逸輝と真宏
未だ沈み切れていない太陽は泣き出す寸前の瞳のようにゆらゆらと揺れている。
数分前まで遊んでいた子供達も家に帰る頃。小さな公園の端っこにあるベンチへ横たわった。
___綺麗だな。
ピンク色に染まる空に自分がふかした紫煙が混ざっていく。遠くに行くまでそれをじっと眺めた。
「先輩」
急に聞こえた言葉に目を開いた。うとうとしかけていたが、その鼻にかかる独特の声で一気に現実へ引き戻され、涼しい風が体温を冷ますのを感じ取った。
指に挟んでいた煙草をぽとりと下へ落とし横になったままそいつを見上げる。
自分より年下な癖に背は高くすらりと細い。常に無表情の顔つきと一定の声色がたまに不気味だった。
「なにしに来たの」
「話しに来た」
「何の話」
「決めてない」
辺りは薄暗く少し肌寒い。むくりと起き上がりそいつを横に座るよう促すと素直に隣へ来た。
シャツの胸ポケットからまた一本取り出して口に咥え手早く火をつける。真宏はそれをなにも言わずただ鉄仮面で眺めている。
しばらく俺らの間に沈黙が流れた。
俺が煙草を吸い終わるまで、ただぼうっと視線を宙に浮かせて横で待っていた。
「真宏」
「うん」
落とした灰を踏みつけ土に唾を吐く。そして真宏の中途半端に捲り上げられた袖を一気に肘上まであげた。
「綺麗」
その自ら傷付けた白い腕を見て言ってやると、真宏は笑った。恋してる女みたいな顔で。
「逸輝兄さん」
「ん?」
「お願い」
その言葉にぞくぞく鳥肌が立つ感じがした。こいつにも欲があんのかって。
真っ白な腕の内側につけられた赤い線のうえに唇を当てる。感触を確かめるようになぞりあげると、ふるりと真宏は震えた。
俺だけが知ってる、真宏の傷痕。