1章 20話 聖騎士
ここでようやくメインヒロイン登場です!
本当はもっと後になりそうだったのを頑張って前に持ってきました。
ここは王都ホーリィセントラル。王国名で、かつ王都の名前でもある。人族最大の都にして現王エドワード・ヴァイス・ホーリィのお膝元として栄えている。
王都には4種類の治安部隊がある。王都全体の治安維持を任されている王国兵士、王城の治安維持を任されている騎士団、王族の警護を任されている近衛騎士団、そして王国全体の治安維持を任されている聖騎士団の4つ。
王城の裏手には聖騎士団詰め所と言う名の訓練場があり、そこで二人の聖騎士が剣を交わしていた。
一人は聖騎士団団長のグリフ・コーネル・ウィンド、この国最高の騎士と呼ばれている。さも美男と言う感じで、長身で緑色の髪の毛を後ろに流している。
刃を潰したバスタードソードを片手で軽々と扱っており、その剣捌きはとても流麗である。
もう一人は聖騎士団第1部隊の隊長を任されているエリス・アンバー・ソイル。先日行われた騎士団統一戦と言うトーナメント戦で3つの騎士団の中でベスト8に入ったと言う猛者である。
グリフほどではないが女性にしては長身で、背中まで伸ばされた金色の髪を纏めて後ろで縛っていた。こちらも刃の潰れたバスタードソードを使用しているが、片手で持つには力が足りないのか両手で持っている。
剣の太刀筋は鋭いが、力任せのところがありそこをグリフに良い様に捌かれてしまっていた。
エリスはグリフの防御を一度も崩せずにいて、苦し紛れに渾身の力を込めた一撃を振るったが、グリフには剣撃を受け止めてもらえず、剣の腹を滑らせて受け流される。流された剣は激しく地面にたたきつけられ、エリスが大きく態勢を崩したところでグリフがエリスの首筋に剣を当てた。
「今日はこれで訓練は終わりだ」
グリフは態勢を崩して地面に倒れ込んだエリスにそう言うと、そのまま訓練所を出て行ってしまった。その姿からは疲れが全く見られない。二人の差はそれほどのものだった。
一方エリスは疲労のあまり立ち上がれないでいた。
もっとも、エリスだからこそこの程度で済んでいるのも事実だ。
「聖騎士団副団長を倒したその腕も、団長からしたら
赤子のようなものね」
倒れたままのエリスに少女が近づき、手に持っていたタオルを差し出しす。
「やめろヒルダ。
副団長の凄さは剣の試合で評価できるものではない。
それは貴公も知っているだろう。
それにしても、団長はどれほど遠いところにいるのだ……」
少女から受け取ったタオルで汗をぬぐいながら、自身とグリフの実力差にため息をついていた。
少し青み掛かかった銀髪を持つこの少女は、ヒルダ・ウィズダム・アイスと言う。顔には幼さが残るが、今年17歳になるのであり後1年経てばこの国では立派な成人だ。
エリスを姉の様に慕っているが、また悪戯好きなのが抜けきっていないらしく、茶目っ気たっぷりで微笑んでいた。
エリスが立ち上がると、ヒルダとは頭半分ほどの身長差があった。
「ところでヒルダ、私はこれから水浴びに行くが一緒に行くか?」
「隊長、私は先に浴びてましたので今回は
遠慮させてもらいます。後で用事がありますので、
部屋に戻られたくらいの時間に伺いますね」
既に水浴びを済ませたと言うヒルダの髪は少し濡れていた。
公務の関係の時はエリスを隊長と呼ばれている。そこに気付き、何か仕事関連で話があるのだろうと思ったエリスは、わかった。じゃあまた後でな。と一人で水浴びに向かうのだった。
エリスが水浴びをしている頃、ヒルダは部屋で時間を潰していた。
ヒルダはエリスの隊の副隊長であり、騎士団でもあまり多くない女性騎士と言うこともあってエリスt仲が良かった。プライベートの時はエリ姉と呼んでいるが公私は分けているため、公務では隊長と呼びエリスからも副隊長と呼ばれている。
「それにしてもエリ姉、戦う姿もかっこよかったなあ……」
グリフとエリスの訓練をこっそり見ていたヒルダは、戦うエリスの姿を思い出していた。力強く戦うエリスの姿はヒルダだけではなく、女性騎士全員の憧れと言っても間違いない。
ヒルダは15歳の時にレイアムの領主ヴィム・ウィズダム・アイスにより、聖騎士団に入らされた。幼くして剣技の才能を見出されたヒルダは、聖騎士団に入るなりメキメキと力をつけ今や副隊長と言う肩書を持つ。ヒルダが副隊長になれたのも、当時の副隊長で目を付けて可愛がってくれたエリスのおかげでもあった。
なお、名誉名持ちのヒルダやアイス、グリフが騎士団に所属しているのは、多くの貴族が嗜みとして若い頃から騎士団入りするからである。
当然実力をつけることが目的であるが、他領の貴族との顔繋ぎをする理由にもなっていて所属するタイミングによっては王族とも繋がることもあると言う、とても大事な人生のイベントなのだ。
時間もそこそこ経ってエリスが部屋に戻っていると思い、部屋を出る。
訓練の後のヒルダの姿は、聖騎士団から付与されている騎士剣を帯剣してはいるものの、シャツの上にカーディガンのようなものを羽織り、下はショートパンツと言ったかわいらしい姿である。
部屋の前でドアを叩き、副隊長のヒルダです。と伝えると中から入れと言う声が聞こえる。
ドアを少し開て失礼しますと告げて中に入ると、上半身裸でタオルを肩に掛けたエリスの姿があった。
「ちょっと!エリ姉!
服を着てよ!」
ヒルダの顔が少し赤くなり、服を着ろとエリスに言ってもエリスには取り合ってもらえない。
「お前と私の中じゃないか。他の誰が見ているものでもあるまい」
困ったヒルダは、エリスが言われると弱いところをつくことにした。
「愛しのお兄様に笑われますよ?
訓練所で上半身裸で歩いていたなんて」
そう言われたエリスは急に焦ったように
「そ、それはまずい!ちょっと服を着るから待っておけ!
絶対に誰にも言いふらすなよ!」
と言い、急いで服を着る。
エリスは男勝りな性格であるが、こと兄のこととなると急に奥ゆかしい女性になる。兄には子供の頃からずっと可愛がってもらっていて今もなお大好きなのである。
服を着終わったエリスは、ヒルダに向き直って今日の面会の理由を聞いた。
「で、今日はどんな用なのだ?」
「今度の長期監査の前に、10日ほど帰省させて頂けませんか。
父が帰って来いとうるさくて……」
ヒルダが申し訳なさそうに話をする。実はヒルダは曖昧に話しているが、仲の良いエリスにさえ言いずらい理由があったのだ。
「それは17歳の誕生日を祝うのためのドレスの準備が
あると言ったところか。
ヒルダの誕生日は半年先だと言うのに、ウィズダム公は
随分とせっかちなことだな」
ヒルダが言いずらそうにしている理由をエリスが見抜いて口に出す。
エリスが見抜けたのは彼女自身がヒルダと同じ頃に同様のことがあったからなのだ。着たくもないドレスを着させられ、多くの貴族やその息子に挨拶され、手にキスまでする者もいたこともあり、その思い出がよみがえってきたのかエリスは若干嫌そうな顔をしていた。
ただ、ヒルダの父親であるウィズダム公が娘を溺愛していると言うことだけは少々異なる。溺愛は周知の事実なのだが、ヒルダはそれが恥ずかしくてたまらないのだ。
「はい……その通りです……」
ヒルダは恥ずかしくて顔を赤してしまい、下げた顔を上げられない。
「わかった。10日と言わず20日でも行ってこい。
きっと、見合い話もあるだろう。
向こうで合流した時には、是非その辺りの話も
聞かせてくれ」
エリスがからかいながら帰省を許可すると、ヒルダは顔を上げずにありがたく頂戴します。と言った。その後食堂で、見合いも含めて更にからかわれたのは言うまでもない。
なお、ヒルダはからかわれ過ぎて若干怒ってしまい、仕返しにエリスのブラコンネタを周りに吹聴していた。
このやり取りは、聖騎士団では名物となっており美人なエリスと可愛いヒルダのそのやり取りを見るのが独身騎士の癒しとなっていた。




