81話 初日終了
トシはオリオン商会のメンバーにも部屋のカギを渡して、荷物を下ろさせそれぞれに仕事を振る。
とは言え、ナベとタツヒロは車庫で、鬼人達の内最後に騎乗していた五人は馬の世話の真っ最中だ。
「タカマルとマユミは風呂の用意を、ヨシカドとソウイチ、それにソウザはテーブルクロスをセットしてくれ」
そうこうしている内に、使節一行が三々五々降りて来る。
トシは、湧かしていたお湯をポットごと机の脇のワゴンに持って行くと、ワゴンの上--見た目はIH卓上コンロまんまの加熱用アーティファクトの上--にポットを置く。
そのままお茶を淹れ始め、降りて来た使節一行に振る舞う。
「皆さんどうぞ、お茶が入りましたよ。この奥の方にトイレがありまして、洗面台もあります。そのトイレをさらにまがって奥へ行くと風呂になります。既に湧かしてありますので、食事までの間にお風呂をという方はどうぞ」
お茶を飲んで一息ついたのか、魂の抜けたような顔は取り敢えず治まったが、今度は数々の疑問が生まれている最中らしく口々に疑問をぶつけて来る。
トシはそれを、朝礼の時の校長先生よろしくニコニコと笑みを浮かべながら黙って聞いている。
段々と疑問を投げかけていた声が少なくなり、最後は皆押し黙る。
それを狙っていたかのようにトシが口を開いた。
「出来れば一人ずつ、一つずつでお聞きいただけると助かりますが・・・」
トシの投げかけで、若干ばつの悪そうな表情になる使節一行。
「ご指摘尤もじゃ。ちょ~っぴり大人気無かったのう、のうティビー」
「確かに小タイグの言う通りじゃった。少し落ち着こうか、皆の衆、ア~ンド儂」
「ええ、お二方の仰る通りですね。ちょっと反省します」
使節の面々が反省しきりと言った体で、口々に謝罪とも取れそうな言葉を口にし、随行員の面々も脇で頷いている。
その内に使節一行が、何をどう聞くか、誰が聞くかの話し合いを始めてしまい、その様子を面白そうに眺めるトシという構図が出来上がっている。
トシもトシで、特に気にせず自分のお茶を悠々と飲み始め、会議の行方を聞くとは無しに聞いていた。
そこへ、外の用事が終わった面々が、“は~終わった終わった”だの“疲れたなあ”だの好き勝手呟きながら入って来る。
そして、ナベがトシを見付けカギを受け取ると、絶界を張った報告だけしてスタスタと皆と二階へ向かう。
行きながら、部屋割りの通りに残っていた鍵を渡し、今日の夜は初日だから気合入れろと言っておいた、等と厨房に圧力をかけたことを仄めかしながら階段を上がって行った。
タツヒロ一人がトシの所に戻って来ると、厨房組のカギを預かり届けに行く。
そのまま二階に上がったタツヒロと前後して、ナベが一人で降りて来る。
「皆には、食事まで休憩って事にしといた。俺は外でタバコ吸って来るわ」
それを追うように、後から降りてきたタツヒロも外に出て行った。
トシも思わず、使節一行に声を掛ける。
「皆さんも外でお茶にしませんか? 中々風情があって良い物ですよ?」
トシが外を見つつ声を掛ける。
ナベも阿吽の呼吸で、大きなテーブルを広げで椅子を並べつつあった。
「なるほど、外で景色を見ながら飲むお茶も悪く無さそうだ。どうであろう皆の衆、ここは一つ提案に乗ってみては?」
各員から賛意が寄せられ、皆で外に出ることにする。
もちろん、トシはタツヒロを呼んでワゴンごと外に出るつもりだ。
外はまだ昼間の暖かさ残っているのか、過ごしやすい気温で、お茶や軽食には持って来いの環境になっていた。
ナベとタツヒロ以外はテーブルに着き、二人は少し離れて一服している。
トシが気になったのかタイグに声を掛ける。
「どうです? 何を聞くか決まりましたか?」
「ん?、ああ、ほぼ決まった。後は誰から聞くかだが、話しを振られた特権として儂から聞くことにしよう。誠人殿、貴殿が使う技、あれは絶界で相違無いな?」
「間違い無く、絶界です。それがどうかしましたか?」
「なに、確認と確信の為じゃよ。何と言ってもお主の前の持ち主は、かの“不死身のデビッド”じゃからのう・・・。かの御仁の逸話は、数多の吟遊詩人が歌い継いでおるが、内容を細かく吟味すれば荒唐無稽と言わざるを得ん話しばかりじゃ。じゃが、こうして次代の使い手が現れた以上、絶界とは実在するモノであり、伝説の多くは真実であった可能性が出て来る、という訳じゃよ。何せ『長征千ガリム』での、旅の宿に荒野で自宅を出す場面を、たった今この目で見せられたからのう」
タイグの言葉に、皆もうんうんと頷いている。
そうしている内にティベリウスが手を上げている。
「タイグの次は儂の番じゃ。儂から聞きたいのは、鬼人と言ったか?、そなたらの部下たちの話しじゃ。あの者らは何者なのじゃ? 一人だけ毛色の違う者も混じっているようじゃが、今まで見たことが無い連中じゃ。あれらは一体何者なのか教えてくれ」
ティベリウスの質問に三人が顔を見合わせてトシが答える。
「彼らはアルゴーの森に隠れ住む鬼人達で鬼庭一族です。故有って懇意となり、我々の戦闘団旗揚げに力を貸してくれました。毛色の違うと言っていたのはノコシロウの事でしょう。彼だけは唯一鬼人ではなく、ハイオークの猪生一族の者です」
「ハイオークじゃと!? よもやそのような貴重な存在をこの目で見れようとは・・・、にしても鬼人のう・・・。アルゴーの森は未だに解らない事ばかりじゃ・・・」
では次は私から、と声を上げるアウグスト。
「こんな道の脇に、こんなに目立つ建物を置いて大丈夫なのでしょうか? 父に聞いていた話しと、実際の護衛任務の現実があまりにも違いすぎて少々混乱しています」
「ああ、そこは心配ないですよアウグストさん。今の時点で既に絶界を発動していますから、朝までぐっすり休んでいただいて大丈夫です」
「え!? すでに発動って・・・。あ!、あの『何物も入れぬ固き結界』という事なんですか?、あのおとぎ話通りの?」
「有体に言えばそれです。今の段階で、既にこの空間には何人たりとも外から入ることは出来ません。どうぞご安心下さい」
「・・・分かりました。誠人さんの言葉を信じます」
理解は出来ないが、納得はしたようでスッキリとした気持ちで席に着く。
次はエマーソンが手を上げる。
「私は、あの馬無し馬車の速さが気になっておりました。あれはどのぐらいの速さで走れるものなのでしょうか?」
「あれの速度は、およそ軍馬の全速の二倍から、下手すると三倍くらいまでは出せますね」
「そんなに?」
「ええ、可能です。馬が付いて来れないので出していないだけですよ」
ナベの答えに、驚きを隠せない若手随行員。
それはもう一人も同じだった。
「誠人殿、その計算で行くとルロの町から山荘まではどのぐらいになるんですか?」
「ルロから山荘までは確か七百ガリム弱くらいだったと思いますので、まあ三日目の昼過ぎ、くらいには着きますかね」
「三日目の昼ですか!?」
「ええ、そのぐらいです」
ティーカップを持ったまま固まってしまっている。
「じゃあ、最後は私めの方から・・・。皆さまはかなり使われるかと思います。そういう匂いがプンプンとしますからな。そこで、どなたか一手お手合わせ願えませんでしょうか? 聞くところによると、オリオン商会は三ツ星戦闘団の傘下であるとか・・・、というより護衛任務のために商会を設立しただけで、その実態は三ツ星戦闘団そのものと聞き及んでおります。その皆さんの実力のほどを、ぜひ見届けさせてもらえないかと」
今度はナベが固まった。
どうする?という顔をしてトシを振り返ると、トシが頷いて話しを始める。
「ゴンサロ様、ゴンサロ様自身はレッサー・オーガと対峙した経験はおありですか?」
「レッサーオーガであれば幾度も・・・、それがどうかしたのかな?」
「その際は御一人で倒されましたか?」
「いやいや、それは無い。軍で教える基本戦術はレッサー・オーガとやる際は、正面に三人、側方に二人、後方に三人の計七人で当たるものだ。手練れが混じれば、もう少し減らせるだろうが、基本はその位の人数が必要だな」
「そうですか・・・。実は、我々の兵の基準はレッサー・オーガ程度であれば一人一殺です。護衛に来ているメンバーは厨房の二人を除いて、全員この基準を難なくクリアしています。この事実でゴンサロ様への回答とさせて頂きたいのですが、如何に?」
「一人一殺・・・。分かり申した、手合わせの件はまたいずれ」
「ええ、それが宜しいかと存じます」
その内、宿舎からトモエが出て来る。
「芳俊様、厨房の用意が整ったようでございます」
「分かった、すぐに行くと伝えてくれ」
そのまま、使節一行に向き直って食事の時間を告げる。
「皆さま、食事の準備が出来たようです。よろしければ食堂へどうぞ」
おお、もうそんな時間か、さて参るか、等の声と共に使節一行は宿舎へ入って行く。
ナベとタツヒロはテーブル類をざっくりとまとめ、最後にトシの後を追うように中へ入って行った。
夕食の内容はピエトロが頑張ってくれた。
メニューはサラダ、前菜、スープ、肉、パンという内容だ。
使節一行に出すのとは盛り付けの気合が違うだけで、基本的にこのメニューを全員で食べる予定である。
サラダは今日はコブサラダ風、前菜はハム、ベーコン、チーズ、ピクルスの盛り合わせ、スープは牛骨のビーフシチュー、肉は黒牛(本来はブラック・ツーテイル・ブルと言って、魔獣の一種だが、生育中にマナ枯渇を人為的に引き起こすと、ほぼ普通の牛として飼える事が判り、それ以来うちの貴重な肉牛替りとなっている)のローストビーフ、パンは焼きたてのブールにした。
構成はコース料理を意識していたが、配膳は一発である。
テーブルに並ぶメニューに、流石の使節一行も感嘆の声を隠せない。
「これは・・・、自宅の夕食だとしても『今日は奢ったのう!』と返す内容じゃな」
とティベリウスが唸れば、
「全くじゃのうティビー。しかも今は換金馬車道中での一日目じゃぞ? 信じられんわい」
とタイグが返し、アウグストも、
「これが支給されるメニューなんですか? 町の料理屋で食べてもこれほどのモノは値が張るでしょうに」
と、感嘆しきりだ。
切りが無いので、トシが締める。
「皆さん、お褒め頂けるのは大変有り難いのですが、うちのシェフとしてもぜひ食べた感想を聞きたいはずです。まずは冷めない内に、ぜひお召し上がりください」
そうじゃな、もっともじゃ、早く食べましょう、等の声でやっと食事が始まる。
そして始まったら始まったで、今度は味を褒める声が休み無しに続くのだ。
もちろん、三人とも単純に嬉しい。嬉しいのだが、正直なところ、少々ウザい。
皆の声でやいのやいのと、うるさくも楽しい食事時間が終わり、ピエトロが挨拶に来る。
「本日は初日という事もあり、少々気合を入れさせて頂きました。明日以降はもう少し取っ付き易いメニューにしようと思っておりますが、まずは初日の疲れを食事で癒して頂ければと思っております。明日の朝食は六時から七時半の間にこちらにてお取り下さい。バフェ形式でお出しします」
ピエトロの後を継いでトシが話しを続ける。
「この後はこちらでうちのメンバーの食事が始まります。が、皆さまに関しては同じテーブルで食後の時間をお楽しみ頂くも良し、風呂も沸いておりますのでそちらを楽しまれても良し、であります。どうぞ、ゆるりとお過ごし下さい」
そして護衛メンバー達の食事が始まるのであった。