1章 9話 訪村
それにしても、異世界の村って難しいですよね。自分の中でしっかり想像がされてないと、言葉にするのって難しいです。
『おめでとうございますサトル様。
レベル2になりました』
前回得た経験値から考えて今回でレベルアップをするなんてありえない。
今はそんなことよりも、逃げるように村へ戻ったあの冒険者たちのことが頭から離れない。
ウッドアローを脇に受けた戦士の苦痛に歪んだ顔。流れ出るドス黒い血によって黒く塗り替えられた服。その原因を作ったのは俺自身だ。
ダンジョンにやってくる冒険者の存在はゲーム内のノンプレイキャラクターのようで、モンスターとの戦闘は迫力があって少しは現実味を帯びていたけど、データのウィンドウ越しに見ることで迫力のある映画を見ているような気分だった。
仮に冒険者がモンスターにやられても、自分と関係のない世界のできごとだってその時は思うんだろうなと思う。自分とは無関係な出来事で生き死にが決まっていて、この世界の人がどこで死んでしまうか,怪我をするかは運命に定められているとなんとなく思っていた。しかしそうじゃなかった。
冒険者は一人の人間だ。ノンプレイキャラクターではなく、運命に定められてもおらず、傷つけば痛みを感じるし、血を流す。そして死んでしまうことだってある。
そのことにダンジョンで目にしてようやく気付けた。
『サトル様。どうされましたか?
念願のレベルアップですよ』
先ほどより大きな声でシスから言われた。
俺は未だに耳を傾けられず、自分なりに何がいけなかったのか、どうするべきなのかを整理することにした。
第一に、この世界はゲームではない。自分に言い聞かせるように口に出して言う。
しごく当然のことだ。俺自身も腹は減ったことがあるし、夜になれば当然寝る。
怪我をすれば死んでしまうだろう。しかし、冒険者と自分は同じだと思えない。同じだと思えない理由はなんだろう。自問を続ける。
焦っていたから?そんなことはない。関係がない。
自分の知識が足りなかった?それはあるかもしれない。異世界のことを俺は未だにほとんど知らないのだ。
この世界はファンタジーのようだ。日本とは異なる。異世界の村はどのようなのだろう。どんな生活をしているのか。何を食べているのか。生活を見ていないから、知らないから、比べられない?そうかもしれない。
異世界人を昨日初めて見た。魔法を使用し、武器を手に持って戦う。現代に生きていたからそんな存在がまだ認められないのかもしれない。
ではどうしたらいいのだろう。冒険者のことを知る?どうすれば知れるのか。
実際に話してみる?人に聞く?それはここにいては適わない。では、答えは1つだ。
俺は村に行くことを決めた。
「シス、俺はこのダンジョンから出ることは出来るか?」
まずダンジョンから出ることが可能か確認する。
『もちろん可能です。
但しダンジョンから出るとダンジョンの機能は
使えません』
ダンジョンの外に出ると転移が使えない。危険が伴うとわかる。
「では、最寄りの村までどれくらいだ?」
『ダンジョンから100メートルほどの場所にあります。
ダンジョンを出て正面に真っすぐ進めば
人口1000人程の村があります。
特に道があるわけではありません。
今日の冒険者もそこの村出身のようです。』
村に行くことが可能なことは確認できた。
「俺が村に行くに当たって気を付けることはあるか?」
『サトル様は村に行って何をなさるのですか?
それに寄るかと思われます。村に滞在はされますか?』
「異世界についての情報と冒険者についての
情報を集めてくる。可能なら2日滞在を
してくるつもりだ」
『では、必須で話すことになる相手は、
門兵,宿屋の店主,冒険者ギルドの受付になりますね。
寄る場所は、門と宿屋と冒険者ギルドの3つ』
シスが今俺に必要なことを口にしてくれた。
メモをするものがないため、シスの言葉を1つ1つしっかりと記憶に刻む。
『門にたどり着きましたら、門兵には「旅人です」と
名乗り下さい。
この世界で旅人とは、職を得るための旅を
している人のことを言います。
他の領地から落ち着ける場所を探しにきた、
この地のことはよく知らない、と門兵に
理解してもらえば簡単に村に入ることが可能でしょう。
万が一どこから来たのか追及されたら、俯きながら
実りの少ない地とでも言っておけば廃村のような
不幸があった場所から来たとでも勘違いをして
もらえると思います。
旅人として怪しまれないために、ズダ袋かバッグを
お持ちになってください。
宿もとっていない状態なのに無手は怪しまれますから』
旅人とはなんと便利な言葉だ。旅人と言っておけば村には容易く入ることが可能らしい。もし王都のような場所があれなら、自分を証明できるものがない人は入れないんだろうなあと言う感想めいた言葉が頭に浮かんだ。
問題はズタ袋かバッグだ。そのようなものは持っていないし、先日アイテム作成を試した時には作れる項目にはなかったと思う。
「シス、俺はズタ袋やバッグなんてものは
持っていないぞ」
『サトル様は先ほどレベル2になられました。
作成できるアイテムが増えているはずです。
一度ご確認下さい』
ここでレベル2に上がっていたことを改めて意識した。
しかしなぜレベルアップできたかは不明だ。
データから成果を確認すると、今回の結果は以下のようになっていた。
ダンジョンに訪れた冒険者: 3ポイント(3人)
冒険者に倒されたモンスター: 6ポイント(ゴブリン2匹スライム4匹)
冒険者の撃退(実績解放):10ポイント
合計:19ポイント
次のレベルアップまで:44ポイント
冒険者の撃退(実績解放)と言う項目が目についた。これは前回の成果にはなかった項目だ。
「冒険者の撃退(実績解放)ってなんだ?
これが理由で経験値が多く入って
レベルが上がったみたいだが」
『実績解放と言いまして、ある内容に対して
それが初めて達成された時のみ
ボーナスとして経験値が加算されます』
初めて冒険者を倒した扱いになったことが実績となったのか。あの光景が思い浮かび、震える右手を黙って左手で抑えた。
「実績解放は他にどんな内容があるんだ?」
『申し訳ありません。私にはわかりかねます。
実績が解放されて初めてわかるものになっています』
実績解放はについてはシスもわからないらしい。もしわかっていても、まあ教えてくれないだろう。これはレベルアップを狙う時はないものとして考えた方がよさそうだ。
とりあえず増えたと言うアイテムの作成一覧を見ることにする。
・ライ麦パン2ポイント
・下級葡萄酒1ポイント
・ズダ袋3ポイント
・麻の鞄3ポイント
・装備(低品質品)
上記が増えていた。下級葡萄酒と言うのはきっとワインのことだと思う。
下級と書いてあるからには、絞り粕が入っていたり苦みが強かったり、糖分が完全にアルコールになりきっていない物なんだろうなあと想像する。間違いなく現代のワインほど洗練されてはいないはずだ。
まずは旅人と必要なものを作成することにする。
持っている銅貨10枚も保管する必要もあったから、ズダ袋ではなく麻の鞄を作成することにした。これで残り35ポイントだ。
ここでふと思い出すように頭に浮かんだことがあった。それは、俺がこの世界の者と会話が可能なのかどうかだ。
「そう言えば、この世界の人との会話はどうなるんだ?
まさか、言葉が通じないなんてことは……」
「ダンジョンを訪れた冒険者の言葉、聞き取れましたよね?
勝手に翻訳されて聞こえますから、問題ありません」
一番重要なことを今更教えてもらい、安心した。
心持ち以外に他に準備するものはなかったから、早速村に向かうことにした。
「シス、最後に何か言うことはあるか」
『サトル様、ダンジョンから出て一番近い門は
街道には面しておらず、森へ向けて開いてるだけです。
そこから入ると怪しまれますので、
今からお伝えすることを門兵に申してください』
門兵に伝えるべきことを教えてもらった。
その後1-Aに転移してダンジョンの出口から外に出る。外に繋がる通路は1-Aと同じ壁,地面をしていた。通路抜けて行くと、そこは森の中だった。木々が深く生い茂り、森の向こうを見つけることができないほどの密度で木が生えていた。
シスの話の通りに、何本も木を避けながらひたすら真っすぐ進んだ。進んで行くとそのうち視界が開けてきて、村が見えた。
シスは確か1000人規模の村と言っていた。村の周りは壁ではなく木の柵で囲まれていた。
柵は高く、2メートルほどもある。ずっと続いている柵を歩きながら見ていると、遠くに門らしきものが見えた。門に向かって近づいていくと、門の前に二人の兵士が立っていて周りを見渡して警戒していたが、門平は俺の姿を見つけると歩み寄ってきた。
「そこの奴、なぜこんなところにいる。
今日この門から出て行った者に、
お前のような者はいなかった。
どこから来た者だ?」
門兵は明らかに怪しんでいるよな……。俺でも怪しむと思う。
シスに言われた通りの展開になった。
「私は旅人です。
表側の街道を商人さんの馬車についてきました。
この村には表側の門から入ったのですが、
村の周りを見てみたくなって門から出て
ここまで移動してきてしまったのです。
森の方から来たのは、その……ちょっと用を
足しておりまして……」
シスは言っていた。
あの村は表と裏、2つの門を守る兵が情報を交換していないから、反対側の門に関係していることを伝えれば疑われることはない、と。
門兵は俺の言葉に納得するように頷いていた。
「もしかして他の領地からの旅人か。
はは、この村の外がそんなに珍しかったか?
まあいい、そのうち日も暮れる。
村に入るなら早く入るんだ」
片手で俺の背中を押し村へ入ることを勧めてきた。
俺はシスから教えてもらってことでまだ言わないといけないことがあったのを思い出し、
「実は来てすぐに門の外に出てしまったので、
泊まる場所をまだ確保していません。
良ければおすすめの場所を教えてもらえませんか」
門兵は俺から目をそらして、少し考える風な態度をとっていた。
「では、村に入ってまっすぐ進み、
3つ目の交差路を右に曲がると宿屋が見つかる。
そこに行くといい。
宿屋の主人は村でも信頼されているし、
何より宿代が安めで安全だ。
一泊に銅貨が5枚必要になるが、
流石にそれくらい持っているよな?
もっと安い宿が良いなら銅貨1枚の宿があるが、
隣の部屋との区切りもないし入口も開けっ放しだ。
物を盗まれても俺は責任をとれんからな」
門兵がとても親切に宿を教えてくれたから、宿までの道のりはバッチリだ。
1泊が銅貨5枚だから、食事も含めて金は問題ない。
「ありがとうございます。そこに行ってみます」
俺は門兵にお礼を告げ村に入った。
現在のダンジョンポイント35
サトルの持ち物
・麻のバッグ
・銅貨10枚




