76話 密談
翌日、ナベだけはもう一回だけ見て来ると言って、午後になると再び問屋街へ出向いていき、その後に広場で皆と落ち合い、そのままフェビアンの屋敷に向かう事にした。
寄るべき所は三カ所、食品問屋が二つと薬種問屋だ。
最初の食品問屋では、やはりまだ届いていないとの返事だった。
普通の食品と調味料を主に扱うところなので、試しにと砂糖を頼んでおいたがこれがまた結構な価格らしく、前金で銀貨五枚も渡している。
それでもどのぐらい入って来るか不明らしいので、その希少価値たるや推して知るべしといった処だが、地球世界の状況を知っているナベとしては全く納得がいっていない。
甘味料は、今のところハチミツを仕入れて使っているが、その内甜菜の栽培や養蜂に手を出すことも考えないと行かんなあと心にメモして店を出る。
次は薬種問屋だ。
ここは以前にカフアの実を仕入れたところで、その後も店で使うため定期購入している。
俄かにカフアの実が動くようになったので、店主の婆さん--ミネアさん--は用途が気になっていた様子だった。
なので、ナベは商館の喫茶店に招待し、カフアの実がこうなるという事をミルクたっぷりのコーヒーで体験させてみた。
それ以降、ミネア婆さんは出前の常連になってくれているらしく、ナベとしては有り難い限りであった。
「婆さん、いるかい?」
「はいはい、ちょっと待って下さいよ・・・、おやカフアの旦那。今日は何がご入用です?」
名前より先に仕入れたもので覚えられるという珍事が発生していたが、その辺は緩すぎるぐらい緩いナベだけに、全く気にならず会話が続いていく。
「おお、婆さん、今日は実は相談に来たんだ」
「相談、とは何やら難しい話しになりそうだねえ・・・、で、何事だい?」
「俺がいつも仕入れているカフアの実なんだが、仕入れ先は一か所なのかい?」
「仕入れ先? ああ、もちろん一か所だよ。ヴィエネラにある薬種問屋に娘が嫁に行っていてねえ、ここの品物は全てそこから仕入れてるのさ」
「ふうむ、そうなるとそこに掛け合わないと何ともならんか・・・」
「ん~?、何探してるんだい?」
「いやな?、カフアの実を産地ごとに仕入れたいなと思ってるんだよ」
「産地ごとってのがよく解んないねえ・・・、それが何か違うのかい?」
「ああ、育ったところの環境で同じ豆でも、この場合は実か、その実の味が変わって来るんだよ。土の質、雨の降り方、気温、そういった条件が違っただけで味に変化が出るんだよ」
「へえ、そんなもんかねえ」
「ああ、だから産地ごとに実を分けて買いたいなと思ってたんだが、そうか・・・。なら直接行くしかないな。婆さん、俺がヴィエネラに行く事になったら紹介状でも書いてくれ。その娘さんの嫁いだ問屋とやらに掛け合ってみよう。もちろん、今まで通り婆さんの所から仕入れるが、この店に入って来るところから話しをしないとダメそうだな」
「ああ、そんな事なら造作もないよ、行くのが決まったら言っておくれ。・・・そうだ!、ついでに娘への手紙も頼むとしようかねえ」
「分かった、それで契約成立だな。じゃあ、そん時ゃあよろしく頼むぜ」
そろそろこの世界でも好みの味でコーヒーを楽しみたくなってきたナベは、生豆を産地で分ける事を思いついていた。
その取っ掛かりとしてカフアの実の流通事情の末端部分は分かったので、もうちょっと上流についてヴィエネラで調べてみようと、将来のヴィエネラ行きを心に決めて店を出る。
最後の二件目の食品問屋は、いつものあそこである。
この問屋は食料品と香辛料を広く商っており、ナベは今仕入れられる香辛料を全部仕入れてくれと頼んでいた。
またこの店は仕入れ先が面白く、東方域のモノを良く仕入れている。
店主曰く、面白そう、との事で仕入れて来るので、以前掘り出したような味噌なんかも細かい事を聞かずに仕入れてしまい、ナベが気付いて買わなければ危うく廃棄になる所であったのだが、そういう当りも含めて遠方のモノを仕入れるのが好きらしく、ナベも面白いものが無いかとたまに顔をだすのであった。
「いるかい?」
「いらっしゃいませ、誠人様。ご依頼の件で片方が届いてますよ」
「お?、どっちだ?」
「これです」
そう言って店主は麻袋を取り出す。
更にその中から綿の袋を取り出し、中を開けて見せてくれる。
「!!!、よし!!!、これだ!!」
中に入っていたのは、まごうこと無き『米』であった。
この世界の東方域、そこは話しを聞けば聞くほど地球世界のアジア地域のような場所であろうとの印象を持つ。
そういう場所なら、有るのではないかと探させていたのがこの米であった。
しかもこの大きさは、俗にいうジャポニカ種であろうと思われるバランスで、ナベの中では即座に水田の開墾が決定した。
「おお、それでようございましたか。数種類有ったのですが、お伝え頂いた条件に合うのがこれかと思いまして・・・。なればこちらも取り寄せた甲斐がありましたな」
「いやあ、手間をかけたな」
「いえいえ、それほどでも。それにもう一つのご依頼の方はまだでございます。まあ、仕入れ元に催促は出しておりますので、近日中には何とかならないかと気を揉んではおりますが・・・」
「まあ、あっちの方は仕方がない。なにせ注文の内容が内容だ。焦らなくてもいい」
流石に、幾種類になるかわからないが、取り扱える香辛料全部、という注文内容である。
量自体は少しずつだが、種類のせいで集めるのが大変な様だ。
だが、ナベにダメージは皆無だった。
米が手に入ったので、上機嫌のまま店主を労って店を後にする。
その後、広場でトシやタツヒロ、ナガヨシと合流しフェビアンの屋敷を目指す。
フェビアンの屋敷は中心から少し離れたところにあり、周りは閑静な住宅街といった趣だった。
屋敷自体も大きすぎず、華美な飾りなどは見受けられないものの、しっかりとした作りといい材料がそこかしこに使われている、落ち着いた雰囲気の館であった。
ナガヨシが訪問の用向きを告げ、応対に出た執事の案内で客間らしき所に通される。
その後、お茶が運ばれ、少しすると館の主のフェビアンが入って来る。
「お待たせしました、ようこそわが家へ」
「フェビアン殿、本日はお招きに与りありがとうございます。本日は主の御三方と共に罷り越しまた」
「これはナガヨシ殿、ご無沙汰です。で、本日の用向きはもちろんあの件ですね?」
「ご推察の通りでございます」
「ではまずは、腹ごしらえを先に済ませましょう。空腹の狼は満腹の羊にも負ける、と言いますからな。それと、今日はもう一人同席させて頂きますので、悪しからずご容赦のほどを」
そう言いながらフェビアンは席を立ち、オリオンの四人に手で促して案内役の執事と共に食堂へ向かう。
食堂には先客が居た。
三人は知らぬ顔だが、ナガヨシには面識があるらしい。
<なるほど。こちらは、最近になって兵務委員として町務会議に入られたジェラルド殿ですな。たしか油問屋を営んでおり、商工会のメンバーになってましたが、ずっと無役のままだったと存じております>
「皆さん、ご紹介いたしましょう。新しい兵務委員のジェラルド殿です」
「初めまして。オリオン商会にて、我が主であられるこちらの御三方様の名代を務めます、ナガヨシでございます」
「オリオン商会会頭の相田誠人です」
「同じく、斎藤芳俊です」
「同じく、竜沢弘樹です」
四人の方から握手を交えながら挨拶すると、慌てて挨拶を返してくる。
「申し遅れました。この度、町務会議にて兵務委員を拝命いたしましたジェラルドでございます。家業はしがない油問屋ですが、兵務委員という大役を仰せつかりました。身に過ぎる名誉でございますが皆さまのご期待に応えるべく、粉骨砕身して任務に当たる所存でございます」
まだまだ隣のフェビアン辺りと比べると若さが前に出てしまうが、これでも油問屋という一国一城の主。
この大役も経験として身に付けようという貪欲さが滲み出た、ある種、気持ちのいい挨拶だった。
「皆さん、固い挨拶はそこまでにして、今宵の為に用意した料理をお楽しみ頂きましょうか。始めてくれ」
屋敷の主が通る声で始まりを宣言すると、一斉にメイド達が入室してきて客の椅子を引き始める。
晩餐の始まりだった。
晩餐ではフェビアンが言う通り、中々に贅の尽くされた献立だった。
オラント鹿のいいところをサッと焙ったステーキと塊肉をじっくりと焼いた鹿のローストを始め、山海の珍味が並ぶテーブルに取り寄せるのが大変なウェストル産のワインがこれでもかと並ぶ。
その持て成しに大いに感嘆し、舌鼓を打つ客達。
そして宴席はゆっくりと終わりを告げる。
食後のお茶を楽しみながらゆったりと寛ぐ客たちに、主が念の為謝りを入れる。
「本来であれば食後酒のいいのがありますので、それを楽しんでもらいたかった所ですが、この後が本題であることをご理解いただき、お茶にてご辛抱下され」
ここは既に食堂ではない。
執務も可能な応接室に来ていた。
食後の余韻が残っているので、お茶や茶菓子などが並んでいるが、それすら申し訳程度である。
しばらくして、その余韻が消えたと思しき頃に屋敷の主が客達に声を掛ける。
「では皆さま、そろそろ始めましょうか」
前回もそうだが、換金馬車の事前打ち合わせは、必ず最低限の人員で行われるらしい。
町務会議側の担当は庶務委員と兵務委員、それに実務を担当する業者。
この三者しか打ち合わせの内容を知る事が無いよう、厳重な箝口令が敷かれる。
それに加えて、この屋敷の周りを冒険者に見張らせているのだ。
皆の顔を確認するように一人ずつ眺めると、フェビアンが話しを続ける。
「では慣例通り、庶務委員たる私が進行役を務めさせて頂きます。またこれも慣例通り、冒険者ギルドの方々にもご協力頂き、秘密の漏洩防止を図っておりますので、こちらも併せてご了承下さい」
誰一人声を発することなく、無言のまま了承の意を示す為に頷く。
「それでは今回の換金馬車の概要をご説明いたします。今回、派遣の連絡があったのは三ヵ国。ブリタニアのモルトランド王国、カタロニアのセルディア大公領、東シアーラ帝国からそれぞれ連絡が入りました。量はモルトランドが二万D(デュカルト)、セルディアが二万五千D、東シアーラが三万Dをそれぞれ予定しておるようです」
「総量で百十二.五グアンドか・・・。なら、インゴットの方は前回同様、うちの馬無し馬車で全部いけそうだな」
「芳俊会頭、それほど乗りますか?」
「ああ、全く問題ない。重さよりも嵩の方が問題だな。箱詰めされているとちと面倒かな」
「なるほど・・・分かりました。では基本編成は前回同様になりましょうか」
「そのつもりでいるのだが、今回は馬車を一つけん引して行こうと考えている」
「あ~、使節の方々ですな」
「その通り。その為の馬車を製作中なので、それの試運転も兼ねて使ってみまようかと・・・」
「分かりました。では護衛の方も前回規模という考えで宜しいですか?」
「それでお願いしたい。前回同様、馬五頭に馬車を引いた馬無し馬車一台と考えている。が、積荷次第で馬が倍になる可能性があるので、そこはご承知置き頂きたい」
「分かりました。出立日時は最後の国の先触れが着いた段階で改めて相談という事で」
「問題無い」
「それでは、居残り組の方ですが・・・、ジェラルド殿、冒険者ギルドとの話し合いはどうですか?」
「もちろん抜かり無く・・・。信用の置ける冒険者の手配と併せて同時期に依頼を集中させるそうです。前回同様に手配を掛けるとの事でした。それと自警団も稼働させるよう既に衛兵隊長には指示してあります。こちらも適切な時期に稼働の周知を掛ける事でしょう」
「分かりました。庶務委員の私からは駐屯兵への対応状況を・・・。毎年恒例ですが、町外施設を今回も設置します。店構えも例年通り、食品問屋、飯屋、酒場、賭場、それから鍛冶師、土産屋です。色町の利用も例年通り人数制限を掛けた許可制です。いつも通り千人規模の駐屯になる予定ですので、衛兵の方にも非常招集の準備をしておいて下さい」
「フェビアン殿、その件でお話しが・・・」
トシがふと手を上げ、フェビアンに話し掛ける。
「どのようなお話でしょうか?」
「我が商会からも治安維持要員を出す用意があります。冒険者ギルドで仕事として請けていれば手続等は問題無いでしょうし、うちの連中にも少し経験を積ませたいので、今回から少し人を出しますよ」
「ほほう、これはこれは。して、如何ほど動員が可能でしょうか?」
「今現在は五人を一パーティーとして、四パーティーを考えております」
「おお!、二十人ですか! これは心強い」
「腕っぷしの方も、その辺の有象無象には後れを取りませんので、ご安心を」
「大変助かります。ジェラルド殿、オリオン商会からの助っ人が冒険者ギルド経由で来てくれるとギュンターに伝えておいて下さい」
「承知しました」
その後も、細かい所まで--詰めておける所を--詰める話し合いが夜半まで続いた。
四人が商館に戻ったのは深夜、日付が変わってからだった。