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絶剣 ~世界を切り裂く力~  作者: 如月中将
第2章 三ツ星戦闘団、遊弋す
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80話 出立の日

 翌日、日の出と共に起きる護衛任務の面々。

 食事、身支度を済ませ最後の確認を行い、商館を後にする。

 ナガヨシにはそのまま治安組の受け入れを依頼し、併せてその監督も任せてある。

 物資も昨晩最終確認を行ったので、手抜かりは無い、はずである。

 そのまま、北門を抜け、門外に止めてあるマローダーと、繋がれたままの後部乗用馬車の様子を見に行く。

 周囲の警備兵に挨拶して埃除けの大布を外し、外観を確認する。

 問題無い。

 時間は間も無く六時半、早かったか?と思いながら天幕に向かう。

 天幕に着くと、既に先客が居た。

 フェビアンとジェラルドが並んで茶を飲んでいる。

 

「おお、おはようございます“オリオンの三ツ星”、昨日は所用にて失礼いたしました。せめて今日くらいはと、お茶の用意をさせてもらっております。ささ、どうぞこちらへ」

「・・・おはようございます、ジェラルド殿。して、その“オリオンの三ツ星”とやらは・・・、何ですか?」

 

 目元をピクピクと引く付かせながらトシがジェラルドに応じる。

 それに悪びれることなく、真顔でジェラルドは追い打ちをかける。

 

「最近、商人達や冒険者ギルドの幹部といった、あなた方を知る者達が付け始めた二つ名ですね。やはり御三方は、話しを聞くだけでもすごいですよ。以前の捕り物の時も・・・」

 

 ジェラルドの話しが、何故か?という視点で続く。

『なんでやねん!』とツッコミを入れたら『それはですね・・・』と返されるような、もっと気まずい感覚に陥っているトシだが、それがトシだけというのがその最たる不幸であった・・・

 そんなトシを尻目に、ナベとタツヒロはフェビアンに湯をもらい、朝の一服をコーヒーと共にキメていた(もちろんタバコです!)

 

「ほほう、これがカフアですか。一度だけミルク入りを飲んでみましたが、その時はピンと来なかったのでそれから足が向かなかったのですが、これはいい。スッキリしますね」

 

 フェビアンはナベ達に倣ってブラックを飲んでいた。

 

「目覚めの一杯はブラックが一番だよ、フェビアンさん。これに慣れるとお茶は物足んねーよ、なあタツヒロ」

「ナベはいつでもコーヒー・・・、もといカフアだろ? 俺みたいにお茶もカフアもそれぞれ良いところを知ってるならまだしも・・・」

「私も、これで弘樹さんと同じになりそうだ。これはいいな。喫茶店の方からカフアの実だけ買えるんだろ?」

「ああ、袋で置いてある。あ、そうそう、実を買う時は粉挽きも忘れずにな。フェビアンさんなら多少は勉強させてもらうぜ」

 

 最近はお互い慣れてきたのか、フェビアンとはかなり砕けたやり取りに成りつつある。

 そうこうしている内に、トシとジェラルドもお茶を持ってこちらに向かってくる。

 どうやら、トシと同じくジェラルドもお茶派らしい。

 少し離れた所で、二人でお茶を楽しんでいた。

 会話も先ほどの、“片方だけが荒野に居る”ような話題は終わった様で、治安組の派遣や配置の話しに移っていた。

 そして七時前ぐらいになると、話し声と足音が聞こえてくる。

 

「おはよう、皆の衆!」

 

 集団から代表して、タイグが大声で挨拶を叫ぶ。

 今朝は揃って天幕にやって来たらしい。

 こちらもフェビアンが代表して挨拶を返す。

 

「おはようございます、皆様。昨夜はしっかりと眠れましたでしょうか?」

 

 今度はティベリウスが返答してきた。

 

「ああ、昨夜の差し入れ(・・・・)のおかげでな、朝までぐっすりじゃった」

 

 グラスを傾ける仕草と共に陽気に笑う。

 どうやら、フェビアンの方で何がしか(・・・・)気を利かせたらしい。

 

「それは何よりでございました。さあ、どうぞお掛け下さい。朝のお茶一杯程度では、さほどの遅れも生じませんので」

 

 フェビアンの勧めで、使節達は一度席に着く。

 その中でアウグストだけが鼻をヒクヒクと動かし周りを探る。

 

「すみませんフェビアン殿、このお茶とは違う香りは一体何ですか?」

「おお、お気付きでしたか。これはカフアの実を煎った物を粉の様に挽いて、それを湯で煮出したもので、そのままカフアと呼ぶ飲み物です。こちらのオリオン商会の方々から紹介されたカフアの実の使い方で、非常にスッキリとした苦味が特長の飲み物ですよ。お試しになられますか?」

「なるほど・・・、では私はそれを頂きます」

「承知しました。後の方はお茶でよろしいですか?」

 

 皆から了解の返答が得られたため、カフアが一つとお茶を五つ手配する。

 カフアは先ほどの段階で、フェビアンの部下に淹れ方を教えて実を渡していた。

 少しして六つの飲み物が運ばれ、他の五人の興味津々な目線を感じつつ、アウグストはカフアを試す。

 見た目の黒さとは裏腹の、鼻の奥に吸い込まれていく官能的な香り。

 それは暴力的なまでの勢いで心を掴み取り、その余韻を楽しむために無意識に鼻をカップから外す。

 その香りに包まれながら、意を決して口を付ける。

 すすった瞬間から感じる苦味と若干の酸味、そしてその奥の方に感じるわずかな甘味。

 今まで飲んできたどのような飲み物とも違う、まさにカフアの味としか言い様のない物が、口から鼻一杯に広がり、後味にスキッとした苦味だけを残して喉の奥に消えていく。

 アウグストに取って、経験したことのない体験だった。

 この濃さと切れ(・・)の両立は、お茶には難しいであろう事は、アウグストでも容易に想像できる。

 

これも旨い(・・・・・)! お茶に関してはそれなりに飲み比べ、好きなブレンドや産地もハッキリしてきたが、これは全く新しい旨さだ。フェビアン殿、今日は非常に良い物をご紹介頂けた様だ。これ(・・)だけでも、遠くから来た甲斐があったという物です」

「アウグスト殿はハマる側の方だった様ですな。このカフアは、ハマる方と受け付けない方の差がハッキリしておる飲み物にござります故、余り皆様にお勧めはしておらぬのですよ」

 

 フェビアンの言葉を聞き、それならば試しにと残りの五人もカフアを試してみるが、旨いと言ったのはティベリウスとエマーソン、ダメだったのがタイグ、クイントゥス、ゴンサロの三人で、キレイに別れる結果になった。

 

「ほほう、意外に拮抗しましたな。私の周りでは三七でカフアが負けておりましたが、ここまでの好勝負になろうとは・・・、飲ませてみないと判らないものです」

 

 その後しばらくは飲み物談義で花が咲いたが出立の準備に集まったのを思い出し、誰彼と無くお替りを止め席を立ち始める。

 ナベがマローダーから後部乗用馬車を外し、各国の兵達が集まる辺りへ向かい、車を停めて後部ハッチを開ける。

 そして中に乗り込み、それぞれで持って来ていた国章付きの千箱を次々と受け取っては中に積み上げる。

 途中からはトシやタツヒロも手伝い、積み込みはものの十分ほどで終わった。

 その後は、そのまま後部乗用馬車の所まで戻り、改めて繋ぎ直して使節達一行が乗り込むのを待つ。

 その後、自部隊に別れを告げ三々五々馬車の所まで手荷物を持ってやって来る。

 

「にしても変わった馬車ばかり出て来るわい。片側に四輪ずつとはな」

 

 ティベリウスの声が、使節達一行の感想を如実に表している様で、皆もしきりに頷いている。

 タツヒロがドアを開けつつ、説明を始める。

 

「こちらが出入り口です。お荷物は後ろの荷室におります者にお預け下さい。お手回りに置きたい物は、座席の下がよろしいかと」

 

 中には今日最初の馬車内担当の護衛二人も乗っている。

 馬車内とマローダー内と騎馬担当は、休憩毎に交替するローテーションを組むよう、トモエとタカマルに言ってある。

 ナベ達三人と厨房担当の二人は原則マローダー内だ。

 最初の二人--ソウザとソウイチの槍持ち二人が最初の馬車内担当だった--に次々と荷物を預け、幾人かは座席の下にも何か荷物を入れていた。

 そして乗車も完了し、騎馬担当も騎乗が終わっており、出発の号令を待つばかりとなった。

 トシがオリオン商会を代表して、残るフェビアンとジェラルドに声を掛ける。

 

「ではこれより出発します。我々がいれば万が一も無いとは思いますが、ナガヨシとは連絡を欠かさぬようにしますので、何か起きればナガヨシを報告に向かわせます。ではまた! 戻る日をお待ちあれ!」

「使節の皆様も護衛の皆様も無事のご帰還を!」

「「無事のご帰還を!」」

 

 フェビアン達や兵達の見送りの声を背に受け、騎馬が三騎先行してそれにマローダーが続き、最後に後方担当の二騎の騎馬が後を追う。

 時間は八時ちょっと過ぎ、そのまま進路は西へ向かい、まずは旧街道を目指す一行だった。

 

 その後は何事もなく順調に進み続け、七十分進んで十分休憩、また七十分進んで十分休憩、最後は八十分進み、正午(こちらでは至天と呼ぶ)丁度に昼休みとなる長休みを取る事にする。

 マローダーの三回クラクションを合図に混合車列が止まり、昼の用意を始めるピエトロとパブリツィオ。

 とは言え朝の内に商館の厨房で作ったサンドイッチの為、各員に配って歩くだけだ。

 それに合わせて、ナベとトシは後部乗用馬車の左サイドに取り付けたロール式のタープを広げ、ポールで固定して更に紐を伸ばしてペグを打つ。

 そこの中に机と椅子を荷室から出してきて広げ、即席のランチスペースを作る。

 その間にタツヒロは飼い葉を与え、馬達に疲労の回復を促す回復魔術を掛けておく。

 ピエトロとパブリツィオは煮凝りにしてあったスープの鍋を火に掛け、温かいスープを器に取り分ける。

 その手際と昼飯の旨さに皆が驚き、この馬車でならどこまでも旅行が可能だなどと、羨ましそうに呟く者さえいたほどだった。

 オリオン商会の面々も、思い思いの所に座りながら昼飯を食べ始める。

 交替で周囲警戒をしながらなので、若干落ち着かない部分は護衛任務の性であろう。

 

 そのまま一時間ほど休みを取り、午後の旅程に入る。

 休憩場所を後にし、今度は一時間ほど進んで十分休憩、また一時間ほど進んで十分休憩を繰り返し、こまめに休憩を入れるようにして進む。

 大分日が傾き、そろそろ野営地を探す時間に差し掛かっている。

 

<先行する騎馬三騎、そろそろ野営地を探さないといかん。先行して適性地を確保せよ>

<<<は!>>>

 

 ナベの指示で速度を上げる前衛。

 少しずつ離れていき、マローダーと後衛二騎はその後ろ姿を見送る。

 十分も走っていると、前衛から連絡が入る。

 

<野営適地を発見しました。付近にて待機します>

 

 トモエからの連絡だった。

 

<了解、付近は何もいないようだが、念の為周囲警戒!>

<はい!>

 

 ナベは徐に助手席を見やり、ナビ役のタツヒロに話し掛ける。

 

「聞いての通りだ、今夜のねぐらが決まったようだな」

「みたいだね。しっかしさあ、前回も感じてて今回も思ってるんだけどさあ、騎馬ってさあ、このねぐら探索以外に使わなくね?」

「・・・おたっつぁん(・・・・・・)、それは言わない約束だよ?」

「すまねえなあ、おナベ・・・、って違ーし」

「まあ、タツヒロの言いたいことは解る気がする、ってかぶっちゃけ俺もそう思ってるしな。次回はこの辺りも考えねーとなあ・・・」

「だね。その方がいいよ。マローダーの巡航に馬が着いてこれるのならまだしも・・・」

「そこなんだよ、そこ。それなら非常に理想的なんだがなあ・・・」

 

 そうこうしている内に、待機する騎兵が見えてくる。

 それを少し過ぎた辺りに車を止め、戻って来るナベとタツヒロとトシ。

 この辺か?、いんじゃない?、この辺払っておくか等と好きかって言いながら周りをうろうろし出す。

 使節の一行も馬車が止まったので興味深げに三人を見守る。

 今日はこの辺が野営地か、等と皆が考え出した頃、突如目の前に巨大な屋敷が現れる。

 音も無く、瞬く間も無く、気付いたらそこにあった(・・・・・)

 街道から少し奥まった辺りまで木々が無く、旅人用の野営地と思しき場所だったが、その奥の方を目がけて絶界を発動させるナベ。

 こういう街道沿いから一歩下がったところの方が、街道沿いギリギリよりも絶界を発動するのに好都合だったので、自ずと似たようなところが適地となってしまう。

 そのままトシが馬車の方に駆け寄り、ドアを開けて声を掛ける。

 

「ここを今夜の野営地とします。宿舎はあの建物です。手荷物をお持ちになってこちらへどうぞ」

 

 トシが使節一行にそう告げている間に、ピエトロとパブリツィオが中に入り、玄関の明かりを付けながら自分達は厨房へ一目散に駆け込んで行く。

 残りのマローダー組五人に言いつけて使節一行の荷物を運ばせるトシと、既に中に入って宿舎の準備をしているタツヒロ。

 ナベと騎馬組は一通り外回りを終えてから宿舎に入る予定だ。

 

「みなさんのお部屋は三階になります。カギをお渡ししますので受け取って下さい。

 一号室、タイグ様。

 二号室、エマーソン様。

 八号室、クイントゥス様。

 九号室、ティベリウス様。

 四号室、アウグスト様。

 五号室、ゴンサロ様。

 明日の朝にまたカギをお預かりします。その時まで無くさずにお持ち下さい」

 

 全員に鍵を渡し終わったのだが、みなポカンとしており、カギを見たり周りを見渡したりするだけで動かない。

 場末の宿より、よっぽど居心地の良い空間が突然現れたことに、皆平等に衝撃を受けていた。

 興味に釣られて、勢いで中に入りカギを受け取るところまでは来たが、受け取った瞬間に非現実的すぎる展開への抵抗として思考が停止してしまった様だった。

 その硬直からいち早く立ち直ったのが、誰あろうタイグ・マカテインであった。

 

「そなたらの中に、もしや絶界(・・)の使い手がおるのではあるまいな?」

 

 恐る恐るタツヒロを振り返り、呟くように問いを投げかける。

 それを、ちょうどタツヒロを呼びに来たナベが聞きつけ、答えを返す。

 

「あ、俺だよ、俺俺。それよりタツヒロ、マローダーをバックさせるから見ててくれよ」

 

 どこぞの詐欺の様に軽~く返答した後、すぐにタツヒロを連れて外に飛び出して行く。

 トシがその様子を確認した後、苦笑いを浮かべながら使節一行に声を掛ける。

 

「まあ、こんなところで立ち話も何ですから・・・。一度お部屋に荷物を置かれてから、そちらの食堂でゆっくりお茶でも如何ですか?」

 

 毒気を抜かれた様にポカンしている六人は、トシの言葉に素直に応じて三階への階段を上がり始めるのであった。

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