狸穴 まみあな
笹が
鴨を載せた皿を抱えて。。
豪奢な襖の前に座っておりました。。
「笹かえ? おはいり。。」
部屋の中から声がかかり。。
笹は 一礼して
部屋に入り 襖を閉めました。。
部屋の中には
幾つも置かれた蝋燭が揺らめき。。
美しい鴨の姿を
浮かび上がらせました。。
「ほお。。これは。。
また見事な鴨やないか。。」
笹は黙って
声のする方に向かい。。
頭上に鴨を載せた皿を掲げました。。
すると。。
部屋の奥から黒い影が伸び。。
鴨の姿を ゆっくりと飲み込みました。。
鴨の姿が 全て消え失せると。。
笹は 頭上の皿を降ろし 傍らに置きました。。
しばらくして。。
「なかなかの美味であった。。」
影がそう言うと。。
「それは ようございました。。」
笹が 微笑んで答えると。。
影はゆったりと揺らめき。。
笑っているように見えました。。
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その頃。。
調理場では ぜん と 茗荷 が
鴨の下ごしらえに追われていました。。
鴨の首は すでに落とされ。。
血抜きが終わっておりました。。
その鴨の羽をむしり。。
むしり取ったあとに
ひしゃくで熱湯をかけていきます。。
こうすると。。
ピンと皮が張りますので
残った羽が抜けやすくなるのでした。。
これを 二人は
黙々と繰り返しておりました。。
傍らには。。
綺麗に羽をむしられた鴨が
幾つも 笊に 載せられておりました。。
すべての鴨の羽をむしり終えると。。
ぜん は 茗荷 に休むよう促し。。
自分は。。
次の段取りに取り掛かりました。。
大鍋に湯を沸かし。。
腹を裂いて 取り出した内臓を
大鍋に 次々と放り込んでいきました。。
すべての鴨の内臓を放り込むと。。
次は 骨を外し。。
肉を取り出しにかかります。。
たちまち。。
鴨は すべて。。
笊の上の肉塊に姿を変えました。。
そして。。
大鍋の中身を笊に開け。。
茹で上がった内臓の部位を分け始めました。。
「ほほほ。。 ほんまに。。
いつ見ても お見事なこと。。」
茗荷が 微笑みながら。。
ぜん の背中に向かって言いました。。
ぜん は 手を止めずに答えました。。
「おおきに。。
ほんまに。。
ウシロの神さんと景さんのお陰やなあ。。
こんな化けもんの身やのに。。
人の真似して こんなことまで
ホイホイ出来るようになってしもて。。」
茗荷は楽しそうに笑いながら。。
「ほほほ。。今の方が。。
人なんぞ喰らうより ずっとよろしおす。。
神さんも景さんも 喜んではりますわ。。」
ぜん は 部位をすべて分け終え。。
茗荷の方に顔を向け 笑って言いました。。
「違うで。。あの二人は。。
美味いモン食べれて 喜んではるんや。。」
「ほほほ。。 きっと そうやわあ。。」
ぜん と 茗荷 は声を上げて笑いました。。
店の外では。。
白々と夜が明け始め。。
春日大社の鹿の鳴く声が
遠くで 聞こえていました。。