3章 5話 ヒルダの帰還5
「はぁ……満を持して送り出したと言うのに……」
ダンジョンに戻ると、シスが真っ先に成果を聞いてきた。その結果がこれだ。
言われる理由もわかってしまうため、何も言い返すことができない。
「サトル様はセルマ・ノルディーンを倒せるくらいの
実力を持っているんですから、自信過剰になっても
いいくらいなのですけどね」
そうフォローもしてくれたが、実際には何も言えずにヒルダの背中を見送ってしまったことを思い出すと自身に問題があるとしか思えず、前向きになどなれなかった。
「サトル様、まだチャンスがあります。
あなたにはこの世界の者が持っていない能力があります。
あの小娘の誕生日、すぐなのですよね?
誘いましょう、ダンジョンに」
「ダンジョンに?
誘ってどうするんだ? 来てくれたとして、
ダンジョンで一緒にモンスターと戦うのか?
それが何の役に立つって言うんだ」
言ってしまった後で発言が卑屈すぎることに気づいた。しかし口から出た言葉は二度と口の中には戻せない。
「サトル様はダンジョンマスターでありますが、
このダンジョンの全てを理解してはおりません。
よって、このサポートシステムたる私が
『今回は』全力を尽くし、サポートさせて頂きます」
『今回は』のところがあからさまに強調されていて、むしろ今までは全力じゃなかったのかよと思うが黙って見過ごすことにした。
今は何よりシスのサポートがありがたい。
「つまり、今回のことを挽回できる作戦があるんだな?」
そう俺が聞くと、シスがあまり出さない笑顔を向けた。
「はっきり言いましょう。
この世界のどんな女性でも落とす自信があります」
あまりにおそろしい言葉をしれっと言う。シスの言葉に恐怖を感じなくもないが、逆に今はそれが救いに感じられる。
俺がその救いの手を取ってしまったのは仕方ないと思いたい。
そして、そのシスの言うこの世界のどんな女性でも落ちる策にかかった人物が結果的にヒルダだけではなかったことに気づくのは後の話……。
ところ変わって領城のヒルダの部屋。
「ヒルダ様、本日はお見合いお疲れ様でした。
明日も午前に2件,午後に2件入っております。
朝食時に、ヴィム様が今日の感触をお聞きになると
思いますので、今のうちに答えを考えておいてください」
お見合い時に着ていたドレスを侍女が脱がし、機械的に明日の説明をするとそのまま出て行った。
ヒルダはすぐにベッドに突っ伏して、枕に顔を埋める。
「もうヤダ……」
何が嫌なのか。そこに具体性はない。従者の長の話に対しサトルが婚約者であることを主張してくれるかもしれないと思ったのは事実だ。
しかし、サトルと自分は恋人と言う関係でさえない。そこをサトルに期待すると言うのはおかしいわけだし、サトルに婚約者だと言い出すような情熱を求めるのも無理があった。
わかっている。わかっているのだが、うまく感情の整理ができない。自分がただわがままを言っているだけなのかもしれないとも思う。だけど、素直になれなかった。あの時サトルを見るだけではなく、助けてと声を出せていたら違ったかもしれない。
自分への言い訳を何度も考え、そしてその言い訳を更に自身で否定すると言う、意味のないことを繰り返していた。
何度目だろうか、もう自分への言い訳にも飽きてきて、窓の外を見るために体を回転させてベッドに横たわった。
窓の外はもう暗く篝火だけが明るく見えた。何も考えずに窓の外をじっと見ていると、闇がそのまま形どったかのように空間に浮かび上がった。
「ダークストーカー! サトル?!」
浮かび上がったのは、王都でエリスと一緒に襲撃を受けたダークストーカーだった。つまり、サトルだ。
ヒルダの部屋は領城の三階にある。いくらなんでもそこに浮いていられるはずがない。
窓に駆け寄り急いで開ける。
「何やってるの! 早く入って!」
ダークストーカーは北領では指名手配されている。決して捕まるようなことはないだろうが、騒ぎになっても困る。
「やぁ、ヒルダ」
頭部分のみ闇を解いたサトルが開けられた窓から入ってくる。サトルの体には黒い蔓のようなものが巻き付いていて、浮いていたわけではなくあの魔法で自身の体をこの階層まで持ち上げていたらしいことがわかった。だとしても異常すぎる魔法なのだけれども。
「実は、招待状を持ってきたんだ」
どこから取り出したのかわからない招待状がサトルの右手にあった。縁に金の刺繍までしてあって、公爵家の大層な催しのお誘いにしか思えないほどだ。
「え? 何の招待状?」
急な展開についていけず、ヒルダは招待状を受け取るでもなくそのまま立っていることしかできない。
「それは、当日までの内緒。
ヒルダの誕生日の前日、今と同じ時間にこうして迎えに来るから」
サトルは強引にヒルダの手を掴み、招待状を持たせるとすぐに全身を闇に包み、窓の外へ飛び出た。
ヒルダもすぐに追って窓から乗り出すようにして外を見るが、もうサトルの姿を見つけることはできなかった。
「ヒルダ、お見合いに身が入っていないようだな。
苦情がきているぞ」
朝食でヴィムから直接言われる。確かに、ここ数日のお見合いではぼーっとしていたことも多かった。
「お父様、私」
「わかっていると思うが、恋愛結婚なんてできると思うなよ。
貴族の娘は皆そうやって生きてきているんだ」
ヴィムに途中で遮られ、何も言えなくなってしまう。サトルに会うまでは、家柄を保つだけの結婚も仕方ないと思っていた。きっと、変な人と結婚することはないだろう。それでいいやと諦めていた自分がいると思う。
だがサトルに出会って未知の体験をし、そしてこれからもずっとドキドキさせてくれると言う期待を持ってからは、もう他の人間ではダメだと思うようになってしまった。
夜にサトルが会いに来てからはその想いがもっと強くなったように思える。
「食事を終えたら早速着替えるんだ。
もう先方も待っているからな。
ああ、そう言えば先日サイズ合わせしたドレスも届いたぞ。
後で着なおして、サイズ調整しておけ」
ヴィムは食事を終えてさっさと行ってしまった。
レオンやローザも食事の席にはいたが、一言も話すことなくまだ食事を続けている。
二人とも貴族の役目と言うものがわかっているのだろう。婚約相手はいないが、いずれヒルダと同じようなことになるのがわかっているだけに何も言えないのだ。
ヒルダは食事があまり喉を通らず、ほとんど残した状態で席を立つことになった。
ドレスの着付けも完全に侍女任せで、お見合いも結局ほとんど話さなかった。今となってはどんな相手だったかも覚えていない。
夜眠る時になると必ずサトルのことを思い出す。そう言えば、部屋に初めて上げた家族以外の男性がサトルだった、そんなことさえ考えてしまう。
結局毎日のようにあまり眠れぬ夜を過ごし、そしてサトルが迎えに来る当日になった。
いつもなら寝る前は寝間着に着替えているわけだが、今日はサトルが迎えに来るとあって出かけられる服装にしてある。だが、前に会った時よりちょっとだけお洒落に気を使っている。
ベッドに座ってサトルが来るのを待っていると、窓に何かが当たった音がした。見れば、そこにいるのは闇を纏ったサトルだ。
「迎えに来たよ」
領城の三階に来るのが苦でもない言い方をする。世の中でこれほど恐ろしい人物もいないと思う。
「うん」
上手い言葉を返すことができない。なんと言えばいいのかさっぱりわからない。短く、それだけしか返すことはできなかった。でもサトルはそれだけで良かったようだった。
「じゃあ、行くよ」
急にヒルダをお姫様抱っこし、そのまま闇にダイブした。
三階から自由落下する。そんな経験をしたことのある人間なんて数えるほどしかいないだろう。でも、サトルに抱きかかえられた状態で体温を感じていると不思議と恐怖もない。
どんどん地面が近づいてきて、ぶつかると思うようになる前に急に落下速度が緩くなり、また空中に上ると壁を乗り越えていく。着地もしなければ動きに音が一切ない。このような人外の行動ができるダークストーカーを人々が恐れるのも当然かもしれない。
サトルに抱きかかえられたまま向かった先は、そこそこの大きさの家だった。
こんなところに何の用があるのだろう? と思うが、サトルに従うままにいた。
ドアの前で地面に降ろされる。サトルは片手でドアを開けると、無言でどうぞと手で案内してくれた。
家に入り、敷かれた絨毯に一歩を足を踏み入れたところで地面に魔法陣が急に輝く。なぜ家に魔法陣がと思うも、口にするより早くに視界が切り替わった。
目の前に現れたのは、花。たくさんの花。数えられないほど多い、色もとりどりだ。藍,紫,紅,白,灰,黒。その花の全てが、花弁が水晶で出来ているようであり美しかった。
「ヒルダ、誕生日おめでとう。
この花だけじゃない。この部屋そのものをヒルダにプレゼントするよ。
この花の名前は魔力の花。魔力を吸って咲く花なんだ。
この部屋に流れる水は結構な濃度の魔力を含んでいるから、
永遠に枯れることはないよ」
サトルが花の一本を掴み茎の途中で折る。すると花の色が変わった。黒に近い灰色だ。花の奥が薄っすらと光り、黒色の美しさが見て取れる。
その花をヒルダに向けて差しだしてきた。
ヒルダがその花を受け取ると、少しだけ違和感がする。しかし、そんな違和感も目の前の花によってかき消された。花の色が更に変わったのだ。
ヒルダの髪の毛と同じ、青色の混じった銀色だ。前の色が暗い色だったことも相まっていっそう美しく見えた。
あまりの美しさに感動して何も言えなくて、気づけば涙を流していた。
「ヒルダ?」
何も言わないヒルダが心配になってか、サトルが声を掛ける。
その声を聞いたからか、一筋流れていただけの涙は激しくなり号泣してしまった。
ヒルダは軽く抱きつき服をぐっと強く握りしめた。サトルは軽く抱きしめ、ヒルダが泣き止むまで待った。この一週間、ヒルダの中にいろいろな感情が駆け巡っていた。その悩みがようやく解放された。
どれくらい経っただろうか。ようやく泣き止んだヒルダは少しだけ目を腫らしつつ、
「お願いがあるの。
この花を……花束を持って、明日領城に来て。
絶対だからね」
渡されたのは招待状。明日のヒルダの誕生日パーティーの招待状だ。
「わかった。絶対に行く」
サトルの、低くて温かみのある声が今はとても嬉しい。
もう離して欲しくない、ずっと捕まえていて欲しい。その気持ちが満たされるまで、ヒルダはずっとサトルに抱きしめられていた。
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