1章 22話 帰領その2
ヒロインのストーリーの2話目です。
ヒロインのストーリーはもうちょっとだけ続くんじゃ。
翌日、朝食を食べた後お湯を部屋に運んでもらった。
領都レイアムに着くのは1日後だが、今日は野営になる。
ゆっくり体や髪の毛を洗うことができるのは今日だけなのだ。
時間をかけてしっかりと準備したヒルダは、トランクを宿屋の前に来ている馬車まで運んでもらい、自身は宿屋の店主に挨拶をしていた。
「ヒルダ様、行ってらっしゃいませ。
王都に戻られる際には、是非また我が宿をご利用下さい」
店主が頭を下げると、ヒルダはお礼を言って宿を出た。
宿の外に来ている馬車に乗り込む。また馬車の旅が始まる。
王都からレイアムまでは距離にして約200km。ちょうどその中間あたりに先ほど泊まった村がある。
100kmと言う距離は1日で着くには遠く2日で着くには短いと言った距離で、結果200kmだと片道で4日かかるのだ。
子供の頃から幾度となくこの道の往復を経験しているヒルダには、この2日は長いとは感じなかった。子供の頃は、手持無沙汰でお転婆をして怒られたりもしたが今は馬車内で時間を潰すものを持ち込んでいるので問題ない。
エリスから借りた小説は2冊目を終えた。
2冊目の内容は1冊目の続きで、愛の逃避行をした二人が色んな苦難を乗り越えながら過ごしていくものだ。貴族である主人公の女性は庶民の暮らしに驚きの連続で、その暮らしに慣れつつも完全には馴染み切れずに男と衝突を繰り返す。ケンカの度に、恋人である旅人の優しい言葉で仲を取り戻す。と言ったものだった。
「私も、貴族じゃない恋人が欲しいな……」
ついたため息が大きかったのか御者に聞こえたらしく、疲れましたか?早いですが、休憩しますか?と聞かれてしまう。
思わず顔を赤くして、大丈夫です、計画通りにお願いします。と言うと御者は前を向きそれ以上何も聞かれなかった。
レイアムに近づくに連れ小説を読むのが止まり、家族のことを思い出すことがある。
ヒルダの家族は、父,母,兄,姉(長女),姉(次女)の6人家族である。
但し、次女はもう嫁いでいるためほとんど家には帰らない。
昔から家族の中は良好で、特に父の娘愛は苛烈である。兄には厳しく当たっているらしく、子供の頃から剣術を師事させ兄の生傷が絶えなかったのを覚えている。
その反面、誉めることについては人一倍大きく、愛情をもって育てられた兄は今では父を越えて領で一番の剣士になって、領内の騎士団を纏める立場にあった。その兄は自分にとても優しく、帰って挨拶をすると頭をなででお帰りと言ってくれるのだ。とても自慢の兄である。
二人の姉とは、子供の頃から上手く話ができていない。長女は剣の腕を磨く必要がないほどの卓越した魔法使いだ。剣に重きを置いているヒルダとは相性が悪い。次女については戦闘とは皆無の生活をしていたためこれまたヒルダとは合わなかった。
家族のことを考えながら、休憩を挟むこと数度。日も落ちたので野営をすることになった。
食事は御者が準備をしてくれ、朝村で買ったパンを温め、ベーコンを火で炙り、野菜などを煮込んだものを出してくれる。
御者は料理に関してもある程度精通しており、野営の度に毎回異なる料理を出してくれるため、食事に飽きることもない。
そして食事をしてから寝るまでの間、世間話をするのだ。御者に話をねだるような形になるのだが、御者は王都から各方面に行った経験もかなりあり、ヒルダが知らない地方の話をしてくれたときには、初めて聞くことに驚き感嘆の声を上げた。
翌日、幌馬車の中で目覚めたヒルダは騎士団の礼服に着替えた。
これは鎧を着ない状態での騎士の正装であり、礼服は男女とも同じ物である。
聖騎士団の所属となっているヒルダは、帰郷の際は聖騎士団から戻った。と言う体であることが大事で、このように着替えないといけないのだった。
馬車が出発し、一度だけ休憩を挟んで昼前には領都レイアムに着いた。
領都に近づくと、事前に今日着くことを告げてあったため、出迎えの者がいた。
「ヒルダお嬢様。お帰りなさいませ。
こちらの馬車にお乗り換え下さい。」
恭しく頭を下げるのは、ヴィズダム家に仕える執事だった。
馬車を乗り換える際に、御者に十分なほどにお礼を言った。代金はすでに王都で支払い済であるが、この旅を有意義に過ごせたお礼をヒルダは言わずにはいられなかった。
ヒルダが馬車に乗り込むと、向かいに座った執事より早速今日の予定を告げられる。
「帰ってきてすぐで申し訳ありませんが、
お館様より予定を組まれております。
まずは部屋に戻ってお着換え下さい。
その後、しばし親方様の部屋で会話を
して頂きます。
夕食までの間に、領内の服飾屋に行きまして
半年後に控える誕生日に着るドレス作成の
ための採寸をします。
その後は館の食堂にて家族そろっての
食事となります。以上ですが、何か
ご質問はありますか?」
「いいえ、何もないわ。ありがとう。」
ヒルダはそれだけ告げた。
本来であれば、いろいろ質問したいところなのだが、何をしても父が出張ってきて予定通りにはいかなくなるのだ。
聞いたことが無駄になるのがわかっていたため、あきらめていた。
街中を通る馬車から外を眺めると、レイアムは大通りは全て石が敷き詰められている。馬車2台が余裕で並べるほどの広さの通りは、とても賑わっていた。
ヒルダが乗っている馬車がアイス家の馬車であるのは都中の事実であるため、顔を出したヒルダに手を振る者や頭を下げて挨拶をする者がとても多くいた。
馬車は領都の真ん中にあるウィズダム家の館に入っていった。
館に入ると、広い庭を通って館の前で止まる。
ヒルダが馬車を降りると、玄関の方から父が駆けつけてくるのがわかる。
「ヒルダアアアアアアア!!我が娘よ!!!!」
そう言うと、手を広げてヒルダを抱きしめてこようとする。
咄嗟にヒルダは両手を父との間に割り込ませた。
「会いたかったぞ!元気にしていたか!
ウィンドの小僧に何かされてないか!」
ヒルダを抱きしめながら父ヴィムがそう言う。心配してくれるのは有難いが、聖騎士団の団長に何かされるなどありえない。それでもそんなことを心配してしまうほど、娘バカであるのがとてもわかる。
しかし、こういった父の態度を見てようやく実家に帰ってきたんだな、と安心できるヒルダであった。
馬車の表現って難しいです・・・。




