83話 白銀山荘・1
白銀山荘。
元々は、その名の通り山荘が一つ有っただけの、ドワーフ王国でも数ある鉱山の一つであった。
だが、アルゴー連合王国が滅んだ“大蹂躙”の際にドワーフ王国で残った唯一の建物であり鉱山であったため、生き残ったドワーフやコボルト達の復興の象徴となり、いつしか現在の新生ドワーフ王国の首都となった。
現在は当時の山荘は残っていないが地名だけは引き継ぎ、ドワーフ王国中興の象徴として残っている。
ちなみに、いくつかの町は復興がなされ、現在も鉱山の操業を続けているが、旧首都等の鉱脈が枯渇気味だった場所は、坑道を塞いで廃墟を撤去し、慰霊を行って完全に放棄しており、今では跡地としての石碑が残るのみであった。
また、麓の町は大蹂躙時と同じ所で復興されており、以前と同様に食料や酒の原料の生産、家畜の飼育などが行われているが、大蹂躙前の水準には未だ達していない。
山門の脇の通用口は、通常の入国希望者が並んでおり、門番が、まだまだ長い入国希望者達を整理しながら仮受付をしている。
この国では、グループ毎に入国希望者の人数と名前、入国目的を先に聞いて、実際の入国受付業務の窓口に渡すのが門番の仕事だ。
勿論、稀にだが荒事もあるようで、門番の大半が兵士でもある。
その仮受付が換金馬車の一行の所まで来たので、トシが車を降りて対応する。
「ルロの町から、金貨の換金に参りました。併せて三カ国の外交使節一行もお連れしております。お手配方々、宜しくお願い致します」
「おお、換金に参られた方々でしたか。まずはこちらへ」
前回もそうだったが、換金馬車と使節一行は普通の入国受付とは違う受付を通るのが慣例の様で、山門を半開する最大の歓迎を持って出迎えられる。
ちなみに山門の全開は、戦争の為の出兵時である。
我々を先導する門番の一人が門脇の詰め所に向かって叫ぶ。
「換金で来られた方々、並びに外交使節の方々が参られた。開門!、開門!」
そう叫ぶと、俄に詰め所がざわめき始める。
しばらくして、ギギギっと音を立てゆっくりと向かって右側の門が開き始める。
それが開ききるのをしばし待ち、開ききった所で門番から声がかかる。
「換金の方々は私が先導致します。外交使節の方々はあちらの儀典官が先導致します。使節の方々のお荷物は後刻、儀典官舎より受け取りの者が参りますので、その者らにお預け頂けますようお願い致します」
そう言うと門番はそのまま先に進んで行った。
ナベは人が降りた後の後部常用馬車を、そのまま絶界にしまい、マローダーでゆっくりと門番の後を付いて行く。
実は、換金希望者はまず換金の受付を済ませてしまうのが、この国での慣わしなのである。
盗難等が起きにくいように、延べ棒の類いを先に受け付けて金庫に入れてしまい、持って来た者に魔術による識別印を刻むのだ。
そして受け取り時に識別印を消すことで、金貨の受け渡し完了としている。
なので、換金馬車は最優先で入国出来るのだ。
ただ、今回は前回より多目の為、少々時間がかかると予想される。
その間はそれぞれの用足しをする予定だった。
そして、オリオン商会の一行が造幣官舎に到 着すると、門番がではこれで!と一声掛けて本来の職務に戻っていく。
ドワーフ達に厳重に警備された造幣官舎に入り、ナベが絶界から換金依頼書を取り出し、コボルトの窓口担当に手渡す。
「ふむ・・・、確かに承りました。おい、受け取りだ! 人呼んで来い! 少し多目にな! オリオン商会殿、では参りましょうか」
そう言って窓口の担当が外に出てマローダーの近くに来る。
荷出しはオリオン商会で行い、出した荷物を造幣官舎の職員が運び入れる。
先程の窓口担当が数を数え、その後に運び入れるらしい。
依頼書の数と出した物の数、それに受け取った数まで合って、初めて『受け入れ完了』となる。
最終確認が取れたらしく、窓口担当がやって来る。
「荷改めは、恙無く終わりました。受け取りの術印はどなたに?」
「俺にくれ」
ナベが自薦する。
それに頷いて職員が道具を持ち出し、ナベの腕に何がしかをしているが、それが何をしているか解っているのはトシだけだった。
「・・・・・・、はい。では確かに。で、今回の引き渡しですが、何分にも数が多うございます。中三日頂きたい。四日後の昼食以降にお越し下さい。また千箱にしてお渡ししましょう」
「分かった。四日後の昼食以降だな? また来るよ」
「はい、お待ちしております」
これで受け付けは完了だ。
今日やる事は終えたので、後は宿に向かうだけとなる。
「まずは宿に向かおう。荷物を下ろして、受付しねーとな」
マローダーをしまったナベの呼び掛けに、おうと皆が応え、そのままぞろぞろと馬を引きながら宿に向かう事にする。
町中で乗馬可能なのは兵士だけとされている為、皆が馬を引きつつ通りを歩いているのだ。
ところで、換金馬車で来たときの宿は、実はここと決まっている場所がある。
前任者どころか何代も前からの常宿で、換金馬車の請負業者が代替わりする度に何とかお願いしますと営業を掛けてくるらしく、町務会議でも断りきれずに何だかんだと毎回お願いしているらしい。
その分待遇は最上級と言って良く、当たり前だが団体にも対応出来る設備--三十頭まで収容可能な厩舎など、この国広しと言えどこの宿しか持って無いだろう--を備えていた。
オリオン商会が請け負う様になってからは、人数が減った分、一等室を全員で取るようにしていた。
予算は町の払いなので、気兼ねなく取れるというものである。
そして常宿、『白銀の息吹亭』に着き、扉を開けて声を掛ける。
「親父さん、オリオン商会だ。今日から世話になるぜ。前回通り一週間で頼むわ」
「おう、予定通りだったな。お疲れさん。ん?、何か去年来たときより顔色がいい様な気がするが気のせいか?」
「あ〜、今回は秘密兵器を持って来たからな。そりゃ〜快適な道中よ」
「ほほう、そりゃ興味が湧くな。まあ、機会があったら見せてくれ」
「ああ、後でな」
「どうする? すぐ飯にするかい?」
時刻は五時を回った辺りだ。
「いや、六時からにしよう。その分旨くしてくれや、親父さん」
「言うねえ、お前さんも。分かった六時までに降りて来てくれ」
その返事を合図に、皆で鍵を受け取ってそれぞれの部屋へと向かい荷物を解いて一息つく。
今回はナベ、トシ、タツヒロそれぞれで用事を抱えていた。
ナベは人に会い、トシは技術と鉱石の交換、タツヒロは素材探し。
それぞれの用事は明日以降にこなす事にする。今日は夕飯を楽しむ事にし、酒も解禁して皆で浴びるように飲んで、皆で泥のように寝た。
翌日、痛い頭を(タツヒロを除く)振りながら二日酔い用の軽い朝食(タツヒロを除く)をかっ込み、皆に今日一日は自由時間と伝え、そのまま解散するオリオン商会の面々。
三々五々、思い思いに町へ繰り出して行く。
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ナベはようやく二日酔が治まり、道行く人に聞きながらある建物を目指して歩いていた。
『防具の店ブルーダ』
それが、探している店の名だ。
「防具の店なら、あっちの職人街の方に有るんじゃねえのか?」
「ブルーダの店?、ああ、あっちにあるがいるかどうか分かんねーぞ?」
それらしき建物の前に辿り着いたナベだが、看板もディスプレイも無いので確信が持てぬまま店の扉を開ける。
「ブルーダさんの店ってのはここかい?」
中には誰もおらず、奥の方へ向かって声をかけて見るが特に反応が無い。
意を決して中に入り、もう一度叫んでみる。
「ブルーダさん! いるかい?」
人気のない室内には、イスが三脚とテーブルが一つ、あとはカウンターがあるだけで、そのカウンターの奥に裏手への道が続いている。
ゆっくりと裏手へ回ってみると、出てすぐの裏庭に二階への階段があり、それとは別に裏庭に面して奥まったところには工房らしき建屋があった。
二階か工房だろうと目星を付け、ナベはまず工房へ行ってみることにした。
すると、一人の男がじっと炉の前に座ってふいごを動かし続けている。
そのふいごの風を送る音だけが工房の中に響いている。
ナベはふと目に入ったその光景を黙って見続ける。
男はふいごに入れる力を強め、急にふいごが忙しなく動き始める。
炉の中が一気に過熱されていくのが、炉内の色で判る。
白みを帯びた黄色はかなりの高温の証だ。
よし、と声を上げ、炉内から取り出した金属片らしきものを金床に据えて手にしたハンマーで叩き始める。
時に合の手を入れる様に手数を増やしつつ、一定の速度で叩いていく。
その速度が落ち、確かめるように目の前にかざして叩き、またかざしてまた叩く。
思い通りにいったのか、一息吐いてまた炉内にくべる。
そしてふいごを動かし、先ほどよりも温度が低いタイミングで取り出し、そのまま脇にあった水桶に突っ込んで焼きを入れている様だ。
「待たせたな。途中でくっちゃべって来やがったら叩き出そうと思ってたが、助かったぜ」
「な~に、職人仕事を見るのは嫌いじゃない」
「で? 何用だい。来客とは珍しいが皆無って訳でもない、偶に物好きが来ることはあるからな」
自嘲気味の苦笑いで、ナベに体を向ける一人のドワーフ。
「まずはこれだ。預かりもんだよ」
そう言って、ナベはブルーダに手紙を渡す。
「ほう、手紙とはな。何年ぶりにもらった事か・・・」
そう言って封を切り手紙を読み始めると、苦笑いが消え表情自体も消えていく。
「兄貴からとは予想外だったが、それ以上に内容が予想外だったな」
「その手紙に何が書いてあるかは、正直なところ知らん。俺はグレインに、腕のいい防具職人を紹介してくれと頼んだ。そしたらあんたの名前を出され、この手紙を持って行けと渡されただけだからな。俺からの頼みはただ一つ!、うちに来て俺らの部下達の命を守れる鎧を作って欲しい!」
「・・・ふん、そのことも書いてあったぜ、手紙の中にな。ただ、俺は今までここでずっとハンマーを振って来た。曲がりなりにも、この国の者達の為にな。それをお前さんは連れ出そうという。おれが外に出なきゃいけない理由は何だ?」
「そりゃあ、うちの連中にあんたの鎧を着せたいからだよ。あんたの作る鎧の評判はグレインから聞いている。軽いわりに強く固く、それでいて動きやすく、全く新しい考え方の鎧だそうじゃないか。そういう頭が柔らかい職人は得難いからな。ぜひともうちに来て貰いてー訳よ」
「作品が評価されるのは職人冥利に尽きるが、俺自身は納得できない部分がまだ多い。だが兄貴のいう事も判らなくもない。何とも手詰まりな部分があってな・・・、そこが解決しない以上俺の作りたい鎧は前には進まん。今日は久しぶりに炉に火を熾したが・・・、ふむそうか、兄貴にはこの現状も含めて御見通しって訳か・・・、返事は・・・済まねえな、ちょっと考えさせてくれ」
「分かった。四日後の昼前にまた来てみるよ。色よい返事が聞けるのを期待してるぜ」
そのままナベはブルーダの店を後にした。
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「よお、久しぶりだな」
「ん?、おお、あんたか。またお役目かい?」
「ああ、昨日着いたんだ」
「どうだい、ゲルンは元気にやってるかい?」
「ああ、ゲルン親方には世話になりっぱなしだよ」
「そいつは良かった。ほれ」
トシは渡されたエールのジョッキを受け取り、ぐびっと一口流し込む。
渡したドワーフと隣のコボルトも同じものを手に持ち、同じようにぐびっと一口流し込む。
ここは白銀山荘内の鍛冶屋の一つで鉱石問屋もやっているところで、名をジョフラン・シュリク商会という。
目の前にいるのがドワーフのジョフラン、との隣がコボルトのシュリクである。
ちなみにジョフランはゲルンの叔父であり、残された数少ない肉親の一人だ。
「今日は実は商談に来たんだが・・・」
「ほう? あんたらがうちから何か買うってか?、それとも何か売ってくれるのか?」
「実は鉱石を定期的に仕入れたくてな・・・、なくなったら買うってのも存外面倒なんだよ」
「定期的に、か。何をどのぐらい欲しいんだ?」
「鉄鉱石だな、それと石炭も。鉄鉱石は月に二十樽、石炭は月に三十樽だ」
「中々の量だな、いくらだ?」
「鉄鉱石は一樽につき銀貨一枚、石炭は一樽につき銀銅貨五枚、合わせて月に金貨三枚と銀貨五枚だな」
「おいおい、相場の半額じゃねーか。流石にそいつぁ出来ねー相談だな」
「もちろん只でその値段とは言わんよ。今やってる鉄鉱石の製錬は燃料は何だ?」
「そりゃあ木炭に決まってる」
「石炭はどうしてるんだ?」
「石炭?、あれは冬の暖房と合金炉の加熱だな。それがどうした?」
「うちは石炭で鉄鉱石を焚こうと思ってるんだよ・・・」
「おいおい、バカ言っちゃあいけねーよ。屑鉄作ってどうすんだよ」
「そうならない方法があるとしたら、どうする?」
「・・・、あんたまさかそれを知ってるのか? そうか、読めたぞ。それを教える代わりに安く鉱石類を卸せとそういう訳か」
「ご名答。どうする?」
「それがホントなら、これ以上の話しは無え・・・。だがよ、そこは俺達の目で確認しないと何とも言えねーぜ」
「これが何だかわかるか?」
そう言って、トシは懐から艶の無い黒い軽石の様なものを取り出すのだった