73話 完成と歓声
後日、名代となる者を連れてまた来る事を告げて六人は商館を出る。
まだ今なら夕飯に間に合いそうだ。
そのまま、町を出た六人は新しい拠点への帰路を急ぐ事にした。
結局、帰りの道中で拠点の名前はかなり無難なモノへと決まった。
三ツ星戦闘団、アルゴー・ルロ基地。
略称は基地。
ナベ的には、これ以上無難なモノは無いんじゃないか?と言うぐらい、無難で代わり映えしない名前に決まった。
だが、自分達のねぐらがピシッと定まった感は、じわじわと来ている。
グレインに頼んで、鉄を加工して看板を作ってもらおうとナベは密かに考えていた。
そのまま何事も無く基地に戻り、皆と帰還の挨拶を交わす。
その日はそのまま夕食を取り、早めに寝ることにした。
翌日、ゲルン達が最後の棟を建築中、トシはナベとタツヒロを引き連れて完成した建物の最後の仕上げを始める。
それは、既に完成した建物にルーンを書き込み、各所にアーティファクトを仕掛けていく作業だ。
精霊術をルーンで魔術刻印とする際には、精霊紋が大いに役立った。
部屋を明るくするもの、部屋を暖めるものと冷やすもの、トイレの水を流すもの、火を熾すもの、風呂とその関連等々メイサの中と同等の機能を実現するため、トシがシコシコとルーンを書き、ナベとタツヒロが初回起動させていく。
初回起動が済めば、後はマナで動かせるようにルーンを組んでいる。
抜かりなく、メイサの改良版にしてあった。
内装に関してだが、建築中は工程の問題もあっていじらない事にしている。
部屋割りを決め、入居が終わったら順番にゲルン達が内装を仕上げていく予定で、好きな仕上げにするのにこの方法を取ったのだ!
というのは建前で、板もクロスもそうだが、単に材料が間に合わないのである。
只の工期の後ろ倒しだなのだが、入居が遅れるのはまずいので、このような措置を取ったのだ。
まずは仮設テントからの脱却が急務である。
少々の荒い仕上がりは我慢してもらおうと考える三人であった。
その後、三日で躯体の工事は完了し、トシの仕上げはその二日後に完了となった。
「出来た・・・、終わった・・・」
「・・・やっと、だな」
「結構かかったよねえ・・・」
既に夕飯は始まっていたが、作業の完了を優先して夕飯を後回しにしていた。
完成の満足感と、空腹感がないまぜになった悪くない気分の中、夕飯を取りに向かう三人の足取りに重さは皆無だった。
翌日、午前中にざっくり作った門の脇に、グレインに頼んでいた看板を掲げ、建物の掃除をしてお昼の落成式に備える。
今日はジェイソン達に頑張ってもらい、昼にご馳走を用意してもらっている。
そして、昼になりささやかながら式典が行われた。
代表でタツヒロが前に立ち、話しを始める。
「皆さん、今日まで長い間の仮設テントでの生活、お疲れ様でした。建築関係の作業担当者のお陰でこのような建物が出来上がり、その間の生活も皆の頑張りのお陰で森の中にいた時と遜色ない状態を保つことが出来ました。本日からまた生活が変わります。この基地の中で寝起きし、森を駆け、畑を耕し、武器を取り、鎚を握り、学を得る。そんな我々が想定している生活が、今日から始められるのです。お互いが切磋琢磨し、高め合っていくことが大事です。皆さん、全てに頑張っていきましょう!」
「「「おう!!!」」」
怒号の様な歓声に驚きつつ、後ろに下がるタツヒロを笑顔で眺める団員達。
そのまま、昼会食に移行し、がつがつ皆が食べ始める。
これが終われば引っ越し作業だ。
部屋は割り振っているので、それを基に自分の部屋を作ってもらう。
団員のほとんどが、自分の部屋という代物を初めて持つので、今一つ分かってない者が多いのが、らしいといえばらしい。
鬼人とハイオークの間でも、同じ釜の飯を食った連帯感が生まれつつあるように思うし、それぞれが屈託なく同じ話で笑い転げている様を見るにつけ、思い切って戦闘団を結成してホントに良かったと、改めて思う三人であった。
楽しい昼食も終わり、休憩をしっかり取った後、再び汗をかく時間が始まる。
最終的な建物の仕様は以下のようになった。
・住居棟1:
ワンルーム 九十室(十五室の二列の三階)
トイレ 各フロアに一か所
各部屋と廊下は冷暖房機能と照明機能付き
・生活棟:
ワンルーム(三階) 三十室
2L(二階) 七室
食堂(一階) 百六十人掛け
厨房(一階)
応接室(一階)
風呂(一階)
洗い場(一階)
トイレ 各フロアに一か所
・職務棟:
鍛冶場(一階)
木工場(一階)
石場(一階)
縫い場(二階)
織り場(二階)
染め場(二階)
倉庫兼多目的部屋(三階)
トイレ 各フロアに一か所
居住棟は将来もう一棟建てられるように、敷地だけは直ぐ南側に確保してある。
各建物の大まかな配置は、北側の丘の広場から真っ直ぐ階段を下りたところをまた広場にして、その下りる階段の西側にメイサを置き、東側を東屋で駐車スペースにした。
メイサの南側に生活棟と職務棟が並び、駐車スペースの南に居住棟1が建っている。
その間の、階段を下りて来た広場には屋根が掛けられており、雨でもお互いの建物を行き来できるようにしていた。
そしてこの建物層の下が地面層になっており、真ん中の大きなロータリーの周りには、屋根の付いた訓練場と車庫、それに車止めが配置され、ロータリーからは大きく回り込むように建物層へと続く道路が作られている。
その先には生活棟と職務棟の間、居住棟1の南側にもロータリーが設けられており、それぞれの建物の中央口の前に車両を付けられるようになっていて、更にメイサの脇の駐車スペースにも、直接車両で乗り込めるように道路を作っている。
部屋割りは単純だ。
2Lは鬼人のロード種達を中心に、ハルナガとタダツグ、ジュズマルとヤシャマル、トモエとスズカ、オリヒメとタキヤシャ、ウシワカとタカマル、ジャレンとエサニエ、ウコンとイエモンの組み合わせで決まった。
後は子供といえど一人として扱い、生活棟の三階と居住棟1の三階は女性と子供を交互に入れるようにして子供達のフォローをお願いし、居住棟1の他の階はその他の男性中心に一階から埋めていく。
なので、居住棟1の二階の半分と三階半分以上が今のところ空く計算だ。
部屋割りを告げて、まずは部屋に入って確認するように指示を出し、その後は自分の持ち物を部屋に持っていくようにさせる。
その後は夕食まで休憩とし、建物を自由に見て回れる様にした。
皆、真新しい建物や場所に興奮気味で、嬉しそうに騒ぎながら見て回っている様だ。
ここぞとばかりにメイサの中も見学を許可した三人は、特に子供たちの容赦も屈託も無い質問の対応でてんてこ舞いだった。
その日の夕食は、テストも兼ねて、全員で取る事にした。
厨房のジェイソンと調理班は、午後の休憩をそこそこで切り上げ、夕飯の仕込みに追われていた。
班長のポールや下っ端ながらジョシュアなどは既に火にも慣れ、他のメンバーと共にすっかり修行の日々と化している。
そのジェイソンだが、無事戦闘団への就職?が決まった。
「面白そうな現場になったな・・・。こういう風になるんなら話は別だ。いいぜ、しばらく厄介になるとしよう。ここで働かせてくれ」
厨房を見た後、この一言で契約成立の運びとなった。
やはりアーティファクトをふんだんに使った厨房というのは初めてだったらしい。
この辺りは、ナベがこだわり抜いて作った為、戦闘団のメンバーで驚かない者は皆無だった。
湯水が簡単に切り替わる水道、火力調整が絶妙な数々のコンロとオーブン、八十人分のパンが一度に焼ける大型オーブン、大型チャコールグリル、火元に給気口がある大型換気システム、冷暖房完備、ウェットとドライフロアーの使い分け、大理石の作業台、食洗器もどき・・・。全てナベが使いたい設備、という観点で作られている為、とにかく現代的厨房設計の粋を集めた形になってしまった。
後で話を聞いてみると、トシもゲルンもグレインも、他の建築班のメンバーも口々に、
『一番大変だったのはどこかって? 厨房だな』
と答えるのだった。
当のナベは、『ステンレスの板金に目途が付いたら全面改修だ!』と叫んでおり、更にいじる気満々らしい。
そんな状況で、運用試験とはいえ百人を超える人数が一気に並び、夕食をもらって席に着く。
まさに圧巻というべき風景を前にしてもしっかりと対応出来てる様で、調理班の修行の成果が窺えた。
そして、今日は特別という事で、厨房のメンバーも夕食を用意して席についている。
その状況で、トシが前で話しを始める。
「今日の夕食は、たまにはこういうのも良いだろうという事で、全員で食べる事にして厨房のメンバーに頑張ってもらいました。明日以降はいつもの通り、夕食時間のうちに各々が食べるという状態に戻りますが、最初くらいは一堂に会して食事してみるのもいいんじゃないかと、こうして集まってもらいました。明日から本格的に、このアルゴー・ルロ基地での仕事が始まります。明日は基地の状況に合わせて編成を変更するつもりでいます。朝食後はそのままこの食堂で待機して下さい。話しは以上です。冷めないうちに食べましょう。いただきます!」
「「「いただきます!」」」
この挨拶を教えたのはナベだ。
意味も含めて教えたらしいが、今では全員がするようになっている。
百人からの夕食は、それこそ規模も喧騒も楽しさもパーティー並みだった為、事ある毎に実施される様になるのだが、今の時点ではまだ誰も知らない話しだった。