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今朝と昼と月と夜と。

作者: 高橋まりあ


 朝の光が差し込む。遮光カーテンの隙間から細く白く。隣で眠る人の寝息、ベッドに残る二人分の温みから渋々、仕方なく離脱する。休日の朝、おおよそ7時は少しだけ眠たそうな世界を感じる。

 顔を洗い、簡単な身支度を済ませ、キッチンに向かう。電気ケトルに勢いよく水を注いだ。固いカチッという音とともにスイッチを入れ、窓を開ける。朝の少しひやりとした風が家に流れ込む。白い日差しは木々の葉を透かして緑の美しさを盛り立てているようだ。ボウルに卵をふたつ割り、菜箸でかき混ぜる。黄身と白身が一つに混ざり、そこに牛乳を少々。黄色い海に白い川。フライパンを熱してバターをひとかけ入れる。一滴だけ卵液を菜箸で落とすとジュッと小気味のいい音が鳴る。全量をいれ大きくフライパンの中をかき混ぜる。半熟のスクランブルエッグを火だけ止め、余熱で固める。その間に食器棚から白いプレートを二枚と、冷蔵庫から昨夜作っておいたサラダの器を取り出しテーブルへ。フライパンからプレートへ卵をプレゼントし、バターロールを2個と1個、置く。すっかり忘れていたケトルのお湯を、水切りから取り出したマグカップにティーバッグを入れてから注いだ。透明なお湯に紅茶の色と香りが広がっていく。

 まだ眠そうに、それでも簡単に身支度を整えてから姿を現す。おおよそ7時半。

「おはよう・・・今朝もありがとう。」

「おはよう。どういたしまして。冷めないうちに食べよう。」

「うん。」

2人の一日がここから始まる。バターと紅茶の匂い、ふわふわたまご。それから、「おはよう」と「ありがとう」と一緒に。


 散歩をしている。散り敷く黄色、銀杏の葉がまだまだ綺麗だ。見上げれば塵ひとつないような、澄みきった青い空だ。いい組み合わせだと思う。温かく明るく溌溂とした黄色、澄んでいて無垢、深いが深刻ではない浄化の青。うん、いい組み合わせだと思う。

大切なので二回いった。

別に二人もそう、とまでは言わないけれど。

この季節は、涼しさが寒さに変わっていく時期であると同時に、冬から春への希望に満ちる空気感や、春から夏への高揚感、夏から秋へのもの淋しさとも明らかに違う。何が、ということではないが違う。違うけれど、嫌いにはなれない。どこか愛おしいのだ。日差しが背中に少し暖かい。

このあと、夕方になる少し前に、スーパーへ買い物に行こう。二人の好きな食材を買って、二人で美味しいものを食べよう。


「月が綺麗ですね。」は、愛しているということらしい。一方で月は満ち欠けのある不誠実なものであり、誓いを立てるには頼りないものでもあるらしい。曖昧なことばかりだけれど、人の愛の形もまた曖昧模糊として掴みどころのないもの、また不思議なものである。

美しい月のように綺麗なあなたを愛しているのか、綺麗な月を二人眺める時間を愛おしいと思える相手なのか、あなたを前にすればどんな人でも誠実に愛を傾けてしまうくらい魅力的なのか。

薄暗がりの中、白い月が浮かんでいた。真ん丸でもないし、半月でもないが白い月が空に浮かぶ。二人の隣りを走り抜ける車の音、近所の公園から子ともがバイバイを言い合う声が聞こえている。

「月が綺麗ですね。」

「うん、愛してる。」

ロマンスはちっとも進行していないけれど、自身にとっての「月が綺麗ですね。」は月を見上げる二人の時間を、二人でいられることを愛おしく思う、ということなのだと思う。

「うん、愛してる。」


 ミルクティーを作ろう。ミルクパンにマグカップ二杯分の牛乳を注ぎ火にかけ、沸かさないように温める。紅茶の茶葉を加えて煮出す。お好きな方はお砂糖も少々、お好みでしたらはちみつやメープルシロップなどもお入れできます。

 リビング兼ダイニングの照明をオレンジ色の優しい色に変えた。お揃いのサイズ違いのパジャマに身を包み、明日を迎えに行く前の二人のささやかなひと時を。小ぶりのソファに並んで腰かける。互いの身体の温かさがじんわり通い合うような気持ちの良さと紅茶の香りに包まれる。夜。ほんのりミルクの甘みを感じたら、にっこり笑顔で微笑みあう。

 二人で並んでベッドの中に潜りこむのは、こそばゆい。小さい頃の自分一人の秘密基地に仲間を一人招くみたいなこそばゆさ。手のひらでお互いの温みを感じたまま羊のふわふわの背中に身を預けるように。明日を、新しい朝を一緒にお迎えに行こう。

「おやすみ。」

「おやすみなさい。」

 水切りかごには、二つのマグカップ。また明日の朝も二人で。

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