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3章 1話 ヒルダの帰還1


「ヒルダ、最近お前のところの領地は盛り上がってるな。

 特に、噂のダンジョン。

 王都の騎士舎はその話で持ち切りだぞ」


ヒルダは食堂でエリスと向かい合っている。ちょうど朝食の時間で、最近噂になっているに自領のダンジョンのことで話しかけられていた。

噂のダンジョンに出るモンスターは100%魔石を落とし、ダンジョンの奥には高純度の鉱石が掘れる鉱脈がある。そして、複数のパーティが協力しないと入れない大部屋があるらしい。

自分の領のこととは言え、ここ数か月戻ってないヒルダはそのダンジョン自体見たことがなかった。


「ダンジョン……ねぇ……」


とは言っても、大体目処は立つ。


(間違いなくサトルの仕業よね)


自領が盛り上がると言うことは本来嬉しいことであるはずなのだが、ヒルダは微妙な気持ちだった。実際、スプーンを口に突っ込んだまま、ふくれっ面をしていた。


「どうした?

 自領が盛り上がるなんて羨ましい限りじゃないか。

 我が領にも何か特産品でもあればいいんだがな……」


自分がこんな気持ちでこんな顔をしている理由は1つ。あの日サトルと別れてから、一度も手紙の返事が来ないのだ。

手紙のやり取りをする方法を教えて、間違いなく理解してもらったはずなのにだ。

最初のうちは、もしかしたらまだ領都に着いていないのではないか、何か事件に巻き込まれて手紙を出すどころか受け取る余裕もないのではないかと思ったりもしたが、ダンジョンの噂が王都にも聞こえてきた辺りで決してそのようなわけではないと言うことがわかってしまった。

つまり、サトルはダンジョンマスターとしての活動を行っており、時間もあるはずなのにヒルダに手紙をよこさないのだ。


(サトルのバカ)


姿の見えない相手のことを想う。

そしてあの美人のメイドのことが頭によぎる。あれだけ美人なメイドが傍にいれば、自分のような女のことは忘れてしまったのではないか、そう考えてしまう。

しかも、だ。ダークストーカーと言う変質者の噂も聞こえてきていた。ダークストーカーは美しい女性だけを狙うと言う。そのダークストーカーが現れたのはサトルが領都に着いただろう時期と同じ。おそらく同一人物。

サトルは自分には興味が全くなく、ほかの美しい女性を追いかけまわしている。だから手紙も返事を出さない。どんどんマイナス思考になっていってしまっていた。

王都でもダークストーカーを見たと言う者もいたのだが、いくらなんでもサトルが王都まで来ているはずがない。

ヒルダの領の話を明るく話すエリスとは反対に、心はどんどん暗くなっていった。


帰領するまで後1週間。帰ったらきっとサトルと顔を合わせることになるのだが、こんな気持ちを抱えたままでは帰れない。

そう思うとため息まで出た。しかし、目の前のエリスは気づかない。今日のヒルダのため息は後何度か繰り返されることとなった。




時は数日前に遡る。場所はダンジョンマスターの部屋。

せっかく実装したレイドシステムもなかなか理解してもらえず最初は人が入らなかったが、ダンジョンが盛り上がるに連れて参加者が増え、現在では待つ人が出るほどの人気を博していた。

どんどん入るダンジョンポイント、上がるレベル。あまりの楽しさに時間を忘れて夢中になっていた。


「ところでサトル様」


そんな楽しいところにシスが冷や水を差す。

シスは俺の至らないところを支えてくれる優秀なサポートだ。決して何もなく話しかけてくることはない。


「ん? なんだ?」


顔だけ少しシスの方を向けて、聞き返す。


「最初のほうは面白かったので放置しておきましたが、

 さすがにこのままではあの娘が不憫でなりません。

 冒険者ギルドにはいつ手紙を取りに行くのですか?」


あの娘? 手紙? 何のことだろうか。全く身に覚えがない。


「はぁ……顔を見ればわかります。

 領主の娘との約束を完全に忘れてますね」


今まで見たことがないほど深いため息をついてシスが呆れていた。


「領主の娘と約束しましたよね?

 娘が領都に帰るまでの三か月の間、手紙の交換をしようと。

 そういう話になっていましたよね?

 もう期日の3ヵ月まで後二週間を切りましたよ。

 どうするおつもりですか?」


領主の娘って、ヒルダのことか。……手紙? ……冒険者ギルド……ああっ!!

やばい、忘れていた!

気づくのが遅すぎた。どうやって挽回したらいいだろう。冷や汗が出ているのが自分でもわかるくらい焦っていた。


「はぁ……仕方ない人ですね、サトル様は。

 ダンジョンのことは、今は放っておきましょう。

 今すぐあの娘に会いに王都へ向かってください。

 いいですね? 今すぐですよ。

 ぼーっとしてる暇はありません」

 

シスに手を取られてダンジョンを出て走り出す。しかし、どうやって王都まで……そう思ったが今は深く考えずにシスに感謝することにした。

きっとシスなら方法をいくつか思い浮かんでいるに違いない。


「シス、すまない。感謝する」


急いで領都に向かう。シスの走るスピードに追い付かないので、シャドウアーマを足の部分だけに纏い少しでも脚力を上げて進む。

そう時間も経たずに門につくことができた。


「王都まで、最も早くたどり着ける馬車の手配を!」


門に辿り着くと、シスがいつもの騎士に声を掛けた。


「サウサンツ様? とそのメイド……わかりました。

 私の伝手を使って、馬車を手配いたしましょう。

 しかし、馬を使いつぶす可能性も高いので、

 かなりお金がかかり」


「構いません。

 急いでください!」


数十分後、門の前に来たのは貴族が乗るような豪華な馬車ではなく、速度を重視した小型の馬車だった。

馬二頭だての馬車で、人が二人座れるかどうかくらいの広さしかない。その分スピードは出そうだった。




今日の訓練が終わって、汗を流した後にヒルダとエリスは夕食に出かけた。

王都にいるのは後1週間と言うことで、エリスが個別に送別会を開いてくれたのだ。

行ったのは王都でもおしゃれで有名な店。このような店をよくエリスが知っていたなとヒルダは思ったのだが、どうやら別の女性騎士に教えてもらったらしかった。

でも、ほかの女性騎士とはそこまで仲が良くないエリスがそこまでしてくれた。その事実がヒルダにとって嬉しかった。

部屋着より少しおしゃれな服を着て、おしゃべりをしながら料理を楽しみ、お酒をたしなむ。二人にとって今まで王都にいた中でも最高に楽しい時間に感じられた。


楽しい時間も終わりを迎え、店を出た帰り道。


「エリ姉、今日は本当にありがと。

 私、エリ姉のことずっと忘れないからね」


「こらこら。今生の別れのような言い方をするな。

 私は何度でもノースランドに行く用事があるのだ。

 また気軽に会えるさ。

 それに、ノースランドではヒルダがおごってくれるんだろう?」


「もちろん。

 北領を挙げて、恰好良いお見合い相手いっぱい準備して

 待ってるからね」


「いや……それはちょっと……」


くだらない話をしながら二人で歩いていたところ。夜も割と遅く人もそれほど歩いてない道で一人の人間が二人をつけていた。

二人は当然そのことに気づいている。王都でも有名な聖騎士団の隊長と副隊長の女性コンビだ。王都にこの二人組を襲おうなんて言う怖い物知らずはいない。外部の人間に違いない。

追ってくる人間は20メートル程の距離をずっと保ち離れた位置から二人を追っていて、二人が話をして止まると相手も止まる。また歩き出すと追ってくると言ったとてもわかりやすい行動をとっていた。


「エリ姉、誰かに追われてるね」


「ああ、そのようだ。

 ただあの追跡では追っていることわざと伝えているようなものだ。

 相当の素人だろうな。害意があってのことではあるまい」


エリスの言うことはもっともだ。

遠征の多い聖騎士団は敵の気配を読み取ることにも長けていた。そうしなければ生きていけないからだ。素人のような体捌きで追いかけてくるなんて、身の程知らずにもほどがある。

後ろを見ずに警戒する二人に、追ってくる者は焦れたのかとうとう距離を詰めてきた。

追跡は下手だが足音を殺して近寄ってくる。感じる気配から15メートルは切っているはずなのだが、姿が見えない。

10メートル、未だに姿が見えない。だがさっきより濃い気配を感じる。夜の闇に何かが動くのが少しだけ見えた。


「ダークストーカー!」


急にエリスが叫んだ。まさか、ノースランドで噂の変質者が王都に現れるとは思わなかったからその驚き用はすさまじかった。しかも、狙われているのは自分たちなのだ。

ヒルダもエリスもおしゃれはしていても、愛剣を持ち歩いていたため素早く抜いて構えた。

しかしダークストーカーらしき者は剣を構えた聖騎士二人に臆することなく、更に距離を詰めて近づいてきた。その身のこなしはよく言えば脱力されている。悪く言えばただの無防備だ。

5メートルのところまで近寄ってきたところで、エリスが駆けだして力強く剣を振るった。以前に聖騎士団の団長に向けて振るった剣となんら変わりない力強い剣だ。

しかし、その剣はダークストーカーの纏うローブに当たる前にギィンッと堅い物に当たったかのような音を立てて弾かれた。

いつの間にか地面から黒い棘のようなものが出ていて、それに跳ね返されたのだ。


「セルマ・ノルディーンを完封したと言われる固有魔法か!」


弾かれて少し態勢を崩したエリスに、今度はダークストーカーが襲い掛かった。

棘は急に柔らかくなり、鞭のようにしなると数本がエリスに向けて放たれた。エリスは1本を剣で受け、1本を躱し、しかしその次の1本を避けきれずに体に受けてしまった。

エリスの体は少しだけ飛ばされ、道を転がると受け身を取って立ち上がったが、起き上がった時にはすでに辺りには誰もいなかった。


「ヒルダ?! ヒルダはどこだ! 返事をしろ!」


エリスの声は辺りにむなしく響くだけだった。




エリスを攻撃した黒い鞭はその後狙いをヒルダに変えて、攻撃はせずに巻き付いて拘束した。ヒルダを宙に浮かせてダークストーカーと一緒に移動を開始した。


「エリね……ムグ」


声を出して叫びをあげようとしたが、途中で口までふさがれてしまい声も出せなくなった。

ダークストーカーがヒルダに近寄り、詰め寄るようにして顔を近づける。

ヒッと思ったが声を出すことができず、仕方なく黙っていると、


「シーッ シィーッ。

 俺だよ。頼むから騒がないでくれ。

 エリスへの攻撃も手加減してある。

 傷はないはずだから」


聞き覚えのある声が聞こえた。ダークストーカーがヒルダに顔を近づけたのは、小声で話しかけるためだった。

フードがめくられて顔が見えると、そこには懐かしいサトルの顔があった。


(え、サトル? なんでここに……)


「状況の説明は後でするから。

 今はどこか安全な場所を……」


このような状況を作り出しておいて何を言うかとヒルダは思ったが、このまま逃げ続けていると更に悪い状況になるとしか思えなかったので、自分の言いたいことをわかって欲しい。そう思ってサトルの目を真っすぐ見た。

サトルはヒルダがじっと見ているのに気づいて、黒い鞭のようなものを口のところだけ緩めてくれた。


「このまま逃げ続けると王都は混乱するわ。

 私がサトルが逃げた方向を嘘つくから、一旦解放して」


先ほどの戦いでエリスが叫んでいたため、現地の辺りはざわめいていた。

サトルはただヒルダと話すために王都に来ただけなのに、無駄に王都を混乱させたことになってしまう。それはよくない。

ヒルダの拘束を解き立ち上がらせた。


「明日の昼前にそこのお店で待ちあいましょ。

 今日はお願いだから帰って静かにしてて」


夜は開いていないのか、ヒルダが指さした店は明かりがついておらず暗かった。

サトルはその場所を覚えると、黒いローブを纏って闇に消えるように溶けて行った。


(ほんと、ダークストーカーって、変質者って言われても仕方のない存在ね……)


サトルの消えるところを見ていたヒルダはそう思った。

元来た方向に向けて走り出すと、10秒もせずにエリスと合流することができた。


「ヒルダ、無事だったか!」


どうやらエリスは辺りを探し回ってくれていたようで、息切れをしていた。


(サトルがごめんね)


心の中で謝った、そして自分がこれから嘘をつくことも一緒に。


「捕まったけど、なんとか逃げ出したの。

 ダークストーカーは、南門のほうへ行ったわ!

 エリ姉は衛兵に連絡を!」


「わかった。

 あいつは強い、ヒルダは騎士舎に戻って助けを求めろ」


エリスは、ヒルダが指した方向の最も近い兵舎に向けて駆けて行った。

ヒルダはそれとは逆方面の騎士舎に向かう。そして同僚の騎士達に助けを求めると、騎士団総出で見つかることのないダークストーカー探しは朝まで続いた。


本小説を読んでいただき、気に入っていただけた方。

ブクマ,感想,評価,レビューの方をよろしくお願いします。

あた、同時連載作品の「闇の女神教の立て直し」の方もよろしくお願いいたします。

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