第一話 力
どこの世にも、勝ち負けが存在する。
大抵の場合、勝った方が利益を得て、負けた方は損をする。
人間というものは皆、多かれ少なかれ、若かれ年老かれ、勝ち負けが存在する「勝負」に身を投じているものだ。
その積み重ねを、「人生」と呼ぶ者も少ないのが現状だが・・・
勝負には、「やる前から勝ち確定」「ここまでくれば勝ったも同然」といった状況がある。
「もはや負けは確実」といった状況もまた然り。
では、「確実に勝ちは無い」といった判断はどこでするのか?
「確実に負け」ではなく、「確実に勝ちは無い」だ。
また、「確実に負けは無い」といった判断は何を基準に行うのか?
「引き分け」?それも場合に依ってはありえるが・・・
命のやり取りでは、どうだろうか。
「確実に勝てる勝負」「確実に負けない勝負」
そこに、意味はあるのだろうか。
<第一話 力 >
「ちょっと魔王に一言いってくる」
そう言い放った青年、シンの表情は真顔だった。
ここは漁師町ハブオロ。漁業を生業に細々と暮らしている人々がほとんどの小さな田舎だ。
漁獲量は年々減少しており、毎年行うカニ祭りも段々賑わいが無くなって来た。そろそろやめようかと、商工会の青年部と重鎮がやいのやいのと意見を交わしているところである。
それに加えて、近年は魔族を統べる「魔王カマルダーハ」の魔の手がこの田舎にも伸びてきており、毎日のように農作物や交通、人的被害が後を絶たない。
国もそれなりの対策は施しているようだが、野党から鼻で笑われ、改善の見通しは10年経っても見えないのが現状である。
そんな状況を、義務教育を終え、労働者として働く中でそれなりに社会の仕組みを理解し、一人の成人男性として自立しようとしているシンが知らないはずもなかったが、その言葉は親友を驚かせるには5年ほど早かったようだ。
「お前なぁ。いくら正義感が強くても、現実ってもんを見ろよ」
彼は親友のアム。シンとは幼馴染の腐れ連だ。
「俺たちみたいな一般庶民が、魔王に何を言おうってんだ?『人間を殺すのをやめろ!』とでも言うのか?」
シンは表情を崩さない。
「そもそも、魔王なんて居場所こそ公開されちゃぁいるが、道中は魔物がひしめき合って、護衛でも雇わないと隣町まで行くのも難しいって話じゃねぇか」
「そうそう、知能がある我々は、より合理的な判断をしましょう、ってね~」
近くにいた女子が会話に入って来る。
「あ、チカもそう思うだろ?こいつ、魔王に会いに行くって言うんだよ」
「え・・・ちょっと何言ってるかわかんない」
この3人は幼少からの幼馴染である。
「まぁ、あんたなら最悪『会う』ことはできるかもしれないけど、あんたの話なんて魔王が聞く耳をもつと思う?一般庶民のあんたの」
「そうそう。所詮一般ピーポーの俺らは、政府の方針に従うしか無いわけよ」
「それで満足か?」
シンが問いただす。
「人間は魔族の餌。管理される家畜。それでいいのか?」
「そこまでは、思ってねぇけどよ・・・」
「実感が無いだけだ。現状、魔族の餌にされているのは明確な反抗的態度を示した人間のみ。奴らがその条約を破棄しない確約はどこにも無い」
「・・・」
チカは無言でうつむいている。
「だから、俺が魔王に一言いってくる。俺の力ならできる」
「だったらさ・・・」
チカが顔をあげた。
「あの山賊達、なんとかしてよ」
「ガハハッハ!酒をよこせ!食い物をよこせ!女をよこせ!」
どこからどう見ても善良な町民には見えない屈強な男たちが路上で騒いでいる。
「山賊ブンブン団・・最近このあたりの町を荒らしまわってる奴らだ」
「くそ!人間同士、争いあってる場合じゃないってのに!」
町民の憤怒の声が聞こえる。
アムとチカの静止をよそに、シンは山賊達の目の前に立った。
「なんだぁあ?おめーは」
「もしかして、入団希望者か?」
「まさか、こんな細っこい男が山賊になるか!」
「だったら、自殺志願者だな」
「・・・お前ら、今すぐこの町から出ていけ」
シンが暗く、深海のように静かな声で言った。
「俺はなにもしない。だからお前らも何もするな」
「出ていけ」
山賊達のボルテージは収まらない。
「ハハァーン!なんだこいつ!俺たちに出ていけだとよ!」
「まったく、若いってのは怖いねぇ!自分の過ちにも気づかないんだからな!」
「どれ、前途ある若者の、右腕でも切り取ってやるかねぇ!」
巨漢の男が、その図体の倍もあろうかという斧を振り下ろしたその瞬間・・・!
シンの腕は、切れてはいない。
代わりに、斧の刃が明後日の方向に飛んで行った。
「なんだぁ・・・?」
巨漢の男は状況を理解できていない。
「だから言っただろう。この町から出ていけ」
シンはなおも、その視線を崩さない。
「しゃらくせえ!全員でやっちまえ!」
20はいようかという屈強な男達がシンに襲いいかかった。
「やられる!」町民の誰もが思ったその瞬間・・・
シンの体には、ただ一つの傷もついてはいなかった。
『絶対防御・・・』
チカの声だけが、空っ風の吹く空に響いていた。