82話 襲撃
翌朝は、五時半に起床のベル、というか鐘が鳴る。
厨房の二人に言って、五時半に鳴らしてもらうようにしていた。
昨夜は、あの後の風呂でも大感動大会があり、嬉しいのだがウザいという状態が継続する事となった。
まあ、入り方は純日本式を指導しており、それだけは皆存外早く覚えてくれた。
しかし、湯に体を沈めきった瞬間の、あの意味不明なうーーだのあーーだのという静かな叫びは、洋の東西を問わず出てくるものらしい。
聞いたところ、やはり湯船に湯を張りそれに浸かるのは、偶に出来る贅沢というぐらい珍しいそうだ。
貴族がそうなのだから、庶民たるや推して知るべしであろう。
ところが、ここの風呂はアーティファクトだらけで実現されている。
その為、基本的にお金は掛からずに毎日たっぷりのお湯に浸かる事が出来る。
さすがに、仕組みについて話した時は、全員が呆気に取られた様な顔をしていた。
それは、部屋の灯りや廊下の灯り、トイレに至るまで全てアーティファクトだらけだと説明した時にも、再度繰り返されていた。
とにもかくにも、オリオン商会とは規格外な連中だという認識が形成されていたが、それを察していたのはトシだけだった事は言うまでもない。
大騒ぎは、翌朝のバフェ形式の朝食でも続く。
戦闘団ではすっかりお馴染みの方式だが、この世界ではまだまだ珍しい考え方だそうで、その意外な合理性に随行員達の方が感動している。
それぞれの適量で食べられるし、洗い物も少なくて済む。
戦闘団の中に限って言えば、既に自ら量の加減を始める様になっている。
別な言い方をすれば、意識して食事を捉える様になるし、その影響をしっかりと考慮するようになるのだ。
そんな訳で、朝食バフェも大好評だった。
そして八時、出発予定の時間になる。
昨日と同じ様に、音も無く、瞬く間もなく宿舎は消え、元の地形がそこにある。
まるで幻を見たような錯覚に落ちそうになるが、膨れた腹だけは食べた朝食が本物だと訴えている。
そんな不思議な感覚に包まれながら、使節一行はまた後部常用馬車に乗り込む。
「よし、出発だ!」
ナベの掛け声と共に騎兵が先行して二日目に旅程が始まった。
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そのまま、何事もなく二日目、三日目と過ぎ四日目も順調に過ぎていく。
道行きは五日目からその様相を変えていく。
この辺りから、森が街道から北に離れていき、街道は草原に挟まれた白銀山脈に続く道、といった様相に様変わりする。
その翌日、六日目の昼前頃にそれは始まった。
ナベの警戒監視に来客の反応が出始める。
もっと手前で来るのかと思っていたが、周りが広くなってから来るとは予想外だった。
<来たぞ、来客だ。数はざっと数えても二百はいるな。全員打ち合わせ通りに!>
打ち合わせ通りに、などと嘯いているが何のことはない、来たら止まって迎撃する、ただこれだけである。
芸が無いと言ってしまえば身も蓋も無いが、余計な手間が掛からない分、効率の良い策なのだ。
<敵の分布は前方に五十、これは足止めだろ。二時の方向から七十、四時の方向から八十だ。四時の方はトモエ、二時の方はタカマルがやれ。ちょっとした試験になりそうだな。皆ケガしない様に>
トシは車を止めながら、戻って来る騎兵達から馬を預かる為に外に出る。トシとタツヒロも外に出て、トシは使節一行に説明に、タツヒロはナベの手伝いに走る。
全ての馬をマローダーの左側に繋ぎ止め、二人は駆け出していった部下達を見に、マローダーの右側に回り込む。
凡その位置を絆路を通じて伝えてある為、完全に最短距離で相手に迫りつつあった。
相手も相手で、位置まで完全に露見しているとは思っていなかったらしく、先程から敵の焦燥感が増している。
三々五々、後部常用馬車から使節一行が降りてきて、これから始まる戦いの趨勢を見ようと目を凝らす。
「本当にあの数で大丈夫なのか? もちろん向かって行ったのは、何らかの勝算があっての事とは思うが・・・」
ティベリウスの言葉が、皆の気持ちを代弁している様子だったが、トシは淡々と応じるに留まる。
「まあまあ、ご心配になる部分は数で負けている部分であろうかと思いますが、これは試験も兼ねております。この状況をどのようにして勝ちに繋げるか? それぞれの隊長がしっかり考えてくれる事でしょう」
トシが解説している内に、相手方の集団が二つとも焦れて出て来る。
罠が無い事もナベが喝破し伝えていたので、隠れているところに真っ直ぐ向かってこられて、我慢が限界に達したのだろうとトシは見ている。
服装を見る限り、追剥や盗賊と言った連中ばかりが並んでいるのが判る。
それを見た途端、護衛の小隊がそれぞれ足を止め、タカマルが弓を構え、ヨシカドが弓を掲げて数瞬の後、タカマルからは無尽弓・穿と思われる矢が続けざまに放たれ、ヨシカドからはヨシカドの頭上に発生した無数の光球が次々に相手に襲い掛かって行くのが見える。
タカマルの発した矢は加速し続けてるらしく、どの矢もパアーンと乾いた音を立てて周りのモノを抉る様に巻き込みながら集団を抜けて、その背後の地面に突き刺さる。
ヨシカドの作った光球の方は、クネクネと軌道を様々に変化させながら盗賊たちの首の部分を次々と射抜いて行く。
その間に他の小隊メンバーは、両小隊共に側方から背面に展開中だ。
どうやら、トモエもタカマルもこいつらは弱いと判断し、複数攻撃が可能な主攻だけを残して、他のメンバーで包囲殲滅を狙っている様だ。
トモエとタカマル二人のいやらしい所は、敵方の指揮官と思しき者は一番最初に潰していた点だった。
まあ、会敵寸前にナベがぼんやりと教えていたので、比較的早く見当が付けれたらしいが、それでも戦闘開始直後に烏合の衆に堕してしまった敵には、最早気の毒としか言い様が無い。
これが普通の護衛相手であれば、待ち伏せなども効果があったかもしれないが、三ツ星戦闘団相手には効果無しどころか逆効果にすらなり兼ねないのである。
ナベの探知範囲は今や十kmに達し、タツヒロの無尽弓・爆穿は音速到達までの必要加速距離が百mほどと、以前よりも有効射程が広がっているし、トシに至っては必要とあらば焔身でその身を炎と化し、そのまま殴りこみに行く事も辞さない程になっている。
普通ではない奴らばかりが集まっているのが、三ツ星戦闘団という破格の存在なのである。
眼前では、集団より抜け出した者が狩られ始め、間もなく掃討選に移行するタイミングに差し掛かっているところだった。
「まあ、まずまずだな」
ナベが下した評価だった。
普通に考えれば、大勝利~!と叫んで喜ぶべき内容だが、ナベにはまずまず以上の成果とは言えない。
もう少し包囲へ移行するタイミングが早くないといけない、とナベには見えている。
「それなりに動けてたし、まあ、悪くないな」
戦闘可能な騎乗動物がいれば、問題も解決されそうである。
ここは素直に褒めておくトシだった。
「いいんじゃない? みんな頑張ってたし、怪我人も無いし」
根が医者のタツヒロは、無事帰って来るのが重要と答える。
これは性分なので、変え様が無いかもしれない。
っと、ここでこれまで隠れていた正面の陽動役五十人が姿を現しながらマローダーの方に向かって来る。
それを確認するや、ふっとナベが消えた。
すると、正面の五十人に真っ直ぐに向かうナベが確認出来る。
まるで地の上を滑る様に、空を蹴って--瞬行に対比させて蹴行と名付けていた--前へ進んでいく。
そして敵の眼前に立ち止まり、絶剣を居合で構えて一吠えする。
「師匠より受け継ぎし秘剣、これを土産にくれてやろう。飛燕斬!」
そう叫んだ直後、爆発的にナベの気勢が上がり、絶剣にて居合を放つ。
鞘から抜いた瞬間に刀身から光があふれ、絶剣の動きを追うかの様に光の帯が出来る。
そして、最後まで振り切って絶剣が動きを止めたその瞬間、太い光の帯が放たれるように前方に飛んでいく。
それは前方の五十人すべてを通過し、そのまま空に向かって突き進みつつ、最後は空の彼方に消えていった。
光の帯が消えたことを確認し、振り返って鞘に絶剣を納めると後ろの方からどさっどさっと何かが落ちるような音が聞こえて来る。
盗賊達は、光の帯が通過した所で切断され、一瞬で全員が絶命していた。
ナベが使節一行の所に戻った頃には、部下たちも戦闘を終わらせておりこちらに集まりつつあった。
まずは無事を祝い、労いの言葉を掛け戦果を確認する。
両小隊共に、殲滅が完了していた。
中でもオニワカが一番の活躍だった様だ。
名前の元ネタになった人物は得物が薙刀だったが、オニワカは冬の間に長剣から斧二挺に持ち替えている。
斧であれば(角度が良ければ)鎧でさえぶち破ってしまう為、その豪快さが気に入ったらしい。
それ以来、黒旋風と徒名され本人も満更でもない様子だった。
あーだこーだとひとしきり雑談をし、さて後始末をして旅程を再開しようということになった。
全ての死体をナベがシフの力で作った巨大な砂の手で掻き集め、残った血をタツヒロがアナイティスの力を借りて血の球を宙に浮かべつつ一滴も残らぬように集める。
そのままナベが前もって掘って置いた穴に全て投げ入れ、土で埋める。
一応、ナベが岩を召喚して墓標を作ってやる事にする。
昼飯はゆっくり進みながら取ることになり、ピエトロが用意していたサンドイッチのみを配って各自で食べてもらう事にした。
使節一行が馬車内で昼食を取りながら先ほどの襲撃を振り返っていた。
「しかし普通の護衛であれば、前方の陽動に引っかかり、馬首を返して逃げようとした先に伏兵がいる。こんな状況では囲まれて全滅しておったぞ」
「この者らの状況把握能力は恐ろしいものがあるな。陽動を察して先に伏兵を片付け始め、それに焦った陽動役が出てくると、そこを一瞬で切り伏せる」
「しかも、兵たちが十人力、百人力の猛者揃いの上、それを率いる者があの強さ・・・。正直、普通の軍では十倍でも勝てる気がしませんな」
「あれは、百倍の兵にも勝つやもしれません」
「彼らも言ってましたが、レッサー・オーガを一人一殺ですからねえ。その意味がさっきのでよっく分かりましたよ」
「敵に回してはいけない存在を敵に回してしまった絶望感たるや・・・。盗賊達が気の毒になって来ましたよ」
「盗賊側に同情というのも不思議な気分だが、確かに同情の余地はあるな。普通の盗み働きと思いきやそこは死地であった、というのは自業自得ではあるが同情の余地もある」
「まあ、兎にも角にも彼らが護衛でなければ、今頃はこの首も胴体から離れ、金も奪われ盗賊の宝となっていたはず。うちでは特別報酬を用意しようかと考えておる所です」
「なるほどのう、それは名案かもしれんな。うちの方かも合わせて出すことにしよう」
「うちも乗ったぞ、その話し」
こうして馬車の中は襲撃の話しが落ち着いては蒸し返され、落ち着いては蒸し返されして、結局のところ野営地に着くまで繰り返されたらしい。
その後の旅程は特に支障も無く十日目の夕方前、俗に“山門”と呼ばれる見上げるほどの門の前に着いた。
これこそが城塞都市・白銀山荘の主門たる南門の威容であった。