドレスの新調の話をされる。
ヒルダはドレスがあまり好きではないため、どうしてもこの手の話にはあまりいい反応ができない。
「わかりましたお父様。
服装はこのままでも大丈夫ですか?」
「問題ないぞ!お前は何を着てもとても可愛いが、
やはり最高の物を用意する必要がある!
金に糸目はつけんから安心しなさい!」
どこかでスイッチが入ったらしく、ヴィムの親バカがさく裂した。
それを隣で見ていたフローラが、まああなたったら。と笑っている。
子供の頃から見慣れているがこの夫婦関係は大人になってから見ると改めて異質であった。
隣のレオンはもうそれを見てはおらず、食事を終えてお茶を飲んでいた。
話に夢中になっていて食事が遅れており、マナーを逸脱することはない程度に急いで進める。
その最中も夫婦はイチャイチャしていたので、話す必要がなく安心して食事に専念できた。
食後のお茶まで済ませたヒルダは一旦部屋に戻った。
この後外出の用事があるため、少しだけゆっくりした。ドレスは苦手だが、どうせ着るなら可愛い自分にしたいと思っているのだ。ヒルダもやはり女の子なのである。
鏡を見ながら、自身に似合うドレスとはどのようなものかを考える。
ヒルダはまだ若いため、豪華絢爛を表現したようなドレスは似合わないだろう。
であれば、若く清楚さを引き出すような淡色のドレスがいいのではないか。
そう頭の中で想像しながら鏡の前で背中を映したり向き直ったりを繰り返しいると、ドアを叩く音がした。
「ヒルダお嬢様。
外出の準備が出来ましたので、
館の前までお越しください」
執事の声だった。ヒルダは鏡の前で身だしなみを少しだけ整えると、ドアを開けて玄関へ向かった。
服飾の店に向かう馬車の中は父母と三人だった。
目の前に座った母から、前年の誕生パーティに来た貴族の中から何人かと見合いをさせる話をされる。
ヒルダは断る道がないことを知っており、はいとだけ呟いた。
父はお見合いを進めているのだが、大好きな娘を手放したくない思いも持ち合わせているからか、拳を強く握って何かに耐えるような顔をしていた。
馬車が止まったので、外を見ると高級そうな外観の建物があった。
領内では最も有名な服飾店である。北の領都ではヴィズダム家御用達のようになっていることでも有名だ。
馬車を降りたヴィムが店に入ると、店主らしき人物が恭しく頭を下げてきた。
「いらっしゃいませ領主様」
「うむ。前から伝えている娘の誕生パーティの
ために新調するドレスを見に来た」
そう言うとヴィムはずかずかと奥に入っていった。店主がそれに続く。
勝手知ったる他人の家のようなふるまいである。
ヒルダとフローラも続いて店に入る。
店に入ると、女性店員が二人採寸用の道具を手に持って待っていた。
「まず採寸させて頂きます。
別の部屋で採寸致しますので、こちらへどうぞ」
店主に案内させられるがままに別の部屋にヒルダが向かうと、女性の店員に服を脱いでくださいと言われた。
部屋には女性店員と自分しかいないため、安心して服を脱ぐ。
脱ぎ終わると、店員が失礼します。と言い採寸を開始した。されるがままにしていたが、これには大変時間がかかった。
何しろ、二人の女性店員がそれぞれ2回ずつ測るのだ。きっと、測定誤差がないように再確認をしているのだろうが、やられる側の身としてはとても大変であったのだ。
しかもそれを全身である。ここは服だけでなくアクセサリーや靴に対してもデザインや作成を行えるだった。
1時間近く動かずに立ちっぱなしの作業で、お疲れ様でした。と言われた頃にはへとへとになっていた。
採寸を終えたので戻ると、次は柄を見るためかテーブルにいくつかの布が置かれていた。
「おお、終わったかヒルダ。
今、柄をどうするかを考えていてな。
参考にいくつか布を出してもらったのだ。
ここから選んでもいいが、この布をベースにして
変更することも可能だぞ。気に入った物はあるか?」
ヴィムが近寄ってきてそう告げる。
並べられた布を見ると、まず派手なものがないことに安心する。
ヒルダの意見同様、派手なドレスはまだ似合わないと下げてもらったのだろう。
置いてあるものを見た中で、比較的地味目のドレスが気に入ったのでそれをヴィムに伝える。
「これが気に入ったのか……。
しかし、これはちょっと地味すぎやしないか。
これではヒルダの有り余る可愛さを伝えきれないではないか」
そう言ってぐぬぬとヴィムはなっていた。
親バカまたもさく裂である。ヒルダは先ほどの採寸でかなり疲れてしまったため、柄にはもうそこまでこだわる気はなかった。しかし、結局その後もこれでもないあれでもないとヒルダそっちの気で父母と店主が話してして、決まらなかった。
時間もかなり過ぎていたため、店主からの提案で新しいデザインをいくつか館に持っていくことに決まった。
ヴィムもそれに満足し納得し、館に戻ることになる。
「それにしてもなかなか決まらないものだな。
ヒルダに早く戻ってきてもらって正解だった。
この様子では後2・3回は行かねばならんからな!」
帰りの馬車の中でそう言うヴィムに、ヒルダは呆れながら勘弁してほしいと思った。子供の誕生パーティと言うのは、子供のためだけではなく領主の権勢を示すことも含まれており、それ故に親のほうが本気になることも多い。
本日は無事用事も終わってヒルダは喜んでいた。何しろこの後はレオンとの剣の稽古なのだ。その時間を減らすわけにはいかない。
部屋に戻るとヒルダは早速訓練着に着替えた。
兄との訓練は楽しみであり、心が体より先に行ってしまうようだった。
庭に行くとレオンと領内の騎士が10人ほどいた。
「お帰りヒルダ。準備は出来てるみたいだね」
そう言うと、木剣を投げてきた。木剣はバスタードソードくらいの大きさだ。
受け取ったヒルダはそれを両手で正眼に構える。
それを見た上でレオンは左手を前にして横向きになる。腕は下に向けていた。
少しの沈黙の後、ヒルダが気合をいれてレオンに斬りかかる。
レオンは初動からそれを見切っていたのかヒルダが振りかぶっている時にはすでに剣の前からズレている。
ヒルダとレオンの剣の稽古は、レオンに手を出させることができるかが重要となる。レオンは基本手を出さずに、ヒルダの剣をひたすら躱すだけである。
「せいっ」
更にヒルダは気合と共に剣を横に振るうが、レオンは巧みに距離を空けてかわす。
そこから突きをみまうが、今度は左足を軸にして回るようにしてかわす。
「はい、一回」
ここでレオンが声をあげる。
レオンの言う一回とは、これが戦だったら今死んだよ。と言う意味で、それが稽古中に一回起きたことを示しているのである。
実際ヒルダの突きは避けられた時に流れて、態勢が崩れていた。そこは、相手に避けられることも踏まえてけん制程度に抑えないといけなかったのだ。
ヒルダは悔しさに若干顔を歪めながら、体制を戻す。
レオンも最初と同じような横向きの姿勢になり、また剣の稽古が続けられる。
その後も何度も避けられ、レオンに死んだことを告げられることが繰り返された。
このままでは拉致があかないと思ったヒルダは、他人が使っていたフェイントを使うことにする。
まず最初に両手で持ったバスタードソードを"わざと"大きく振るった。これは相手に剣の射程をわかりやすく把握させるためである。レオンは当然それを避ける。
何度か行うことで、熟練者のレオンにそれを避けるのは容易であると思わせる。それを見たヒルダは、次に剣の柄を持つ位置を左手だけズラして、先端の方を持つ。振るう瞬間に右手も左手に近い位置に持ち替え、今度は斜めに袈裟斬りを打ち込む。
レオンはそれを避けようとして体を動かしたが、今までの打ち込みとは違うことに気付き、左手に持った木剣で受け止めた。
その瞬間、ずっと見守っていた騎士たちから感嘆の声が上がる。
団長に手を出させたぞ、と言う驚きである。
「やるねヒルダ。本当に腕を上げた。
これなら、20歳になる前には隊長だ」
ヒルダにちょっとだけしてやられたレオンは素直に誉める。
柄を長く持ったことで振りが遅くなったことに気付かなければ、今よりもう少し危なかったのだ。
「ありがとうございます、レオン兄様。
でも、これだけ剣を振らされたので
もうへとへとです……」
ヒルダはそう言うと、脱力する。緊張のしっぱなしでもあったのだ。
「さっきのは誰から教えてもらったのかは
わからないけど、とてもいいね。
相手の剣の技術が高ければ高いほど有効だろう。
柄を長く持ったことで、剣の振りが遅くなったことを
相手に気づかれなければ、もっといいね」
そう言って改善点を教えてくれた。
稽古も終わったので、近くで見ていた騎士たちも近寄ってきて、その若さでその剣の腕前は素晴らしいです。等と言われていると、館の入口の方から領都の兵士が駆けつけてきた。
全員が何事かと思ってそちらを見ていると、兵士がレオンに近づいてきて言った。
「鉱山との中間の村近くに、ダンジョンが発生しました!
中級クラスの冒険者1パーティが調査に出向きましたが、
全滅とのことです!」
中級のどの程度かはわからないが、1パーティが全滅したとなれば次に調査に行くのは中級の中~上クラスが複数パーティ必要になるのだ。
そんなダンジョンが近くにできたことにより、レオンやヒルダを含め、全員が何も言えずに止まってしまっていた。
前話で、グリフとエリスが使っていたのは剣の刃なしのもので、今回ヒルダとレオンが使っていたのが木剣だったのには若干の理由をつけているつもりです。
グリフとエリスのは戦のための練習であるため、本物に近いものを。
ヒルダとレオンは、あくまで剣の稽古(技術を見るだけ)なので、木剣を使ったと言う風です。仕事ではなく、プライベートであることも兼ねています。




