84話 白銀山荘・2
「これが何だか知ってるか?」
その艶の無い黒い軽石の様なものを目の高さに掲げ、二人に問うトシ。
帰ってきた答えはもちろん、
「さあな、見た事がねー代物だな、こりゃ」
予想通りの返事に、用意していた答えを提示する。
「種明かしをしてやろう。これはコークスっていうもんだ」
「コークス? なんだそりゃ」
「明日、こいつの実力を見せてやるよ。鉄鉱石を一グアンドとそれ用の炉を用意しておいてくれ。これを使うとどういう鉄が出来るのか、その目で見て貰うのが一番早い」
トシは自信満々にそう言い終えると、二人の了承の返事を聞き、満足気に店を後にする。
明日はナベに預けていたコークスの残りを持って、再度来店するつもりだ。
ドワーフ王国の製鉄の歴史に、新たな一ページを刻む為に。
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「どれどれ、ここだな?」
タツヒロは、大きな店の前に立って屋号の看板を確認していた。
『鉱石・金属 ジャルグロウル・ヨルン商会』
グレインの紹介で、ここならあらゆる鉱石や金属類の地金を買えると教えられており、取り扱い品も多いようである。
「すみません、どなたか・・・」
「いらっしゃいませ。どういったものがご入用でしょうか」
店に入ると、壮年の男が声を掛けて来るので、そのまま来店の目的を話すタツヒロ。
「こちらであれば、金属類の地金が手に入ると聞きましたので、お見せいただければなと」
「地金の方ですね? 畏まりました」
そう言って、机の上に様々なインゴットを並べていく。
「今日の時点で在庫が豊富なのは、この辺でしょうか?」
「曲げてもしっかりと戻るようなのってある?」
「曲げる力が強くなってしまいますが、この辺は如何でしょう」
「いいですね、中々の反応です」
「硬雑鋼と呼んでいます。鉄鉱石に稀に入っている毛色の違う石が混ざると出来る事があります。ただ加工に難儀する様で、素材としては面白いんですが今一つ人気が出ません」
「ほほう・・・、中々に面白そうな素材だ。これはいくつあります?」
「今ですと在庫は六本ですな」
「じゃあこれは全て頂いて行きます。あとは、そうですねえ、軽くて強いのなんかありますかねえ・・・」
「軽くて強いの、軽くて強いの・・・。この辺とこの辺は如何でしょう?」
「なるほど、悪くない。こっちのやつの方が若干、軽いかな?」
「今お持ちになってる方は鋳造可能ですが、鍛造にはあまり向きませんね」
「なるほどね。じゃあこれをもらっていこう」
「申し訳ありません、そちらは生憎と在庫を切らしておりまして。次の入荷が未定なんですよ」
「そうですか・・・、この店の地金ってこちらで作ってるんですか?」
「ええ、そうなんです。うちの鍛冶師が製錬してお出ししてるんですが、先ほどお手に取って頂いた地金、軽ミスリル合金と呼んでますが、それの材料に使うミスリル銀が未入荷でして・・・」
「ああ、材料が無いんじゃ仕方ないですねえ」
「そうなんですよ・・・。すみませんねえ」
「じゃあ、先ほどの硬雑鋼の地金だけもらっていきます」
「はい、六本で銀貨七枚と銀銅貨二枚になります」
「ではこれで・・・」
「確かに、頂戴しました。毎度ありがとうございました」
なかなかいい店を見つけた、とタツヒロはホクホク顔で店を後にする。
これでコンパウンドボウ量産の道が見えて来た。
硬雑鋼でリムを作ってみて、しばらく実地テストしようと考えると、今すぐにでも基地に帰りたくなっているタツヒロであった。
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それから三日間、オリオン商会の一行は自由に町を見て回っていた。
ナベとトシは、コークスを使って見事な銑鉄を作り、ジョフランとシュリクを大いに驚かせ、ナベの精霊術で簡易コークス炉を作って実際にコークスを作って見せたりもした。
ジョフランとシュリクは大いに喜び、鉄鉱石と石炭の定期配達はあの価格で無事に合意に至った。
それに伴って、簡易コークス炉をこの町に来るたびにナベがメンテナンスするという条件付きだったが・・・。
だが、少なくともこれでジョフラン・シュリク商会自体は、木炭と石炭の差額が丸々儲けになる訳である。
副産物のタールも中々に利用用途がありそうだったので、その意味でもコークス炉の設置は簡易型とはいえ非常に大きな意味を持っていた。
トシとしては、コークス専業という提案も無い訳では無かった。
大規模なコークス炉を設置し、煙突で排煙を集めた先で二次燃焼させ、それで動く蒸気機関を作って、平地の水源から白銀山荘まで水をくみ上げる仕組みを動かすことで、希望者に割安な水を提供し、コークスで大儲けも可能である。
だが、蒸気機関の作成に抵抗があり、誰にも明かさない腹案で終わっていたのだった。
なので、設置した簡易コークス炉の煙突は、単に排煙をきれいにするために二次燃焼させているだけであった。
ナベとトシがそんなことをしているかと思えば、オニワカは武具屋を見て回り、これ!というべき一挺の斧を仕入れていた。
なんでもグレインに言いつけられていたらしく、最高に使いやすいと思う斧を一つ買って来いと言われ、二日半を掛けてすべての武具屋の斧を見て回り探し当てたらしい。
グレインはそれを見本に、二挺の斧を予備を含めて作ってくれるのだそうだ。
もちろん、そこにはトシのルーンによる魔術刻印が施され、性能をさらに向上させている。
誰にも知られていないが、アルゴー・ルロ基地の工房は今や世界でも有数の武具生産拠点になっているのだ。
そしてそこに、待望の『防具職人』が新たに加わることが決まった。
グレインの実弟、ブルーダが戦闘団に合流することになったのだ。
あれから翌々日にトモエとオニワカと連れ立って、ナベが返事をもらいにブルーダの店に訪れるとブルーダの態度が俄かに変わった。
トモエとオニワカの強さを間近で見て、普通に職人魂に火が点いたらしい。
曰く、『これほどの強者が身にまとう鎧を作れるのであれば、それはまさに職人の本懐。逆にこちらからお願いしたいくらいだ!』という事らしい。
裏を返せば、“ナベは強者と思わなんだ”という話しなのだが、そこは腐っても残念侍。
よく分かっておらず、いや~良かった、めでたいめでたい等と単純に喜んでいたのであった。
そして、今日の昼前に王城の方に泊まっている外交使節一行の随行員達と打ち合わせが出来たのだが、この後の夕食時に送別の宴があるらしく、本日の金貨の受け取りは見送る事となった。
その旨を造幣官舎に伝え、明日改めて受け取りに来ることを担当官に話すと、よくある事らしくそのまま明日来るようにと労わりながら伝えられた。
謝意を述べながら造幣官舎を後にし、宿にて浮いた午後の予定を皆に伝え、またしても自由時間として解散した。
もっとも、ピエトロとパブリツィオだけは、今日受け取る筈だった生鮮食材を明日に手配変更を掛けるために、再び食品問屋に向かって行った。
彼らも、それぞれの道具類を少々新調出来たらしく、一昨日に買い物から帰って来た時は二人して目尻が下がり、知らぬ内に“よほどいい買い物が出来たのだな”と周囲を納得させていた。
その夜はささやかながら帰路の無事を祈願する宴とし、少しだけ皆で酒を飲んで(その分、料理はガッチリ食べて)英気を養い、明日以降の帰路に備えるオリオン商会の一行であった。
翌日、昼飯の弁当を受け取りつつ宿の主人に礼を言い、料金を精算して宿を出る。
騎乗当番がそれぞれの馬を引き、造幣官舎までの道をまたテクテクと歩いていた。
官舎前まで来て周囲の隙間を確認し、ナベがマローダーを出すとそのまま官舎へ入り、受け取りの手続きを取る。
腕に施した刻印を確認し、積み込みが始まる。
ちょうど降しと逆の工程となり、マローダーの近くまで職員が運び、積み込みはオリオン商会のメンバーが行い、最終的に積み込んだ千箱を双方で確認し、受け取りにサインをする。
三人の連名のサインが終わった段階で、腕の刻印が消され受け取り完了となるのだ。
「お世話になりました。また次回よろしくお願いします」
「こちらこそ、毎回ながら遠路はるばるご苦労様です。また次回お出でになる事を願っております」
お互いに挨拶を交わし、握手で別れる。
そのまま山門まで向かい、外交使節一行が来るのを待つオリオン商会の面々。
後部乗用馬車をマローダーに繋ぎつつ、門番達と世間話をしながら待つこと十数分、使節一行が現れる。
それぞれにドワーフ王国の貴族達と別れの挨拶を交わし、我々と合流する。
そして到着した時のメンバーが全員揃い、門番に出発を告げると山門が勢いよく開き始める。
さあ、ここまでは問題無く終わった。
最後の難関、帰路の開始だ。
「さて、出発だ。何が起きても大丈夫だが、一応全員気合を入れ直せよ?」
ナベの出発の檄に、おう!と応えるオリオン商会のメンバー達であった。
話しの切りが良かったので、少々短めになってしまいました。