婆羅門杉 (ばらもんすぎ)
月が。。
ぽっかりと浮かんでいました。。
大和の国の東の山々は。。
冬の凛とした寒さに
静まりかえっておりました。。
ひときわ高い山の上に。。
下之坊と呼ばれる
小さなお寺がありました。。
寺には山門の代わりに。。
婆羅門杉と呼ばれる
大杉が二本。。
狛犬のように。。
並んで立っておりました。。
その大杉の根元に。。
男の影がありました。。
月明かりに照らされた。。
銀の髪の男。。
その足元には。。
藁で首を結わえられた
十数羽の鴨が
転がっておりました。。
「おお。。鴨か。。ようさんとれたな。。」
声は大杉の梢から
降ってきました。。
「これは。。ご坊。。
久方ぶりでございます。。
おかげさんで。。
明日からの品書きは、当分これで。。
くわ焼きか小鍋になります。。」
銀の髪の男は。。
大杉の梢に向かって応えました。。
「ご苦労なことやな。。
まあ。。おまえとこの店のめしは
美味いさかい。。
久しぶりに。。わしも寄らしてもらうわ。。」
「おおきに。。ありがとうございます。
まったく。。うちの坊さんが。。
鴨食いたい!って
いきなり叫びよりまして。。
そしたら。。
ウシロの神さんまで。。
たまには。。
いきのええのがええなあ。。って
言い出さはって。。
ほんまに。。この寒いのに。。
難儀なことですわ。。
ご坊。。お気が向かれましたら。。
なんぼでも味見にお越しください。。」
大杉の声の主は
乾いた声で笑い。。
銀の髪の男も。。
つられて笑みを浮かべました。。
大杉の声の主は
笑いながら。。
問い返しました。。
「景戒は元気かえ?」
「はい。おかげさんで。。
相変わらずですわ。。
美味しいもん、ようさん食べて。。
よう酒呑んで。。
よう笑て。。よう泣いてますわ。。」
「ほんまに。。あいつは。。
面白い男やのう。。
久方ぶりに会いたいのう。。
あいつ。。まだあれを。。
集めとんのか。。」
「はい。。まだ集めてはります。。」
「ほんまに相変わらずやのう。。
そうか。。ほんなら一つ。。
あいつに会うて。。
話しの一つでもしよか。。」
「久々に。。
ご坊にお越し戴けて。。
それに。。
お話しまでお聞かせ戴けたら。。
うちの坊さん
ほんまに喜びますわ!」
「ほな。。近いうちに猯穴に。。
寄らしてもらおかのう。。
ではな。。銀の。。」
それを最後に。。
大杉はまた。。
沈黙に包まれました。。
「ご坊のお越し。。
お待ち申し上げております。。」
銀の髪が。。
大杉の声の主に向かって応え。。
深々と頭を下げたと同時に。。
ざあーっと
大きな風が巻き起こり。。
大杉の根元にいた
銀の髪の男や鴨の姿は
暗闇に飲み込まれていきました。。
あとには。。
冬の夜が。。
冴えざえとした月の光りで。。
大杉を静かに照らしているだけでした。。